2009.08.17  ☆医療・介護 なぜ今までできなかった
  16日、西日本新聞→

『乳幼児や高齢者には医療費がかかる。どうしても病気にかかりやすいからだ。
60代、70代、80代と年齢を重ねるごとに1人当たりの年間医療費は急カーブを描いて増える。後期高齢者と呼ばれる75歳以上は1人当たり約86万円になる。ちなみに70歳未満は約16万円である。

高齢者はさらに増えていく。医療費の増加もある程度仕方ない。だが、経済成長を大きく上回るペースで医療や介護、年金といった社会保障にかかる経費が増えていけば財政がパンクしかねない。政府はそう懸念した。そして、この10年余りで医療費抑制策を一段と進めた。

現役世代が病院の窓口で支払う負担割合は1割から2割に、6年前には3割に引き上げられた。高齢者も1割の自己負担を求められた。70―74歳は自己負担が2割になる予定だったが凍結された。
医療機関に対しては薬価などの切り下げによる診療報酬の見直しを行ったが、小泉政権下で診療報酬のさらなる切り込みで医療費の伸びはいったん止まった。

後期高齢者医療制度も、こうした流れの中にある。高齢者が加入する市町村の国民健康保険では老人医療費は到底賄いきれない。資金的に余裕がある大手企業の健康保険組合などに積極的に負担をしてもらわなければならない。そこで、75歳を節目として新たな制度をつくり、負担のルールを透明化した。併せて75歳以上にも、その収入に応じて原則全員に応分の負担を求めた。

みんなで痛みを分かち合う。厚生労働省は「三方一両損」の手法で医療費の負担と給付を調整してきた。だが、この手法が限界であることは明らかだろう。介護保険制度も似たようなことだ。
2000年4月に始まった当初は予想したより介護保険の利用は少なかった。しかし、制度が知られるようになるとともに介護費用は予想を上回った。介護保険は65歳以上の高齢者が払う保険料が基本になる。費用が増えたからといってすぐに負担増とはしにくい。

そこで認定基準が見直された。だが、それは要介護度をより軽く判定して費用を減らそうとするものと批判された。
医療や介護の現場は慢性的な人手不足に陥っている。このため、政府は医学部の定員を大幅に増やすように方針を転換、保険料を上げずに介護従事者の報酬を引き上げるための予算措置も講じた。そして、自民党は診療報酬や介護報酬を今後引き上げていくと約束する。民主党も基本的には同じ考えで、介護労働者の賃金を月額4万円引き上げるという。

公明党は、新設を抑えてきた特別養護老人ホームなど16万人分の施設を整備するという。これも政策変更といえる。

社民党は医療・介護保険の国の負担割合の引き上げを主張している。共産党は小学校就学前の子どもと75歳以上の高齢者の医療費窓口負担無料化を掲げる。

抑制一辺倒の政策に対する国民の不満や不安が高まっている。各党ともそれを肌で感じていることが分かる。
国民健康保険の負担額も市町村によって大きな差がある。医師を増やすだけでは診療科目や地域の格差は消えない。だが、それらも是正すると与野党ともに口をそろえる。それならば、なぜ今までやらなかったのだろうか。「良い家をつくる」と言って立派な設計図があちこちから出てくる。何やら唐突で、本当にできるのか、とかえって心配になる。』
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2009.08.02  ☆介護認定基準 これでつじつまが合うか
  31日、西日本新聞→

『厚生労働省の手順が悪すぎる。介護保険制度の運営を任せて大丈夫か。能力を疑われかねないことを、なぜするのか。
厚労省は今年4月から導入した要介護認定の新基準を大幅に見直した。

  その何が問題なのか。制度のイロハも振り返りながら考えてみたい。

  介護保険制度は2000年4月に始まった。例えば、高齢者が病気になって体が思うように動かなくなる。自宅で生活するのに手助けがいる。専門施設で機能回復訓練を受ける必要がある。こんなときは介護保険の出番である。
65歳以上が対象だが、どの程度の介護が必要かは人によって違う。そこで客観的な基準をつくり、介護にどれくらい手間がかかるかによって、要支援と要介護度1から5まで6段階に分かれた。

  認定基準は3年ごとに見直される。最初は03年で「認知症重視型」、06年の2回目は「予防重視型」といわれる。
要するに介護にかかる費用が膨らみ続け、その抑制が大きな課題となった。そこで、06年は評価の細分化などが行われた。「要支援」は要支援1に、要介護度1は従来通りか要支援2に分けられた。
そして、できる限り要介護とならないように身体機能などを維持してもらおうという意味で予防重視型といわれた。

  さて、高齢者がどの段階にあるのか、具体的にはどうやって決まるのか。認定調査員が本人を訪ねてきて、あらかじめ決まった項目について質問する。これをコンピューターで1次判定し、医療や介護などの専門家でつくる介護認定審査会で2次判定する仕組みになっている。

  しかし、要介護1と要支援2の判別が煩雑なうえに地域によってばらつきがある。また、高齢者が今後も増え続けることを考えると、認定審査の作業は地方自治体にとって大きな負担になる。
最新のデータを使って、地域間で格差が出ないようにし、認定作業を効率化できる認定の新基準をつくろう、というのが3回目の見直しのポイントだった。

  厚労省は専門家を集めた「要介護認定調査検討会」を設け、06年10月に初会合を開いた。検討会は08年11月まで計6回開かれ、2年間をかけて新たな認定基準が決まった。
その間、基準変更で認定がどう変わるか全国規模の調査もした。結果は、全国的ばらつきが若干改善できる、だった。
だが、新基準導入を前に、介護現場や認知症の高齢者を抱える家族などの懸念が強まった。新基準で要介護度が低く判定されるのではないか、との懸念だ。

  そこで、厚労省は新基準導入を一時的に棚上げする一方、4月に「要介護認定見直し検証・検討会」を設けた。
その結論は、新基準を旧基準に沿って条件を緩和することだ。だが、こうした意見調整は2年間の検討会でできたのではないか。これで、つじつまは合っているのか。泥縄式にしか見えないのだが。』
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2009.07.28  ☆要介護認定 低きに流れてはならぬ
  28日、北海道新聞→

『心配されていた通りになっているようだ。
介護保険制度で要介護認定の新基準が導入されたのが4月。それ以降、サービスの水準を決める要介護度が低く判定されるケースが増えていることが、各種の調査で分かった。厚生労働省は専門委員会をつくり、判定の検証作業を続けている。介護保険利用者の実態に合っていないことが明らかになれば、速やかに基準を見直すべきだ。

介護保険のサービスを受けるためにはまず、市町村などに申請し、どの程度の介護が必要か、要介護度の判定を受けなければならない。
要介護度には低い順に「要支援1」から「要介護5」まで7段階あり、ほかに、支援の必要が認められない「非該当(自立)」もある。調査員の聞き取りなどを基にした1次判定を経て、認定審査会での2次判定で正式に決まる。

基準が見直されたのは、1次判定についてだ。調査項目をこれまでの82から74に絞り込み、調査の視点も「日常生活への支障があるか」から「実際に介助されているか」という判断に変わった。
これによって、とくに認知症の人の場合、必要なサービスを正しく判定できるかどうか、疑問をぬぐえない。「実際よりも低く判定される恐れがある」と介護関係者から批判が出たのも当然だ。見直しの理由を厚労省は、調査員の主観を排除し、地域間の認定のばらつきを解消するためとしている。

その一方で、「制度改正により、不適切な変更を是正する」という厚労省の内部資料も見つかった。新基準導入の狙いが、軽度への移行を促し、介護給付費を抑制することだと見られても仕方あるまい。
厚労省は4月半ば、専門委の結論が出るまで、希望者には従来の要介護度でサービスを受けられる暫定措置を決めた。だが、新規の認定申請者は対象外で不公平感が残る。 実際4〜5月の新規申請者のうち、非該当と判定された人が全体の5%と、前年同期より倍増していたことが厚労省の調査で分かった。

また、道内の医療機関などでつくる北海道社会保障推進協議会によると、5月に更新審査を受けた人のうち、従来より要介護度が下がった人が22%に上り、2〜3月に比べやはり倍増していた。

ほかに、1次判定が更新前より低くされた人が全体の4割に達した、との大学教官の調査もある。これらの調査を見る限り、基準を抜本的に見直すしかないだろう。
保険料を払っているのに、必要な介護サービスを受けられないというのでは、制度の信頼性が揺らぐ。 』
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 2009.07.23 ☆中国地方豪雨 危険区域に特養ホームとは
  23日、讀賣新聞→

『天災と割り切ることのできない、あまりに痛ましい惨事だ。
21日に中国地方を豪雨が襲い、山口県防府市の特別養護老人ホーム「ライフケア高砂」を土石流が直撃した。高齢者7人が死亡・行方不明となっている。

なぜ、これほど多くのお年寄りの命が奪われたのか。防ぐことはできなかったのだろうか。
防府市の雨量は1時間に70・5ミリ、24時間で257ミリという、すさまじいものだった。一般に1時間で20ミリ、降り始めから100ミリを上回ると、土砂災害に警戒が必要とされる。今回の豪雨は、その水準をはるかに超えている。
ライフケア高砂は1999年に開設された。約100人の入所者は、車いすが必要な要介護度3以上の高齢者である。

問題は、この特養ホームが立っている場所だ。防府市郊外の山あいにあり、山口県が昨年3月、土砂災害防止法に基づく「土砂災害警戒区域」に指定した。
特養ホームが開設されたのは警戒区域に指定される以前だが、施設を建てるにふさわしい立地だったかどうか、疑問が残る。
警戒区域内では、高齢者や障害者などが利用する施設には、市町村から災害関連情報が伝達されることになっている。

ところが、当日は県などが数回にわたって土砂災害警戒情報を発していたのに、防府市は特養ホームに伝えていなかった。市の災害対策本部がこの地区に避難勧告を出したのは、被害発生から5時間近くも後だった。
なぜ、情報が伝わらず、対応が遅れたのか、原因を詳しく検証する必要がある。
ただ、警戒情報が円滑に伝達され、避難勧告が早く出ていたとしても、特養ホームの惨事が防げたとは言い切れない。
自力では避難できない100人もの高齢者を豪雨の中、警戒区域外に移すのは困難だったろう。

山口県は周辺に砂防ダムを建設する予定だったが、間に合わなかった。全国には、土砂災害の危険がある老人福祉施設や病院などが約1万3800か所もある。このうち防災工事が進められているのは4300か所に過ぎない。

一段と危険度の高い「特別警戒区域」では、都道府県知事が建物の移転を勧告し、そのための資金支援を行う仕組みがある。
警戒区域でも、特養ホームのような施設には弾力的に適用し、積極的に移転を促すことも検討すべきではないか。』
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2009.06.28  ☆介護から社会を変える 週のはじめに考える
  28日、中日新聞→

『制度発足から十年目の介護保険。想定された通り、だれもが介護と向き合う時代になりました。介護は国、社会のあり方を問う最も身近なテーマです。
ヘルパー二級の資格を取得した五十八歳の熟年作家本岡類さんは東京近郊の特別養護老人ホームで介護職員として働いた記録をまとめ、新潮社から出版しました。その本のタイトルが「介護現場は、なぜ辛(つら)いのか 特養老人ホームの終わらない日常」でした。

辛く悲しき介護現場
  勤務した老人ホームが特に劣悪だったわけではありません。全国約六千の特別養護老人ホームのごく平均。むしろヘルパー資格取得時の現場実習で見聞した病棟の地獄図やドタバタ劇に比べて<しっかりした施設><高齢者にとって楽園>が初めの印象。その特養に「なぜ辛い」の題名を付けざるを得なかったところに介護現場の悲しさが表れています。

 ヘルパー資格取得は、両親の介護や地域ボランティアに役立ち、取材になるかもしれないが動機。特養での勤務は春から秋まで、週二日の非常勤で時給八百五十円、過酷な夜勤は勘弁してもらったのですが、このノンフィクションは挫折の記録ともいえます。「最低でも半年」は、上司との仕事上のすれ違いで気持ちが切れ、五カ月での辞表提出になってしまったからです。

 特養は年中無休の二十四時間体制です。三度の食事とお茶、排泄(はいせつ)ケアが介護の中心ですが、慢性的人手不足のなかでの日中三回、夜中二回のオムツ交換やトイレ誘導は、ひたすら肉体的疲労と精神の緊張を強いる重労働でした。

 五分の休憩さえ難しい忙しさのうえに常勤職員には月に五から六回の夜勤が加わります。睡眠不足と肉体疲労と精神的ストレスの循環。介護職場ではだれもがイラ立ち不機嫌です。ストレスを他人にぶつけたり、命にかかわる重大事故につながりかねません。

せめて未来と希望を
  本岡さんは「びっくりするようなハードワークを低賃金でやらせて、働く人が集まるわけがない。将来が見えない職場に若い人が定着するわけがない。長期休暇が取れないのが普通なんて、あっていいわけがない」と職場の不条理に憤り、辞表を提出できる自分に安堵(あんど)さえしています。

  介護は質の高い仕事が求められ家族から深く感謝されながら、報われることが少な過ぎるのです。二〇〇七年度調査では、福祉施設で働く男性介護員の平均年齢が三二・六歳と若いこともありますが、給与平均は二二・六万円。全産業男性(平均四一・九歳)の三七・二万円より十五万円も安く、女性も平均二〇・四万円で四万円ほど低くなっています。

 離職率25%の高さは昇給の見込みもなく将来の生活と希望が見えないところにあります。「優しく扱われない人が他者に優しくなれるわけがない。当たり前のことを」と待遇改善、大幅な賃金アップを求める本岡さん。本の最終章は「せめてもの未来を」です。全く同感です。

  二〇〇〇年四月スタートの介護保険は、老後の最大の不安の介護を社会全体で支える「介護の社会化」が理念でした。確かに介護保険の総費用は三・六兆円から〇八年度予算で七・四兆円に、介護サービス利用者は百五十万人から三百八十万人に増えていますが、実はこの間の社会保障費抑制策で社会化の理念は揺るぎ、介護は後退を余儀なくされたのが実情です。

 新設制限で施設は足りません。特別養護老人ホームの待機者は四十万〜五十万人、二、三年待ちが常識です。二度の保険法改定による介護度の切り下げや同居家族がいる場合の在宅サービス使用制限は、家族を再び介護地獄に陥れるものでした。
しかし、社会の超高齢化は急速です。一四年の要介護・要支援認定者は現在の四百六十万人から六百万〜六百三十万人に達する見込みで、介護労働者も現在の百十万人から百五十万〜百六十万人が必要とされます。介護員や介護施設の確保は喫緊の課題で、緊急経済対策程度ですむ話ではありません。

 しかも、家族介護は妻、嫁、娘の伝統的な女性依存型から、夫や息子を加えた全員参加型に変わっています。すでに家族介護の担い手の三人に一人は男性で、だれもが介護に取り組む時代です。ここでも財源問題にぶつかりますが、長い政官の無駄遣いが続いてきました。安易に消費税増税にうなずいていいとも思えないのです。

信頼できる政府が絶対
  将来の安心のための税体系の見直しと負担増の覚悟、暮らしや社会保障の主体としての地方重視の思想もあるでしょう。どんな社会を望むのか、われわれの意思を明らかにすべき時です。信頼できる政府の下で、が絶対条件です。』
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2009.06.28  ☆認知機能検査 運転能力を見つめる機会に
  28日、讀賣新聞→

『75歳以上を対象に、運転免許を更新する際に認知機能を検査する制度が6月から始まった。
該当者へは半年前までに通知されるため、12月以降に更新期間が満了となる75歳以上の人から実施されている。

 警察庁は、高齢ドライバーを排除するのが狙いではないと強調している。各警察本部に「高齢者や家族の心情に配慮し、相談には丁寧、親切に対応しつつ実施する」よう指導もしている。ぜひこの趣旨を徹底してもらいたい。

 記憶力と判断力を簡易な方法で測定し、認知症の疑いがあるかどうか判断する。受検者には、運転能力を冷静に見つめ、安全運転につなげる機会としてほしい。
早い段階で認知症の疑いに気づけば、進行を抑えるなど治療の効果も期待できるだろう。

検査は、検査日の年月日や曜日を答える「時間の見当識」、果物や動物のイラストを見た後で何が描かれていたかを答える「手がかり再生」、白紙に時計盤を描き、指定された時刻を針で表す「時計描画」の3項目だ。
結果によって、記憶力・判断力が「低い」「少し低い」「心配ない」に分類されるが、「低い」とされても直ちに免許が取り消されるわけではない。

 過去1年間に、または次の更新までに、信号無視や一時不停止などの交通違反があれば、専門医や主治医の受診が義務づけられ、そこで認知症と診断されて初めて取り消しとなる。
ただ、「低い」とされてそのまま運転を続けるのは、どうだろうか。事故を起こす前に専門医に相談し、結果によっては運転を断念するという決断も必要になる。
検査では問題がなくても、症状が急に進む場合がある。若年性認知症も軽視できず、認知機能検査の年齢をもっと下げるべきだと主張する専門家もいるほどだ。

 警察庁は、運転が不安になったら免許を返納するよう呼びかけている。代わって交付する運転経歴証明書の身分証明機能を高めるため、10年程度の有効期間を設けるなど、見直しも検討中だ。
免許に代わる証明書として、自治体が発行する写真付き住民基本台帳カードがある。警察も、もっとPRしたらどうだろう。

 高速道路の逆走事故など認知症が問題になった事故の一方、猛スピードや酒酔いで死傷事故を起こす若者なども絶えない。肝心なのは、年齢を問わず、安全運転ができているか、本人や周囲が常に気をつけることだ。』
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2009.06.09  ☆出生率アップ 流れ定着させる支援を
  9日、中國新聞→

『1人の女性が生涯に子どもを平均何人産むかを示す「合計特殊出生率」が、2008年は1・37となった。過去最低の1・26だった05年から3年連続で上昇した。細々とした流れだが、定着させていきたい。国と自治体だけでなく企業や地域社会も含め、対策を拡充させることが不可欠だ。

08年の出生数は前年より1332人多い109万1150人だった。うるう年で増えた1日分(平均3千人弱)を引けば前年を下回った可能性もある。少子化に歯止めがかかったとはいえない、とデータをまとめた厚生労働省でさえみている。

逆に、再び減少に転じる恐れがある。昨年後半から顕著になった景気後退の影響が心配だ。今や3人に1人が派遣社員やパートなどの非正規労働者である。先への不安から結婚や出産に踏み切れないカップルも多かろう。そこへ不況が追い打ちをかけた。

給料が下がったり職を失ったりして2、3人目をあきらめるケースも増えているようだ。ならばまず、出産や子育てに負担がかからないようにして、少子化対策の効果を挙げたい。

フランスが参考になりそうだ。1990年代から国を挙げて対策を強化。きめ細かい30種類もの手当などを整え、今は経済的支援が欧米の主要国で最も手厚いと言われる。家族手当は2人目には月約1万6千円、3人目には3万6千円。子どもが多いほど額が増えるようになっている。教育費も、公立の学校なら無料という。

08年の出生率は2を上回った。社会全体で子育てをサポートする意識を高め、仕組みを設けてきた成果だろう。「国の将来を見据えた投資」との位置付けが国民にも広く支持されているようだ。

これに対して日本の国内総生産(GDP)に占める子育て関連の対策費は、フランスや英国の3%前後に対し、わずか0・75%にすぎない。
政府は、子ども1人に年3万6千円の手当を補正予算に盛り込んだ。しかし1年限りでは効果は限られよう。民主党は月2万6千円の手当を公約しているが、5兆円近い財源をどうやって確保するか、課題もある。

このまま少子化が続けば今世紀半ばごろ、15歳以上64歳までの「勤労世代」が半分近くに減る。消費を落ち込ませ、経済成長にもマイナスだろう。年金や医療をはじめ国の仕組みも揺らぐ。
もはや待ったなし、である。出生率上昇を支える30代の女性は今は900万人近いが、10年後には約200万人、20年後はさらに約100万人減る。産む世代の女性が急減する前に、実効ある支援策を整えておきたい。

できることは多い。少子化対策に薄い社会保障費の配分は、見直すべきだろう。男女とも育児休暇を取りやすい職場にする施策も欠かせない。仕事との両立支援策をはじめ、政策を総動員させて、子どもを産み育てやすい環境づくりを急がねばならない。』
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2009.06.05  ☆出生率1・37 確かな回復軌道に乗せるには
  4日、讀賣新聞→

『日本の出生率が少し上昇した。
2008年の人口動態統計によると、女性が生涯に産む子どもの数の推計値である「合計特殊出生率」は前年を0・03ポイント上回り、1・37になった。

3年連続の上昇だ。昨年は約73万組が結婚し、109万人の赤ちゃんが生まれた。いずれも前年より、わずかながら増えている。
ただし、1・3台という出生率の水準が極めて低いことに変わりはない。出生数の増加も、昨年がうるう年で1日多かったことが要因である。
また、昨年後半からの急激な経済情勢の悪化は、今後の出生率の回復に、大きな足かせとなるかもしれない。

国立社会保障・人口問題研究所は、これから半世紀の間、出生率はほとんど1・2台で推移し、総人口は減り続けるとの見通しを示している。
この予測を覆せるかどうか。05年に1・26まで落ち込んでいた出生率を、ともかく1・4近くまで戻した今が正念場だろう。

08年の出生を細かく見ると、第3子として生まれた赤ちゃんが増加した。すでに2人の子を育てつつ、「もう1人」との望みをかなえる親が増えているのは、明るい兆しである。
一方で第1子、第2子は前年より減った。その時期の若い親にあたる世代の減少が要因だが、結婚をためらったり、結婚しても子どもは1人が精いっぱいだったりする社会的、経済的状況が、依然としてあるからではないか。

施策の効果が表れ始めたところは一段と後押しし、効果の見えないところは新たな手を大胆に講じていくことが必要だ。
にもかかわらず、少子化対策の予算は乏しい。経済協力開発機構の加盟国は平均してGDP(国内総生産)の2%を子育て支援や家族関連に支出しているのに、日本は0・8%にとどまる。

政府は、子育て支援を充実するには2兆円強の財源が必要だとしている。これは1%の消費税で確保できる。少子化対策からも社会保障税の実現が急務である。
行政の体制も現状は機能的ではない。内閣府に少子化相が置かれてはいるが、独自の予算やスタッフは少なく、厚生労働省はじめ多くの関連官庁の調整役にとどまっているのが実態だ。

少子化対策を国の最重要課題と位置づけるならば、関連施策に一体となって取り組む、強力な組織が必要だろう。』
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2009.06.01  ☆安心実現会議 雇用でもっと具体策を
  31日、北海道新聞→

『政府の「安心社会実現会議」が報告書の素案をまとめた。
安心社会の前提として「切れ目のない生活安全保障が不可欠」と明記し、雇用や子育て、教育、医療、介護の五分野で改革を求めている。

  年金問題や高齢化の進行、凶悪犯罪の多発など、国民が生活に不安を感じる事柄は年々広がっている。
素案の中身でこうした不安を解消できるだろうか。
歴史的な景気悪化で雇用情勢は深刻さを増している。

 四月の完全失業率は五年五カ月ぶりに5%台に悪化した。有効求人倍率は〇・四六倍と過去最低の記録に並んだ。昨年十月から今年六月までに職を失う非正規労働者は二十一万人以上になる見込みだ。
素案は非正規労働者への雇用保険や厚生年金、健康保険の適用拡大を雇用分野の柱に掲げた。
確かに安全網の拡充を急ぐ必要がある。しかし、いまや失職は非正規労働者にとどまらず、リストラで正社員の解雇も増えている。
社会情勢の厳しさに政策が追いつかず後手に回っているのが実態だ。

 これまでの会合で有識者から「雇用安定を通じた安心社会の再構築を」との意見が出ている。こうした提言を生かし、雇用・失業対策をより充実させる具体策が求められる。
安心社会の実現というのであれば雇用・年金制度が整い、手厚い介護も行われる欧州型の「福祉国家」像が一つのモデルになるだろう。
会議は民間の有識者十五人で構成され、幅広い観点から目指すべき社会像を検討するのが目的だ。
最終の報告書を六月中旬にまとめ経済財政運営の基本方針である「骨太の方針二〇〇九」に反映させる。

 論議を進める背景には総選挙を控え、麻生太郎首相が掲げる「中福祉、中負担」を肉付けし、政権公約に盛り込む狙いがあるようだ。
雇用や社会保障に大きなひずみをもたらした小泉政権の構造改革路線を見直す意図も指摘されている。

 だが小泉路線から転換するのであれば、有識者まかせでなく首相が自らリーダーシップをとり、問題点を明らかにしてほしい。
会議で首相は施策のための財源確保を検討するよう要請した。
景気回復後の消費税率引き上げが念頭にあるようだ。国民に安心をもたらすはずの議論が増税の布石になるのでは本末転倒ではないか。

 大きなテーマなのに、わずか二カ月で報告書をまとめるのも性急すぎよう。日本の将来にかかわる大事な課題である。もっと腰を落ち着けて論議を深め、安心社会への道筋を示してもらいたい。』
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2009.05.27  ☆厚労省分割 功罪見極め拙速避けよ
  27日、毎日新聞→

『厚生労働省の分割構想が急きょ浮上してきた。麻生太郎首相が年金や医療、介護を担当する「社会保障省」と、雇用や少子化を担当する「国民生活省」に分割する考えを示して検討を指示、関係閣僚の協議が始まった。今週中には基本方針をまとめるというが、政府内や与党から拙速を批判する声が上がっている。

厚労省は01年の省庁再編で旧厚生省と旧労働省が合併して設置された巨大官庁で、国の一般会計予算のほぼ半分を所管する。消えた年金や後期高齢者医療、介護の人材不足など、課題は山積しており、郵便法違反事件での厚労省職員逮捕や社会保険庁の不祥事なども重なって、国民の厚労行政に対する目は厳しい。

国民生活に密接に関連している厚労省が巨大化し、1人の大臣では手に負えなくなっているとすれば、分割・再編によってマイナス面を取り除くことはひとつの考え方である。
しかし、今回の厚労省分割の指示は唐突で、狙いもよく説明されておらず、国民的な議論はほとんど行われていない。

舛添要一厚労相は26日の記者会見で「拙速にやるべきではない」と否定的な考えを表明した。その通りだ。初めから分割後の姿が検討されているが、議論の手順がおかしい。まずは8年前に実行された省庁再編の総括を行い、功罪を明らかにしたうえで分割の是非を論じるべきだ。

縦割りの弊害をなくし、行政のスリム化を図り、政治主導を実現するのが省庁再編の目的だったが、それが実現できたのかどうか。再編で組織が大きくなったことでどんなマイナス面が出たのか、原因は何なのか。再編の仕方が悪かったのか、政治家が官僚を使い切れなかったのか。こうした総括がないまま、分割ありきで一気に進めることには反対だ。

厚労省では舛添厚労相の陣頭指揮が目立っている。まさかこれが分割の理由ではないだろうが、まずは副大臣制がうまく機能しているのかについて総括すべきだ。幼稚園と保育所のいわゆる幼保一元化を進めるべきだが、どの省が担当するのか。参院で審議されている消費者庁は、どう位置づけるのかなどの議論はこれからだ。

それでも、厚労省を中心に分割を行うというなら、国民にきちんと説明してもらいたい。舛添厚労相は「省庁再々編をやるべきだ」と述べている。政府内で意見を集約し、国土交通省や総務省なども含めた総合的な省庁再編の将来ビジョンを示すべきだ。
総選挙を前に厚労省分割が急に持ち出されても、国民は戸惑うだけだ。省庁再編は国のかたちを決める重要な課題である。生煮えの議論で短期間に結論を出す問題ではない。』
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2009.05.22  ☆厚労省分割 再編で国民の信頼を取り戻せ
  22日、讀賣新聞→

『厚生労働省は大きすぎる。多くの人がそう感じているのではないか。

麻生首相が厚労省を分割する考えを示し、与謝野財務・金融・経済財政相に検討を指示した。

総務省や内閣府などの分割・再編もにらんでいるようだが、社会福祉行政の信頼回復を図るためにまず厚労省改革に絞って具体案を練るべきだろう。
厚労省の大きさは予算規模からも明らかだ。政府の今年度当初予算では、一般歳出52兆円のうち厚労省予算が25兆円を占める。

暮らしにかかわる施策の大半を受け持つ厚労省は、国民の関心が高い問題を数多く抱えている。
インフルエンザ、雇用対策、年金記録問題、医療・介護の人材確保――。挙げればキリがないほどの難題を1人の厚労相で担当しているのが現状だ。
これでは、重要問題のすべてを十分に検討し、迅速に判断するのは難しい。所管分野が広すぎて大臣の監督権が弱体化していたことが、社会保険庁などで数多くの不祥事を招いた一因でもあろう。
現在の厚労省は2001年に厚生、労働の2省を統合して発足した。しかし、組織は縦割りのままで、効率化された面は少ない。

一方で、医療政策は厚労省に一本化されておらず、文部科学省が医学教育と大学病院を、総務省が自治体病院を所管している。少子化対策も内閣府や文科省、経済産業省などに分散している。
厚労省の仕事とこれに近接する他省庁の仕事を、国民のニーズに合わせて仕分けし、適正規模の官庁に集約する必要があろう。

麻生首相は、医療・介護・年金などを所管する「社会保障省」と雇用・少子化対策などを受け持つ「国民生活省」に再編する案を示している。
ほかにも、雇用、年金、生活保護といった、主に経済的な安全網を所管する「雇用・年金省」と、医療や介護、保育などの社会サービスを受け持つ「医療・介護省」に再編することも考えられる。

さまざまな選択肢を検討の俎上(そじょう)に載せるべきだ。
経済が低迷し、社会に不安感が漂っている。だからこそ、厚労省の刷新を急ぐ必要がある。
分割・再編して、問題ごとにきめ細かく対応する体制をとれば、国民は政府の意気込みを感じ、社会福祉行政への期待は高まるのではないか。

将来への安心感が増すことで、消費者心理が改善し、景気も明るさを取り戻していくだろう。』
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2009.05.10  ☆看護労働の実態 現場の悲鳴に耳傾けよ
  8日、毎日新聞→

『交代制勤務の看護師の厳しい労働実態が明らかになった。看護師の23人に1人、全国で推計2万人が月60時間以上の時間外労働により過労死の危険水準にあることが分かった。また残業分の4割しか時間外手当が支払われていないなど、看護現場での人事労務管理の不十分さが浮き彫りになった。現場からの悲鳴にも似た声に耳を傾けたい。

昨年10月、大阪高裁が過去3カ月の平均残業時間が56時間のケースで看護師の過労死を認定した。これを受けた日本看護協会は1万人の病院看護師を対象に昨年10月の勤務実態を調査、3010人が回答した。

看護労働の実態をみてみよう。月平均の残業は23・4時間、年齢別にみると20代が25・9時間と最も長く、慢性的な疲労を訴える率も他世代より高かった。疲労の自覚症状が多い看護師ほど、医療事故の不安を感じているというから深刻だ。

このほか、院内研修や持ち帰り残業を時間外勤務として申告していない▽タイムカードがなく時間外の把握ができない▽上司が時間外の申告をカットしてしまう▽時間外手当に上限がある▽新人は時間外の申告ができない--などの回答が寄せられた。こうした回答から、看護の現場では労働法が徹底されていないという実態が浮かび上がってきた。

医療の現場では過酷な勤務によって、産科など特定の診療科で医師不足が深刻化しており、看護労働でも同じような問題を抱えている。医療崩壊が内部から始まっていることを重く受け止める必要がある。

特に、日勤と夜勤を繰り返す不規則な交代制勤務の職場での長時間残業によって、看護師が過労死と隣り合わせになっている状況は早急に改めてほしい。これは病院勤務の看護師の離職率が12%にもなっている要因でもある。適正な労務管理を行い、労働法が守られる職場にすることが必要だ。結婚し子育てしながら働ける職場にするために、短時間勤務など多様な勤務形態の導入も急いでもらいたい。

なぜ、看護師の労働時間管理ができないのか。これには「長年の慣例・習慣」「職員定数を増やせない」「欠員補充できない」という答えが上位を占めた。

多くの医療機関が社会保障費の抑制方針の下で苦しい経営を余儀なくされており、欠員補充や人件費引き上げへの対応が十分ではない。長時間労働や未払い残業の問題も、こうした医療現場が直面している問題が背景にある。まずは各医療機関で改善を図ることが必要だが、それだけでは限界がある。入院基本料の見直しや看護の特別技術の評価など、診療報酬を見直し看護への配分を手厚くする検討も急ぐべきだ。』
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 2009.05.07 ☆こどもの日 少子化対策一つずつ前へ
  5日、山陽新聞→

『きょうは「こどもの日」。行楽地に出かけたり、身近なレジャーを楽しんだり、大型連休の一日を子どもとふれあう家庭も多いだろう。みずみずしい新緑の下、子どもたちの元気な歓声がはじけそうだ。

終戦後まもない一九四八年に、こどもの日は制定された。国の復興に向けて、次代を担う子どもたちの健やかな成長に期待を寄せていたに違いない。あれから六十年が過ぎた今日、子どもをめぐる環境は激変した。生活水準は向上し、経済的には豊かになった半面、将来的に危機感を招いているのが少子化の問題である。

女性一人が生涯に産む子どもの推定人数を示す合計特殊出生率は二〇〇五年に戦後最低の一・二六を記録した。〇六年一・三二、〇七年一・三四とやや上昇したが、依然として低く先進国の中では最低レベルだ。〇九年版少子化社会白書は、少子化の要因として、未婚化と晩婚化を挙げる。若者が結婚しなかったり、結婚が遅くなれば、いきおい出生数は減少するだろう。

内閣府が今年一月に行った少子化対策に関する世論調査では、少子化に歯止めをかけるため期待する政策(複数回答)は「仕事と家庭の両立支援と働き方の見直しの促進」が58・5%に上った。これに「子育ての経済的負担の軽減」「妊娠・出産の支援」「子育てのための安心・安全な環境整備」が続き、いずれも過半数だった。
子育てのためのハードルが高くなっているといえよう。医療機関による妊婦たらい回しが社会問題化したが、地域によっては産婦人科や小児科などの医師が不在となるケースも出ている。安心して産み、育てる環境が次第に失われている。

また、若者の生活基盤が保障されなければ、子育てはおろか結婚も困難だ。教育費の負担も無視できない。相次ぐ児童虐待は子育てへの不安をかき立てる。徹底した検証と虐待防止に向けた対策が急がれる。

少子化は未婚、晩婚化のほか、さまざまな要因が絡み合っている。そして、その影響は経済、労働、社会保障、教育など社会全般にわたる。すぐに解決できるものではないが、手をこまぬいてもいられない。

政府は、少子化対策に大胆に踏み出すべきだ。子育てする家庭の生活基盤の底上げや働く母親が子育てと両立できる環境の整備、教育費の支援などにもっと力を入れる必要がある。中長期的な視野での取り組みが求められる。』
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2009.05.04  ☆清水さんの自殺 介護者を守りたい=論説委員・野沢和弘
  4日、毎日新聞→

『歌手でタレントだった清水由貴子さん(49)が父の墓前で死んでいるのが見つかった。「ご迷惑をかけてすみません」の書き置きがあり、遺体の隣の車いすには衰弱した母がいた。

清水さんは1977年に歌手デビュー。庶民的なキャラクターが人気で、「欽ちゃんファミリー」でも活躍したが、病弱だった母の介護のため06年に所属事務所を辞めていた。
親の介護で離職する40〜50代は多い。国民生活基礎調査(04年)によると、同居家族を介護している人のうち40代は12・2%、50代は28・5%を占める。介護生活が長期間に及ぶ人、介護のために故郷にUターンする人も珍しくない。

清水さんは自殺の数日前まで普段と変わらない様子だったというが、明るく見えても心身にストレスを抱えている人は少なくない。厚生労働省研究班の調査(05年)によると、介護者の23%が抑うつ状態で、「死んでしまいたいと思ったことがある」のは65歳以上で約3割、65歳未満でも2割に上る。

介護保険が始まって10年目。同居家族がいると生活援助サービスが受けられず、要介護認定でサービス利用が絞り込まれるなど、制度変更のたびに介護給付は抑制されてきた。介護者が仕事を失うことで、生計が苦しくなり、サービス利用を控える人もいる。清水さんが住んでいた東京都武蔵野市は高齢者福祉の先進地で、清水さんは週に何日も介護サービスを利用していたというが、介護事業所が足りない地域もまだまだ多い。

施設よりも住み慣れた自宅で暮らすことを望む高齢者は多く、親の面倒は自分で見たいと思う家族も少なくない。ただ、昼間はサービスを利用できても、夜は逃げ場がない。がんばってきた人ほど肉親の介護から手を引くことをためらうものかもしれないが、要介護度が進んだらプロに任せる機会を増やし、もっと家族を介護から解放してほしい。それには、疲れた人が安心して弱音をはけるよう、温かくきめ細かい相談支援やケアマネジメントがなくてはならない。本当は、仕事を辞めなくても親の介護ができるような制度の充実を求めたい。

清水さんは幼いころ父を亡くし、母の手一つで育てられた。その母が衰えて認知症が出てきたとき、芸能界を引退して自分で介護することを決めた気持ちが胸に重く響く。面会に来る人もなく捨てられたように高齢者施設にいる人々のことを思うと、清水さんのような介護者を悲劇へ追い込む社会はあまりにやるせないではないか。』
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2009.04.27  ☆[介護疲れ] 一人だけで悩まないで
  24日、沖縄タイムス→

『歌手や女優として活躍した清水由貴子さん(49)が亡くなった。介護疲れから自殺を図ったとみられる。
父親の墓石の前に倒れ、傍らには長年介護を続けてきた母親が車いすに座ったまま残されていたという。

明るい笑顔を振りまき、元気なお母さん役が板に付いていただけに、あまりに切ない最期だ。
入退院を繰り返す母親の世話、自分自身の将来、仕事のこと…。伝えられる報道の断片をつなぎ合わせながら、体も心もヘトヘトだったのだろうと推測する。しかし同時に「なぜ」の思いも消えない。そこには「介護疲れから…」という同種の問題が横たわるからだ。

警察庁の自殺統計によると、2007年1年間に自殺した人は約3万3000人。その中に「介護・看病疲れ」を理由とした人が265人いた。全体からみれば大きな数字ではないが、その生きづらさは、社会のひずみを映し出している。自殺の原因・動機で最も多かったのは「うつ病」で、全体の18%、6060人を占めた。

見逃せないのは、高齢者などの介護をしている家族の4人に1人がうつ状態という別の調査結果だ。中でも介護者が65歳以上の「老老介護」では、3割以上が「死にたいと思うことがある」と回答している。心身ともに負担が大きい在宅介護の中で、孤独に陥り、うつうつとした日々を過ごしている人は少なくない。

2000年にスタートした介護保険制度は、家族の負担を軽減し、お年寄りの介護を社会全体で引き受ける「介護の社会化」を目指すものだった。だが実際は、要介護度が低い人の利用が制限されるなど、給付抑制策が目立ち、加えて療養病床の大幅削減が「介護難民」を生み、今再び家族の出番が増えている。

平均寿命が延びれば延びるほど、介護し、介護される確率は高まる。安心して暮らせる仕組みをつくるためにも、困っている人の声に耳を傾けたい。
家族介護であっても、緊急時には預けることができるなど、介護者がストレスをため込まない、柔軟で多様なサービスが必要だ。お年寄りだけの世帯など、ライフスタイルの変化を見据えれば、家族介護をあてにしない、独居モデルの確立を急ぐべきである。

認知症の家族の介護相談にあたる相談員は、「大変ですね」「よくやってますよ」など、相談者の気持ちに寄り添うことが大切だと話していた。介護サービスの充実や知識も重要だが、孤独になりがちな介護者を支えるネットワークは欠かせない。清水さんの場合も、悩みを打ち明ければ、そこから支援の手が差し伸べられたかもしれない。解決はできなくても、誰かと話すことで気持ちが軽くなったのではないか。

誰もが等しく老いるのだから、介護のつらさや悩みを共有することはできるはずだ。そこから「希望」を見いだしたい。』
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2009.04.23  ☆産科医賃金訴訟 過重労働の改善を急がねば
  23日、讀賣新聞→

『産科医の過酷な勤務実態の違法性を指摘した初の司法判断である。

 奈良県立奈良病院の産科医2人が過重労働に対する割増賃金を求めた訴訟で、奈良地裁は夜間と休日の当直は労働基準法上の時間外労働にあたるとして、県に1540万円の支払いを命じた。
安全な出産のためにも産科医を増やし、労働条件の改善を急がなければならない。医療行政全体に向けた判決とも言えるだろう。

 判決は、「当直」とは「非常事態への待機など、ほとんど労働の必要がない業務」と指摘した。
その上で、2人の医師は2年間の当直で計300件の分娩(ぶんべん)や1000件を超える救急患者に対応しており、こうした勤務実態は「労働基準法の規定を超える時間外労働として、割増賃金の支払い義務がある」と結論づけた。

 医療機関は一般に、当直は労働時間に当たらないとし、一定の手当で済ませているのが実情だ。

 県立奈良病院は、1人で当直をし、1回の手当は2万円だ。医師2人はそれぞれ当直が2年間で200日を超えていた。

 また、呼び出しに備える自宅待機(宅直)もあり、2年間でそれぞれ120日を超え、完全な休日は3〜4日しかなかった。
判決は、宅直については「医師間の自主的な取り決めで病院の内規にもなかった」として割増賃金を認めなかった。

 県立奈良病院では宅直に対する手当も支給していない。手当を支給する病院は増えており、宅直も適切に評価すべきだろう。
全国の産科勤務医も同様の厳しい労働環境を強いられている。日本産婦人科医会の調査では、1か月の当直の平均は5・9回と、他の診療科を大きく上回る。
産科医不足も深刻だ。10年間で全体の医師数は15%増えたが、産科は11%も減った。医師不足が過重労働に拍車をかけている。

 総合周産期母子医療センターの愛育病院(東京都)は労働基準監督署から医師の勤務実態を改善するよう勧告を受けたため、センター指定の返上を都に打診する事態に発展した。改善に必要な医師確保が困難だからだ。
奈良では2006年、19病院で受け入れを断られた妊婦が亡くなっている。各地で同様の問題が起きている。お産の現場は危機的な状況にある。

 労働条件が改善されなければ産科医はさらに減少する。開業医が当直に加わるなど、地域医療全体での体制づくりが欠かせない。』
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 2009.04.20 ☆社保カード 「導入ありき」はだめだ
  20日、中日新聞→

『厚生労働省がまとめた「社会保障カード」の基本計画は二年後の導入を目指しており、拙速すぎる。十分な実証実験で問題点を洗い出すべきだ。政府の他のIT(情報技術)政策との関係も不明確だ。

社保カードでは、一枚のICカードに、年金手帳、健康保険証、介護保険証の三つの役割を持たせる。これによってパソコンから年金の保険料納付記録、将来の給付額の見通しが分かり、社会保険庁で起きた年金記録不備問題の再発を防止できる。
医療機関での被保険者資格や受診で要した医療費の確認などもでき、転職などを繰り返して制度・保険者を変わる人も加入手続き・給付漏れが起きにくくなる。
年金、医療、介護制度の各データを一元管理する「社会保障番号」の導入はプライバシー漏洩(ろうえい)の恐れから国民の反対が強いことを踏まえて見送り、従来通り別々の管理に任せる-などとしている。

問題は、この制度の導入を二〇一一年度に設定していることだ。
厚労省は、二カ所ほどの自治体を公募で選び、夏から半年かけて社保カードの実証実験をしたうえ全国に導入する考えだが、実験は年金、医療、介護の中で「できるものを行う」とおざなりだ。
新しいシステムだけに、プライバシーの保護、システムトラブル発生時や転職による医療保険者変更の場合などにうまく対応できるかどうかを十分に検討し、問題点を洗い出す必要がある。システム全体の問題点を浮かび上がらせるには年金、医療、介護のすべてについて同時に実験を行うべきだ。

技術的な問題をすべて解決したうえで全国的な導入の是非を決めるべきで、「初めに導入ありき」では国民の理解は得られない。
社保カードが、自分で年金記録を確認できるようにすることで年金制度の信頼回復を図る一環として急浮上した経緯を振り返れば、年金だけに限定してスタートさせて様子をみる方法もある。

政府が構想する、希望する個人・企業へ行政サービスを提供する「国民電子私書箱」や既に実施されている「住民基本台帳ネット」との関係が不明確なことも問題だ。このため国による個人情報の管理への懸念が払拭(ふっしょく)できない。
報告書は、政府全体で整合性をとることを求めているが、これこそ先に行い、そのうえで社保カードの位置付けを考えるべきだ。IT活用による利便性と、プライバシー保護との兼ね合いについて国民的議論を深める必要がある。』
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2009.04.12  ☆医師と医療のあり方 注目される試みが九州にある
  12日、西日本新聞→

『「医師は尊敬されているか。信頼されているか」「必ずしもそう言えないのではないか。看護師など同僚にも」。医療関係者の話の中で時折、こんな意見を聞く。医師の養成課程に問題があるのか、何かが欠けているのか。

国の医療政策は「入院」から「在宅」へと大転換の真っただ中にある。病床(ベッド)数を減らし、1人当たり平均在院日数もできるだけ短縮する。医療費抑制政策の一環である。
高齢者が増えているためだ。日本では欧米に比べて老人ホームなどの施設整備が遅れ、病院が受け皿になってきた。結果、かつては自宅で最期を迎える人が多かったが、いまや医療機関で亡くなる人が8割を超えている。

しかし、高齢者の場合、急病や事故によるケガなど一刻も早い処置が必要な患者よりも、持病を抱えているが病状は比較的安定している人が多い。
容体が悪化したり、その後の機能回復で訓練を受けたりするために入院する必要があるが、普段は自宅などで暮らしていても特段の問題はない。
ならば、高齢者の暮らしを中心に置いて、介護や福祉の専門職や民生委員などとともに医療機関も高齢者を見守るネットワークをつくって「在宅」の生活を支援していこう、となった。

厚生労働省は、高齢者は「入院」よりも「在宅」を望んでいるという。高齢者にも喜んでもらえるし、病床数の削減もできる。一石二鳥のはずだったが、病床を減らす政策が現場での混乱を生んでいるのも事実である。

ところで、医療政策の転換と医学生の教育とは、どう関係してくるのか。
日本では医師の国家試験に合格することが最優先され、知識偏重になっているとの指摘がある。このため、病院の外来などで実際に患者に接して臨床技術を学んだり、話の中から病状などを聞き出す対話・コミュニケーション能力を高めたりする機会が少ない。
入院患者を専門的に診ていたときはそれでよかったかもしれない。だが、病院内外で看護師や薬剤師、介護福祉士など多様な職種の人々とチームを組むようになると、そうはいかない。

●学生たちが集まる島に
「どうも『Drコトー診療所』のイメージが強くて」。長崎大学大学院医歯薬学総合研究科「離島・へき地医療学講座」の前田隆浩教授は苦笑する。
Drコトーは鹿児島県の甑島の診療所に勤務する瀬戸上健二郎医師をモデルとした人気漫画で、テレビドラマにもなった。要するに、都会に比べ貧弱な医療設備の中、聴診器だけを頼りに孤軍奮闘する医師のイメージだという。

前田教授が拠点とする離島医療研究所は長崎県五島市の五島中央病院にある。同市は五島列島の南半分、下五島の旧福江市などが合併して誕生した。五島中央病院は地域の中核病院で、設備も整い、病床も約300床ある。
離島医療の実習で医学部生などが来ると「本土」と変わらない医療レベルに逆に驚く、と前田教授は言う。

前田教授の講座は2004年5月に開講した。長崎県と五島市が資金を出した。全国初の自治体による寄付講座だった。ここから医学部5年生を対象にした一週間の離島実習が始まった。
実習地も下五島から上五島、対馬と広がり、6年生は5週間の実習期間をとることになった。その後、離島で働きたいと希望する研修医も出てきた。
そして、医学部だけでなく、薬学部や歯学部も離島実習を始めた。離島が医療系の学部生の共通の勉強の場として活用されようとしている。
さらに、夏場を中心に他大学の医学部生を受け入れている。実績は福岡大、九州大のほか、大阪大、筑波大、北海道大と全国に及ぶ。広がる離島実習の人気の秘密は何だろうか。

●現場から制度見直しを
病院や点在する診療所の医師、保健所や介護・福祉施設の協力を得ながら、より教育効果が上がるように実習の内容を改善してきたことがある。
離島やへき地は医師確保に苦労している分、医師の卵を歓迎する地域の雰囲気も強かろう。診療所の医師が地域の中に入って患者を診る。そこに医療の原点を感じるのかもしれない。

これからの医学部教育ではコミュニケーション能力育成がポイントだ。ヒントを得ようと、先月も東京医科大学教授などが下五島を訪れた。島根大や神戸大などは長崎大の試みを参考に地域医療教育に取り組んでいる。

もう1つ、九州でユニークな試みがある。大分県立看護科学大学は昨春から、大学院修士課程でナースプラクティショナー(NP)の養成教育を始めた。制度は米国や韓国にある。高度な知識や技術を持った看護師が医療現場でより重い役割を果たす。つまり、厳格な条件を付けたうえで医師業務の一部を引き受けようという考え方だ。
その実践の場をつくろうと、昨年、内閣府に規制緩和の「特区」を申請した。結果は厚労省の反対で認められなかったが、今年も再挑戦するという。

NPには看護師にも賛否両論ある。だが、介護福祉士や社会福祉士なども含め、迫り来る超高齢社会での新たな役割について、もっと議論していい。現実を踏まえた現場から、地方からの発想、意見で制度を変えていきたい。』
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2009.04.10  ☆保育所改革 働く母親をどう支えるか
 10日、讀賣新聞→

 『保育所への入所希望者が大都市を中心に急増している。不況と先行き不安の中で、家計を補うために働く母親が増えていることが背景にある。
全国の認可保育所の定員212万人に対し、待機児童数は昨年10月には4万人に上った。
厚生労働省のアンケート調査から、無認可保育所の利用者などを含めた潜在的待機児童数は70〜80万人に及ぶと推計される。

 保育所の総数は年々増えているが、就労を希望する母親も増え、供給が追いつかない。不況が状況をさらに悪化させている。
長期的な視野に立って、保育所拡充に向けての方策を打ち出していかなければならない。
社会保障審議会の少子化対策特別部会が先にまとめた報告書は、保育の分野への企業参入を促進するよう提言している。

 保育所の認可は都道府県の裁量に委ねられている。設備や職員など国の最低基準を満たしても認可されない場合がある。
報告書は、国の最低基準を満たした保育所は一律に認可保育所と同じような公的補助を受けられるよう、提案している。

 それには財源の確保が必要だ。政府の税制抜本改革の中期プログラムは、子育て支援などの少子化対策について、消費税を主要財源とすることとしている。

 内閣府の世論調査では、負担が増えても保育サービスを充実させるべきだと答えた人が89%を占めた。保育に思い切った財源措置を取るための本格的な議論を進める時期に来ている。
認可保育所の利用にあたっては申し込みを市区町村が受け付け、保育の必要の度合いなどに配慮して選考してきた。

 これに対し報告書は、利用希望者は市区町村から保育の必要性の認定を受けた上で、各保育所に直接申し込むよう提言している。
契約のスピード化が期待される反面、希望者が特定の保育所に殺到し混乱が生じる恐れもある。
制度の細かな問題より、保育施設を少しでも増やすための具体策をまず議論すべきではないか。

 幼稚園と保育所の機能を備えた「認定こども園」や、自宅で少人数の子供を預かる保育ママ制度の拡充なども課題だ。
女性の育児休業の取得率は89%に達しているが、子供の預入先が確保されなければ、安心して職場復帰できない。

 少子化対策の要となる保育サービスの充実に向け、様々な角度から検討を急ぐべきだ。』
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2009.04.08  ☆要介護認定見直し 実態を踏まえて検証を
  8日、中國新聞→

『介護保険サービスを受ける前提となる「要介護認定」の方法が、今月から大きく見直された。原案段階で「実態より軽く判定される」との反発が相次ぎ、直前になって厚生労働省は一部を修正した。しかし利用者や現場への説明も十分とはいえない。不安を招かないか気掛かりだ。

介護が必要かどうかは、市町村が判定する。七つの段階に分け、段階ごとにサービスの上限額が設けられる。

まず調査員が訪れて、心身の状態や生活能力をチェックする認定調査をする。これと主治医の意見書を基に一次判定し、認定審査会が最終的な要介護度を決める。
大きく変わったのは認定調査である。八十二項目を七十四項目に減らし、記載方法も変えた。「できるか、できないか」でなく「介助されているか、いないか」で判断するよう見直したといえる。

重度の寝たきりの人に当てはめてみる。原案では、トイレに連れて行ったり、車いすに乗せたりしなければ「介助なし」、つまり自立とみなされる。指摘を受けてさすがに厚労省も、ベッド上で体位を変える場合は「全介助」と手直しした。

ただ認知症の人が旧姓しか答えられなくても「自分の名前が言える」とされるなど、実態に合わないまま見切り発車した部分も少なくない。

厚労省は「調査のばらつきを減らし、認定をより公平にする」と見直しの理由を説明する。確かにこれまで調査員によって判定に微妙なずれがあったことは確かだ。より客観的に、という趣旨は理解できる。しかし公平さを重視するあまり機械的になったのでは本末転倒だ。

厚労省は、本人や家族が困っている点などは特記事項に記すとしている。それが本当に最終判定に反映されるのか。厚労省も約束しているように、公開の場できちんと検証してもらいたい。

見直しによって『重度』を減らし『軽度』の割合を増やす」とした内部文書が、国会で論議になった。厚労省は「一概に要介護度が軽くなるわけではない」としているが、真の狙いが介護費用の削減なのでは、という疑念が持たれても仕方あるまい。

要介護認定を受けている人は約四百六十万人。十年で倍増している。本年度の介護給付費の見込み額は約七兆円に上る。その50%を賄う保険料を上げる動きも出ている。負担とサービスのバランスをどうとっていくか、明確な数字を基にした議論が欠かせない。』
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2009.04.07  ☆厚労省改革 再編も視野に効率化を
  7日、中日新聞→

『厚生労働行政のあり方に関する政府の懇談会の報告書は、一部の組織改革の提言に終わった。行政効率を高めつつ多様化する行政需要にこたえるには、他府省との再編も視野にいれるべきだ。

報告書は、少子化が「わが国が直面する最大の問題」と位置付け、雇用均等・児童家庭、職業安定局など複数の局にまたがる少子化部門を横断的に統括したり、正規雇用が前提の労働部門とは別に非正規雇用対策専門の部門の創設などを求めている。

厚労省は提言を具体化するための工程表づくりを始める。組織を肥大化させず、統合で効率化を図ることはぜひ進めてもらいたい。
懇談会は当初、厚労省内に設置される予定だったが、改革が不徹底になると指摘されたため官邸に移された経緯がある。これを踏まえるならば、政府全体で厚労行政のあり方を論じ、改革の方向性を示すべきではなかったのか。

政府の府省は十二あるが、二〇〇九年度の政府歳出八十九兆円の中で、厚労省予算は一般歳出五十二兆円のうちの半分近くを占めるほど突出している。

年金、医療、介護保険のほか、生活保護、障害者支援、少子化・育児、臓器移植、感染症、医薬・食品安全、救急医療・医師不足、雇用対策など国民生活に直接かかわる問題のほとんどが厚労省の所管に含まれる。トップの厚労相が有能だとしても政策を機動的に打ち出すには限界があるだろう。

国会でもこれらの問題が衆参の厚労委員会に集中するため審議は常に滞り、論議が深まらない。重要な法案でもたなざらしになる。

報告書も「現在の厚生行政は守備範囲が広すぎ、内部調整に要する時間やコストが大きくなっている」と認め、他府省との再編について「必要な行政分野への人材のシフトを大胆に進めるべきだ」などと指摘するならば、具体的に踏み込んだ提言が求められる。

旧厚生、労働省の〇一年の統合で、高齢者・障害者対策と就労、女性の働き方と育児などの分野では行政の一体性が増したが、厚労省全体としては深刻化する雇用問題への対応が出遅れるなど巨大化の弊害が随所で見られる。政府全体で府省の適切な守備範囲を見直すことも必要ではないか。

健康にかかわる医薬・食品安全部門は、現在の医薬食品局、医薬品医療機器総合機構の二本立ての体制を改め、一本化したうえ厚労省から外すことを求める意見も出ている。検討に値するだろう。』
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 2009.03.31 ☆介護報酬アップ まずは低賃金の改善だ
  31日、毎日新聞→

『介護保険制度が4月から変わる。介護報酬の3%引き上げと要介護認定の見直しが柱だ。いずれも制度の大きな変更となるだけに、介護現場の混乱を防ぎ、介護サービスを利用している高齢者が不安にならないよう、十分な説明が必要だ。

報酬アップは介護人材の確保と処遇改善が狙いだ。高齢化によって介護職員は今後3年間に約18万人が必要になるが、低賃金や過酷な労働を背景に、他産業に比べ離職率が高く人手不足に陥っている。

介護職員が仕事を辞めざるを得ない状況を改善し、将来を見据えて人材の確保が必要であり、3%の引き上げで十分とはいえない。すべての介護職員の処遇改善はできそうにないからだ。過去2度、介護報酬が引き下げられ経営が苦しくなっており「引き上げ分は介護職員に回らないだろう」との見方が強い。
介護事業者は、報酬アップの最大の狙いが介護職員の処遇改善にあるという点を肝に銘じてもらいたい。

厚生労働省は有識者による委員会を設置して、処遇改善に反映されているかどうかを検証する。調査の方法などは今後詰めるが、介護労働者の声を十分に吸い上げる仕組みを作って、厳正な調査をすべきだ。報酬アップの使途が不透明で、給与アップにつながらないようなら、直ちに見直してもらいたい。それを検証する調査委員会の責任は重い。

報酬アップに加え、与党は追加の経済対策に、介護職員の給与を国費で援助することを検討している。介護職員の離職を防ぎ、資格を持っていながら働いていない潜在介護福祉士らの職場復帰にもつなげなければならない。

要介護認定の見直しでは、1次判定の調査項目を82から74にした。厚労省は「認定にばらつきがあり、公平性を高めるのが狙いだ」と説明する。同省が行った判定の新基準を当てはめたサンプル調査では、要介護度が低くなった人が20%、高くなった人は17%だった。「全体としては変わらない」と同省は言うが、新基準でサービスが低下する高齢者には影響が出る。個々の生活者への目配りが必要だ。

介護サービス利用者からは要介護認定の新基準に批判が出ており、従来より軽く判定される恐れがあるとの指摘を受け、同省は新制度の開始直前に新基準を一部修正した。利用者に十分説明ができていたとはいえず、不安は解消していない。現場の混乱が心配だ。

後期高齢者医療制度の場合も説明不足が指摘された。高齢者や現場の声を十分に聞いていないから同じ過ちを繰り返すのではないのか。机の上だけで計画を作るのではなく、現場の声にも耳を傾けるべきだ。』
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2009.03.23  ☆老人施設火災 問題の根は深いところに
  23日、西日本新聞→

『痛ましくてならない。亡くなった人の多くは歩くことがままならなかったという。深夜、炎と煙にまかれた苦痛の中で体が利かず、どんなに激しい絶望感にとらわれたことだろう。
群馬県渋川市の老人施設「たまゆら」で火災があり、入所者のうち10人が犠牲になった。
福祉施設での火災は、これまでにも各地で起き、入所者が逃げ遅れて亡くなっている。

 近年では2006年1月、認知症のお年寄りが暮らす長崎県大村市のグループホームで起きた火災が思い出される。入所者9人中、歩ける人は3人ほどで、7人が亡くなった。
昨年6月には、知的障害者7人が共同生活していた神奈川県綾瀬市のグループホームで火災があり、3人が死亡している。社会的な弱者が入所している施設でなぜ、こうした惨事が繰り返されるのだろうか。

 たまゆらは、特定非営利活動法人(NPO法人)「彩経会」が福祉施設としての届け出を群馬県にしないまま、有料老人ホームのように運営してきた。
たまゆらでは、スプリンクラーや火災報知機などの防火設備が整っていなかった。無届け施設のために、行政による監視が届いていなかった。
厚生労働省の2007年2月時点でのまとめによれば、たまゆらのように無届けのまま有料老人ホームのように運営している施設は31都府県で377を数える。

 九州では、宮崎、鹿児島を除く5県で92施設ある。全国の約4分の1を九州が占めている現実を、あらためて認識する必要がある。
防火体制の不備は、緊急時に機敏な行動をとることができない入所者の生命を直接危険にさらす結果になってしまう。言うまでもなく、無届け施設での実態調査を急ぐべきだ。

 しかし、防火設備を整えたくても、資金繰りの厳しさからそれができないでいる施設も少なくない。行政が設備の不備を見とがめ整備を求めるだけでは、問題の解決にはなるまい。安全面で難点がある施設であっても社会が必要としている現実が、一方ではあるからだ。

 東京都墨田区は、たまゆらが無届け施設であることを認識したうえで、生活保護を受けている区民の入所をあっせんしていた。東京では介護施設の不足が深刻で、周辺地域にある施設への入所に頼るほかないからである。周辺地域の無届け施設も、こうした事情を承知のうえで運営しているようだ。

 低所得者向けの老人施設が不足している現実に福祉行政が対応できていないという寒い現実が、惨事の遠因の1つになったことは疑いない。団塊の世代の高齢化が今後、確実に進んでいく中で、問題の根はなお社会の深いところにある。』
 2009.03.23 ☆介護保険10年 「社会で支える」を原点に
 23日、信濃毎日新聞→

『長野県に暮らしている人の4人に1人は、65歳以上である。一人暮らしの人が5万6000人を超え、夫婦とも高齢者の老老世帯も多い。
少子高齢社会が加速するなか、老いをどう支えるのか。介護をめぐる問題はこの先、さらに切実さを増すだろう。介護保険制度はこの4月、10年目を迎える。節目の年である。将来にわたる介護福祉の確かな見取り図を描くために、立ち止まって考えたい。

<「家族頼み」のまま>
介護保険制度が始まったのは2000年春。年をとっても住み慣れた地域で自立して暮らせるよう介護を社会で支える。福祉サービスを契約にして、利用者が多様なメニューを選べるようにする。これが制度の目指すところだ。

ただ、保険の枠内では在宅介護に必要なサービスの一部しか賄えない。実際には、家族の介護をあてにして制度はスタートした。

核家族化が著しい。「老老介護」や、独身の子が働きながら1人で親をみる家庭も少なくない。介護疲れによる殺人や無理心中が後を絶たない。家族に負担を強いるとどうしても無理がかかる。

介護保険制度の問題の一つは、「社会介護」を強化する方向に進んでいるとは言い難いことにある。途中から、要介護度の軽い人は料理や掃除などの「生活援助」サービスの利用が制限された。

 在宅介護が立ちゆかなくなったとき、入所施設を見つけるのはひと苦労だ。特別養護老人ホームの入所待機者は増え続け、いまや全国で38万人を超える。
国は、地域で「受け皿」となってきた療養病床の削減を進めている。介護型の療養病床は11年度末ですべて廃止される。
 在宅サービスの利用には制限があり、入所施設は少ない。現状は介護の「安心」に遠い。
高齢化のスピードが速すぎる面はある。だが、根本の原因は社会保障費の抑制方針の下、介護給付の伸びを抑えようとしてきた政府の姿勢にある。

3年ごとに見直される介護報酬は、制度スタート後、2回連続で引き下げられた。これが介護職の低賃金と重労働を招き、現場の人手不足を決定的にした。

介護保険になって事業者の参入が相次ぎ、サービスの基盤は豊かになる-。厚生労働省のシナリオだ。それは、標準的なサービスを提供すれば採算が見込めるという前提があってこそである。

<担い手育つ環境に>
介護報酬の相次ぐ引き下げで、事業所の経営は悪化した。そのしわよせが人件費に及ぶのは、当然のなりゆきだ。
国は本年度の見直しで、介護報酬を初めて引き上げた。これを一歩として、介護現場に活力が戻るよう、制度の立て直しに全力を挙げてもらいたい。

給与の引き上げを含めた介護職の待遇改善が、まずは必要だ。意欲ある人材が育ち、良質なサービスを息長く提供していける環境を整えなくてはならない。
介護保険制度の根幹も見直す必要がある。この先、一人暮らしの高齢者はますます増えていく。家族の介護力をあてこんだ枠組みでは早晩、行き詰まるだろう。

制度の枠内では、重度の要介護者の在宅生活を支えきれない。入所施設はどこも満杯だ。費用負担も重い。結果として行き場のない「介護難民」が生まれる。群馬県で起きた老人施設の火災は、その実態を浮き彫りにした。

長野県内には、保険の枠を超えた在宅サービスの費用を肩代わりしている自治体がある。柔軟な発想が問われる。国は先進的な取り組みに学び、「社会で支える」態勢を確立してほしい。
介護保険をきっかけに、育ち、広がってきたものがある。

<自分の足元から>
その一つが宅老所だ。住宅街の一角にある民家で、小さな看板がなければそれと分からない-。県内にいま、宅老所は360カ所余りに上る。県の支援策を追い風に、「小学校区に一つ」という目標に近づきつつある。

宅老所の特徴は、小規模で家庭的。地域密着でサービスが縦割りではないことだ。ここでは認知症のあるお年寄りも、リラックスした笑顔を見せることが多い。
乳幼児を預かっているところもある。多世代をつなぐ地域の拠点としての可能性を秘めている。

宅老所は、途中から介護保険のメニューにも取り入れられた。「生活を支える」視点を、制度に根づかせたい。
介護者や認知症の当事者たちがつながり、声を上げるようになったことも、大きな変化だ。孤立しがちな男性介護者も、全国ネットワークが先ごろ誕生している。

それぞれの地域で、老いを支える仕組みづくりを進めたい。介護福祉のかたちは本来、そこに暮らす一人ひとりがどう生きたいか、どういう社会を望むのか-という思いと直結する。自分の暮らしている場所から論議を深めたい。』
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 2009.03.22    ☆老人施設火災 背景にある高齢者施策の貧困
22日、讀賣新聞→

『超高齢社会の行く末を案じさせるような、痛ましい出来事だ。
群馬県渋川市の高齢者向け施設「静養ホームたまゆら」の火事で、10人の入居者が亡くなった。
なぜ、このような惨事が起こったのだろうか。
要因は大きく二つある。第一には施設の運営者の問題だ。

「静養ホーム」といっても、法令にある呼称ではない。有料老人ホームかどうかをあいまいにしたまま、県への届け出をしなかったため、群馬県は実態をつかんでいなかった。
防火設備や職員の配置など、高齢者を受け入れる施設として十分な態勢だったとは思えない。増築を重ねた建物は複雑で、認知症や寝たきりの人もいる入居者が、深夜の火事で避難しきれなかったのは当然だ。

無届け老人ホームは、厚生労働省の調査で、全国に400近くある。把握できていないものも相当あるだろう。
老人福祉法は罰則付きで届け出義務を定めているのに、徹底されていない。厚労省と自治体は厳しく臨んで、無届け施設をなくし、指導を行き届かせることが肝要である。

問題のある施設でも必要とされる現状が、第二の要因だ。
「たまゆら」の入居者の多くは現在も東京都墨田区の“区民”として生活保護を受けている単身高齢者だった。「たまゆら」の経営者が働きかけて、区役所がこうした高齢者の入居を斡旋(あっせん)した。

東京では地価が高いことなどから、介護施設が極めて不足している。生活保護の高齢者が、病気などで一人暮らしが難しくなった場合、生活保護費の範囲で入居できる施設は少ない。
墨田区に限らず、都内の自治体は、他県に受け入れ施設があれば助かる。地方の施設側も、入居費は生活保護費から確実に支払われるのでビジネスになる。

その結果、多くの高齢者が行政の目が届かない状況に置かれる。墨田区は施設の実態を知っていたのだろうか。群馬県も入居者が県民なら、もっと早く関心を持ったのではないか。
高齢化は今後、地方よりも東京など大都市で急激に進行する。こうした状況をこれ以上、放置するわけにはいかない。

行政の責任をはっきりさせ、連携を整えるべきだろう。介護施設の拡充・整備とともに、高齢者に対する生活保護の仕組みも、見直しが必要である。』
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☆高齢者施設火災―福祉行政と防災の貧しさ
  22日、朝日新聞→

『亡くなったお年寄りたちは、さぞかし無念だったろう。
群馬県渋川市の高齢者向け住宅「静養ホームたまゆら」で起きた火災は、10人の命を奪う惨事となった。
建て増しを重ねたこの施設は、複雑なつくりになっていた。法令上の設置義務はないが、スプリンクラーや自動火災報知機もなかった。出火当時、施設にいた職員は1人だけだった。これでは、体の不自由なお年寄り全員を避難させるのは難しかったろう。
悲劇で浮き彫りになったのは、いくつもの不備がからんだ施設のありようである。経営者には命を預かっている自覚が十分あったのか。警察や消防には、火災の原因となぜ被害が拡大したかを徹底的に究明してもらいたい。

今回の火災でさらに驚くのは、入居していたうち15人が東京都墨田区から生活保護を受給していたことだ。
東京など都市部では低所得者向けの高齢者施設は空きがない。そのお年寄りの受け皿に、こうした地方の施設が使われてきたのが実情のようだ。
しかもこの施設を運営するNPO法人は、群馬県に有料老人ホームとしての届けを出していなかった。それでは行政の目もなかなか届かない。施設の関係者はこんな事情を明かす。「届けると設備基準などを満たすための投資が必要で、利用料に跳ね返る」

墨田区は結果的に無届けの施設を、お年寄りに紹介していたことになる。
しかし区ばかりを責めるわけにはいかない。施設が地元から遠く離れていては、お年寄りに好ましくないとわかっていても、身近に受け入れ先がなければ仕方ないだろう。無届けであれ、こうした施設がなかったら、行き場のないお年寄りは救えない。

「無届けの施設を廃止しろ」と言うだけでは問題は解決しない。
同じような無届けの老人施設は全国で350を超すという。政府や自治体はまず、こうした施設の運営や設備、介護、防火の体制を緊急に点検する必要がある。
1人で動けない人がいる施設であれば、たとえ今の法律で義務づけられていなくても、スプリンクラーや火災報知機の設置を検討すべきだ。

費用負担を施設側だけに求めていては設置は進むまい。行政がもっと必要な助成をしてはどうか。国や地方の財政事情は厳しいが、ことは人の命にかかわる。

施設の数を増やす手だても、もちろん考える必要がある。優先順位は高いはずだ。
介護の必要な単身のお年寄りはこれから増える一方だ。今こそ高齢者向け施設のあり方を社会全体で見直し、体制を整えなくてはいけない。
急速な高齢社会の安心と安全を確保する覚悟が求められている。 』
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☆老人施設火災 起こるべくして起きた
  22日、信濃毎日新聞→

『痛ましいと言うほかない。けれど、起こるべくして起きた事態かもしれない。運営のずさんさは、目を覆うばかりである。

群馬県渋川市の老人施設で起きた火災だ。深夜に出火して3棟を全半焼し、50-80代の入所者10人が亡くなった。
施設の実態は有料老人ホームに近い。にもかかわらず、運営するNPO法人は、老人福祉法で義務付けられている県への届け出をしていない。行政の監視の目が届いていなかった。
ほかにもこうした施設があるのではないか。都道府県は広く点検の網をかけて、まずは安全管理の徹底を図ってほしい。

この施設には当時、介護や支援の必要な高齢者ら16人の入所者がいた。体が不自由で、認知症の人も少なくない。自力での避難は難しかったと思われる。
宿直職員は1人だけだった。建物にスプリンクラーは付いていなかった。「火災報知機は鳴っていなかった」との証言がある。
施設側に高齢者を預かる自覚があったのか、疑わざるを得ない。人の命を軽んじた結果、取り返しのつかないことになった。

この施設が、首都圏から生活保護受給者を受け入れていた点も見過ごせない。入所者の多くを東京都墨田区役所が紹介していた。
区は、施設の設備や職員態勢、群馬県への届け出などをチェックできたはずである。生活困窮者の「受け皿」を見つけて、それでよしとしてしまった面はないか。
群馬県の腰の重さも悔やまれる。施設の調査を予定していたという。運営を疑問視する声は、2年ほど前から寄せられていた。

昨年の総務省調査で、設置届け出をしていない有料老人ホームが、長野県を含む15都府県で少なくとも370施設に上ることが明らかになっている。都道府県は、市町村とも連携して把握を急いでほしい。
今回のような事態を繰り返さないために、もう1つ課題がある。身寄りのない高齢者が1人で生活できなくなったとき、ついのすみかをどう確保するかだ。
介護保険の特別養護老人ホームには、空きがない。有料老人ホームはお金がかかる。実際には、低所得者の行き場はない。区市町村の担当者は苦悩している。

火災の犠牲者のなかには、墨田区で路上生活していたお年寄りもいた。背景には公的福祉の貧困がある。安全網を充実させて、制度のはざまを埋めていくことが、国の責務である。』
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☆老人施設火災 「無届け」に行政の目を
  22日、中國新聞→

『群馬県渋川市の老人施設「たまゆら」の火災で、入所者十六人のうち十人が死亡した。出火原因の究明はもちろん、防火設備や人員体制に不備がなかったかどうか徹底的に調べてもらいたい。

介護や食事をサービスする高齢者施設は、老人福祉法で「有料老人ホーム」として各都道府県に届け出なければならない。「たまゆら」は二年ほど前から「無届けで老人を預かっている」「入所していた老人が口から泡を出して倒れていた」などの情報が寄せられていた。このため県は施設内容の説明などを求めてきたが、内容に矛盾があるため調査に乗り出す矢先の火災だった。

運営元の特定非営利活動法人(NPO法人)「彩経会(さいけいかい)」の高桑五郎理事長によれば、自動火災報知機やスプリンクラーは設置されていなかった。建物面積が基準以下で、法令上の設置義務はないが、人命を預かる施設がこれでいいのかどうか。出火当時、宿直していたのは女性職員一人だけで、避難誘導が円滑にできなかったのでは、という指摘もある。行政の目からこぼれ落ちた施設が悲劇を大きくしたともいえる。

二〇〇六年、長崎県のグループホームの火災では七人が犠牲になった。これを契機に、老人福祉法や介護保険法などを改正。都道府県の立ち入り調査権を盛り込み、それまで届け出義務のなかった既存の施設なども、有料老人ホームとして届け出を義務づけた。

しかし、施設や職員の基準を満たすためのコストがかかるなどから、無届けの施設が多く存在しているのが実情だ。総務省が昨年実施した調査では、任意で選んだ二十二都道府県のうち十五都府県の三百七十施設が届け出なしに営業していた。
背景には、低所得の高齢者は割高の民間の有料老人ホームに入れないという状況がある。無届けの施設は、そうした行き場のないお年寄りの「受け皿」の一つになっている。「たまゆら」と関連施設を含めて、東京都墨田区が紹介した生活保護受給者が十五人も入所していた。

有料老人ホームは、〇七年度が二千八百四十六施設、入居者約十五万六千人と一九九八年度の十倍近い。それでも入居待機者は膨大な数になり、無届けの施設がはびこることになる。行政は、ヤミの施設に対してチェックできる体制を整えることが求められている。』
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 2009.03.17 ☆保育園不足 待機児の減少急ぎたい
  17日、北海道新聞→

『認可保育園に空きがないため入園できない「待機児童」が昨年十月に四万人を超え、一年間で四千人も増えたことが分かった。

専業主婦だった女性が、景気の悪化に伴い働きに出るケースが増えたためとみられる。
不況の深刻化で、働く母親がさらに増えることも予想される。待機児童の減少へ向け、厚生労働省は対策を急いでもらいたい。

厚労省の調べでは、女性の七割が第一子の出産を機に仕事を辞めている。逆に、育児の不安などから出産をあきらめる人もいる。これが少子化の一因になっている。
将来の働き手不足は経済活動や税収、社会保障政策に直接影響する。子育て支援が「将来への投資」と言われるのも、このためだ。もはや育児を家庭の問題、と済ませておくわけにはいかない。

昨年十一月現在で、都道府県から認可され、公的補助を受ける保育園は全国に二万三千カ所あり、二百十万人の児童が通っている。一方、公的補助がなく、保育料も一般的に高い認可外保育園は一万一千カ所を数え、二十三万人が利用している。

このほか、保育園に空きがないため働きに出られない母親も数多く、潜在的な待機児童は百万人に上るといわれる。

待機児童が減らないのは、保育園の数そのものが少ないことに加え、保育園の新設が母親の就労意欲を新たに呼び起こすためだ。

政府は待機児童の解消を少子化対策の重点課題とし、昨年二月に「新待機児童ゼロ作戦」を策定した。この十年間で認可保育園などの受け入れ児童数を百万人増やし、潜在的な待機児童もなくすことを目指す。

さらに、今回の待機児童急増を受けて、厚労省は認可外保育園にも施設改修費などの補助を行う。保育園の新規参入を促すのが狙いだ。

だが、本来は広さや人員配置などで一定の基準を満たす認可外保育園を積極的に認可し、運営費補助も行うのが筋ではないか。こうすれば、安心して保育園経営に乗り出す事業者が出てこよう。

もちろん、保育園が増えても、保育の質が落ちては本末転倒だ。指導監督の仕組みをしっかり作ることも必要だろう。

待機児童を減らすには認定こども園の整備も欠かせない。保育園と幼稚園の機能を一体化させた施設だ。厚労省は全国に二千カ所の設立を目指しているが、まだ目標の一割程度しか開設されていない。
設立が進まないのは、担当官庁が厚労省と文部科学省にまたがり、手続きが煩雑なためだ。担当官庁の一元化も課題となる。』
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 2009.02.23 ☆高齢者の犯罪 生活の安定で防ぎたい
  23日、北海道新聞→

『六十五歳以上の高齢者の犯罪が増えている。
二〇〇八年版の犯罪白書によると、〇七年に刑法犯で摘発された高齢者が全国で四万八千人を超え、過去二十年間で最多となった。

殺人など凶悪犯罪が増えているのではない。万引などの窃盗や放置自転車の持ち去り、置き引きなどが犯罪件数の八割以上を占めているのが特徴だ。道内も同様の傾向にある。

この背景には、生活苦や老後の不安、孤独がある。増加する高齢者の犯罪にもっと目を向け、社会全体で対策に知恵を絞る時だ。

道警によると、道内で〇八年に摘発された高齢者は約二千百人、十一年連続で増えた。増加率では全国平均の約二倍のペースとなっている。

道内約四千店の小売店でつくる「北海道万引防止ウイーブネットワーク」によると、万引した高齢者は身寄りのない人が目立つという。所持金がなく、空腹を満たすためにおにぎりなどを盗む例も多い。

法務省の法務総合研究所は〇七年、万引した高齢者の動機を調べた。男女とも、生活費に困っているケースが多く、将来が不安だったと訴える人もいた。
専門家は、年金や生活保護など、福祉の貧困が高齢者を犯罪に走らせていると指摘している。

犯罪の責任を高齢者個人に押しつけるだけでは済まない。警察が取り締まりを厳しくするだけで解決できない問題でもある。
働き口のない人への経済支援を充実させるなど、生活を安定させる仕組みづくりを急がねばならない。
そのためには、警察庁、法務省、厚生労働省など省庁の枠組みを超えた取り組みが必要になる。

犯罪を繰り返す人への対応策も考えたい。法務省によると、再犯者の多くは住居が安定せず、ホームレスになる人もいる。親族との交流も減る傾向にある。
周囲に支える人がいなくなり、孤独感からまた犯罪に走るという悪循環が起こっているとみられる。
更生保護施設を増やして身寄りのない人を受け入れる、働く意欲のある人にはなんとか就労の場を確保するといった施策が欠かせない。

厚労省の〇七年国民生活基礎調査では、独居を含む高齢者だけの世帯は二十年前に比べ倍増した。
家族とのきずなが弱まり、孤立して暮らすお年寄りの姿が浮かぶ。
高齢者の暮らしを支える住民ボランティアやNPOの活動が今後、ますます欠かせなくなる。

高齢者が地域社会と交流できる場もほしい。そのために、道や市町村には、住民活動やNPOへの積極的な支援を求めたい。』
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 2009.02.22 ☆臨床研修制度 医師不足は解消されぬ
  21日、北海道新聞→

『新卒医師の臨床研修制度について、厚生労働省と文部科学省の合同検討会が見直し案をまとめた。
今の制度は、各地で起きている医師不足の一因と言われ、見直しは当然、必要だろう。だが今回の案が、直ちに医師不足の解消につながるとは思えない。
臨床研修はかつて大学の医局を中心に行われていたが、二〇〇四年に始まった現行制度で、新卒医師が自由に研修先を選べるようになった。

東京をはじめとする都会の民間病院を選ぶ研修医が多く、大学医局は人手不足に陥った。このため、医局が各地に派遣していた医師を引き揚げるようになったことが、地方での医師不足につながっている。

見直し案では、都道府県ごとや病院ごとの研修医の定員を定め、大学の定員を優遇するとした。
今、研修先として大学病院を避ける医師が多いのは、経験できる症例数が民間病院に比べて少ないうえ、雑用が多かったり、処遇が民間より低かったりするためだ。
この根本的な原因が解消されなければ、大学病院を志望する研修医は増えないだろう。魅力的な研修プログラムを組む努力も、大学側に必要ではないか。
見直し案のもう一つの柱は、必修診療科の削減だ。
現在二年間で学ぶ七つの必修科を三科に減らし、残りを選択科にする。余裕のできた期間で、志望する専門科の研修に重点を置けるようにする。これにより、研修中でも即戦力となる医師を養成するという。

そもそも現行制度ができたのは、かつての医局での研修が専門領域に偏っていたためだ。幅広い知識を備えた医師を養成するという方向性自体は間違ってはいない。
とりわけ、地域医療では初期診療や、いくつもの疾病に対応できる総合診療を担う医師が欠かせない。見直し案がこうした医師の養成につながるか疑問が残る。

医師不足がいっそう顕著な産婦人科と小児科を必修から外したことにも、首をかしげる。研修で興味を持ち、これらの診療科を志す若い医師がいるはずだ。

医師不足が進んだのは、臨床研修制度だけが理由ではない。
政府は一九八〇年代前半から医師の抑制策を進め、昨年やっと増員へ方針を転換したばかりだ。医学部の定員増に伴い、教員や施設の拡充が欠かせなくなる。
長時間労働など過酷な勤務に嫌気がさし、開業に転じる勤務医も少なくない。待遇改善が必要だ。

医師不足の解消には、こうした複合的な要因を一つひとつ取り除いていかねばならない。』
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2009.01.27 ☆介護と雇用 不況頼みでない人材確保策を
  27日、讀賣新聞→

『不況の中で多くの人が職を失い、新しい仕事を探している。一方で、介護業界は人手不足にあえいでいる。介護人材の確保を、雇用対策の柱の一つに据えるのは当然だろう。

 厚生労働省が、他産業からの離職者を介護業界の担い手として養成するため、プロジェクトチームを省内に発足させた。
当面の対策として、介護福祉士やヘルパー1級の資格取得を公費で支援し、介護の未経験者を雇用した事業所に1人当たり50〜100万円を助成する。ハローワークに福祉人材コーナーを設け、介護関連求人を積極的に紹介する。

 これにより、新たに2万6000人の介護職員が生まれる、と厚労省は目算している。プロジェクトチームは、さらに追加施策を練り、財源の確保策を検討する。
失業対策を所管する旧労働部局と、介護を所管する旧厚生部局の連携も問われよう。これまでの縦割り行政を排して取り組まなければならない。

  介護の人材は、いくらあっても足りないほどの状況だ。

 厚労省の推計では、介護が必要と認定される高齢者は5年後、今より150万人増えて約600万人となる。これに伴い、現在約120万人いる介護職員を160万人まで増やす必要がある。
高齢化が一層進行する2025年には約250万人の介護職員が要るとも試算されている。年間10万人近いペースで増やさなくてはならない。

 介護保険制度がスタートした2000年は、やはり不況で雇用の受け皿となり、05年まで介護職員は年10万人ペースで増えていた。だが、その後に増加数は年5万人を割っている。介護需要の拡大に追いついていない。
原因は待遇の悪さだ。介護職員の給与水準は全産業平均の7割程度にとどまる。やりがいを感じて介護業界に飛び込んだ人も、家族を養うために、割のいい他の仕事に転職するケースが多かった。

 今回の不況は、人材を介護業界に呼び戻せるという意味では、好機と見ることもできよう。

 だが、不況時の雇用の受け皿にとどまることなく、好況時も人材が集まるような待遇改善策を同時進行で打ち出すべきだ。
09年度から介護報酬の3%アップが決まったものの、これだけでは十分な待遇改善は難しい。

 保険料の上昇を抑えつつ介護報酬をさらに引き上げるには、確固とした税財源が要る。社会保障税の議論を怠ってはならない。』
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2009.01.25 ☆介護報酬アップ 人材確保進める好機だ
  24日、秋田魁新報→

『人材確保が課題となっている高齢者福祉施設など、介護の職場をめぐる環境に変化の兆しが見えてきた。新年度から介護サービスの報酬が引き上げられるほか、県も緊急雇用対策として、介護職員を新規採用した介護施設への助成を決めたのだ。

厚生労働省、県ともに狙いは介護職員の充実、定着にある。高齢化が進み、介護需要が高まる中、安心できる介護の実現のために、職員の待遇改善を早急に進めて人材の確保に結びつけることが望まれよう。

秋田労働局によると、介護福祉士やホームヘルパーなど、介護関係職の昨年11月の県内有効求人倍率は0・80倍。同1月の1・28倍を頂点に減少傾向にあるのは確かである。しかし、最大の問題は離職率の高さにある。

県社会福祉協議会・福祉保健人材センターの「2007年度人材確保に関する実態調査」では、同年度内に離職した介護職員は258人で、離職率(全職員に対する離職者の割合)は実に10%に上る。10人のうち1人が辞めているのが実態であり、習熟度が重要な介護現場にあって、大きな損失となっていることは間違いない。

離職の理由として最も多いのが「賃金など待遇への不満」。昨年4?12月の同センターによる賃金統計では、介護正職員の平均月給は13万900円余で、福祉関係職の中でも事務職員より1万2000円、看護職員より3万円余り少ない。パートなど非正規雇用職員の平均時給も763円と同様に低水準だ。入浴介助や深夜勤務など労働がきついにもかかわらず、低賃金となれば、離職が相次ぐのは当然の流れといえる。

介護職賃金の低水準は過去2回の介護報酬改定に起因している。2000年度の制度スタート後、03年度2・3%、06年度2・4%といずれも社会保障費抑制政策の一環として引き下げられた。これが慢性的な人材不足につながったことから、厚労省は09年度の改正で3%の引き上げを決めたのだ。介護職員1人当たり2万円の月給アップにつなげたいという同省の皮算用である。

県の緊急雇用対策は、現在職に就いていないホームヘルパー2級の有資格者を雇用した施設に1年間、雇用1人当たり毎月15万円を助成する。県社会福祉協議会への委託事業として実施する。本年度内に15人、新年度は50人の雇用を見込むなど決して多くはないが、介護現場での人材確保と雇用創出の両面で期待できる。

介護報酬アップ分も県の助成も、使途は当該事業者の判断に任せられる。経営環境の厳しい施設では赤字の補てんなどに回すことも考えられる。しかし、介護は人の手、マンパワーがあって初めて成り立つ。人材が定着し、介護の質が高まってこそ、福祉の向上につながることを忘れてならない。』
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2009.01.15 ☆介護の人材確保 腰を据えて転職支援策を
 15日、北國新聞→

『全国知事会が緊急雇用対策本部の初会合を開き、今後の取り組み指針の一つとして、深刻な人手不足が続いている介護・福祉分野への就職あっせんを効果的に行うことが盛り込まれた。製造業などで職を失った多数の非正規労働者らの中から、介護職に就く人が一人でも多く出てくることが望まれる。

世界的な不況で雇用環境が急激に悪化した今は、慢性的な人材難の介護労働に目を向けてもらう好機といえる。ただ、ものづくりの現場から要介護のお年寄りらの世話をする職場への転職は、適性の問題などもあって言うほど簡単ではなく、転職希望者の増加を期待し過ぎてもなるまい。

バブル崩壊後の就職氷河期といわれたころは、介護保険制度の開始時期と重なって若者らの間で介護職志向が高まった。しかし、雇用環境が徐々に改善する一方、介護労働の厳しさが知られるようになってから介護福祉士などをめざす若者は大幅に減少した。介護関係の資格を持ちながら離職した人も多いのが実情である。
現在は就職氷河期の再来ともいわれ、介護職に再び関心が集まっているが、それだけになお就労支援の取り組みが上滑りしないよう、腰を据えて介護人材確保の努力を官民一体で強めたい。

介護職への転職支援策として、例えば東京都はホームヘルパーをめざす失業者に対し、資格取得に必要な講習費を全額肩代わりし、資格取得者を採用した事業者に助成金を支給する施策を新年度に実施するという。雇用と介護の一石二鳥をねらう試みである。財政の問題がつきまとうが、他の自治体も失業者や学卒者を介護職に導き、定着を図る仕組みを考えてもらいたい。国の資金で各県に設けられる緊急雇用対策の基金活用策の中で検討してほしい。

介護事業者に支払われる介護報酬が新年度から3%引き上げられることも一つの追い風である。多くの事業者は苦しい経営を余儀なくされているが、今回の報酬引き上げを確実に介護職員の賃金に反映させるなど、待遇の改善に一層努めてもらいたい。』
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2009.01.15 ☆職員の賃金アップを図れ/介護報酬引き上げ(社説)
 15日、東奥日報→

『今年四月から介護報酬が全体で3.0%引き上げられる。介護保険制度が導入された二〇〇〇年度以来、初のプラス改定となる。

過去二度の報酬引き下げで、介護業界は収益悪化や低賃金による人手不足が深刻化している。

手厚くなる報酬を受け取るのは事業者で、介護に従事している職員に直接払われるわけではない。

しかし、報酬引き上げの狙いは、事業者の経営安定ばかりではない。高齢化社会の進展とともに、介護の現場で働く人材は今後、ますます必要になる。そのためには、職員の勤務条件の向上が必須である。

事業者はこうした趣旨を十分に自覚し、厳しい業務に携わっている職員の賃金アップを最優先するなど、まずは待遇改善を確実に図ってもらいたい。

厚生労働省は、報酬引き上げが職員の給与などに実際に反映するのかどうか、検証すべきだ。

介護報酬は、三年ごとに見直されている。〇三年度は2.3%、〇六年度は2.4%と連続して引き下げられてきた。

介護労働安定センターが昨年公表した〇七年度の労働実態調査によると、介護労働者のおよそ半数は「仕事の割に賃金が低い」と、不満を抱いている。

介護という仕事に「働きがいがある」と思っていても、低収入から辞めていく人が多い。直近の一年間の介護職員の離職率は21.6%で、全産業平均を5.4ポイントも上回っている。離職者の74.7%は、採用されてから三年未満で職場を去っている。

厚労省調査だと、福祉施設の男性介護員の賃金は、二十代後半から四十代後半まで年収三百万円台でほぼ横ばい。他業種が右肩上がりで五十代前半まで伸びていくのとは大違いだ。これでは働く意欲を失う。

一人で家族を養うのは難しく、結婚を考えると、やっていけない。担い手を失えば、事業所の経営にも影響する。

報酬引き上げで「介護従事者の賃金を月二万円アップできる」と、いわれている。だが、介護従事者は正規か非正規かなどの雇用形態や勤続年数などがさまざまで、一律アップにつながるわけでもなさそうだ。

全体の報酬引き上げを受けて、個々の介護サービスの報酬も改定した。夜間業務や認知症ケアなど負担が大きい業務、介護福祉士などの資格者や常勤者の割合が多い事業所に重点的に配分した。

報酬が増えれば、これまでの赤字分の穴埋めに回そうという事業者は多いかもしれない。

だが、本格的な高齢社会に入ったわが国では、医療や介護を必要とするお年寄りは確実に増えていく。介護従事者の人材確保は、急務となっている。

こうした状況を考えると職員の労働条件の底上げを進めることが、いかに大事かがわかる。魅力ある職場をつくっていくことが求められる。

介護職員が賃金以外で仕事に関して不満に思うのは「業務に対する社会的な評価が低い」ことだという。介護の職場に定着してもらうためには、社会全体が介護に対する理解を深めることも肝心なことである。』
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2009.01.14 ☆介護報酬 働きに見合った待遇を
14日、北海道新聞→

『介護サービスの対価として事業者に支払われる介護報酬が、四月から3%引き上げられる。二〇〇〇年に介護保険制度が導入されてから、初の増額改定だ。
介護の仕事は重労働だ。一方で、高齢化の進展により、重要性が増している。現下の不況で、失業した人たちの雇用の受け皿としても期待されている。 働きがいのある職場にすることが大事だ。そのためには、報酬の増額が、職員の賃金にしっかり反映されることが欠かせない。

 賃金の上昇に結びつけることにより、介護現場で顕著な人手不足に歯止めがかかり、介護サービスがさらに向上することを期待したい。

 国が改定する狙いは、介護職員の待遇改善と人材確保だ。
過去二回の改定は、社会保障費抑制策の一環として、いずれも減額だった。賃金は伸びず、二〇〇七年の平均月給は二十一万五千円ほどだ。退職者も後を絶たず、〇七年の離職率は21・6%と全産業平均を大きく上回っている。
人手不足がさらに職員の負担を過重にするという悪循環だ。

 厚生労働省の試算では、今回の報酬引き上げ分は、常勤換算で介護職員八十万人の賃金を、月二万円増やすことができる額という。

 問題は、介護事業者が報酬引き上げ分のうち、どれだけ職員の給与に回すかだ。事業の収支改善のみに使うのであれば、職員の待遇は何ら変わらない。
事業者は改定の趣旨を十分に尊重し、待遇の改善に努めてほしい。

 厚労省は改善状況を検証することを決めた。積極的に結果を公表すべきだろう。
改定では、介護福祉士などの有資格者や夜勤職員を基準より多く配置した事業所への報酬を手厚くした。質の高いサービスを行う事業所への目配りと言えよう。

 だが、心配も残る。高い報酬を得るため、事業所間で職員の引き抜きなど、混乱が起きないとも限らない。特に小さな事業所には何らかの手当てが必要ではないか。
これまでの低賃金を考えると、今回の改定率でも物足りなさはぬぐえない。ただ、報酬引き上げには、保険料や自己負担金の増加を伴う。

 今回は追加経済対策として公費を投入、保険料の増加を最小限にとどめたが、保険料負担はほぼ限界だ。次回改定が行われる三年後を見据え、負担のあり方など制度の見直しも必要となってこよう。

 五年後には三十万-五十万の介護職員の増員が必要とされる。魅力的な職場になってこそ、人材が確保できることを忘れないでほしい。』
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2009.01.14 ☆介護の現場 まず賃金アップを最優先に
13日、宮崎日日新聞→

『(宮崎)本県のある介護現場で働く友人に聞いた話。毎日、30人近くの要介護者を入浴させ、慢性的な腰痛に悩む。

若い人は次々にやめていく。排(はい)泄(せつ)物(ぶつ)の処理に戸惑い、1日限りで翌日にはもう来ない新人も珍しくない。

2000年から始まった介護保険の報酬は3年ごとに見直されてきた。過去2回はいずれも引き下げられ、福祉施設職員の平均賃金は男性で約22万6千円、女性約20万4千円。

全産業平均より男性で15万円近く、女性で4万円近くも低い。

離職率は全産業平均の15・4%に対し、介護従事者は21・6%と高い。

■「結婚できない」の声■
やめる理由の筆頭は「低賃金」。「結婚を考えると、この賃金ではやっていけない」という切実で具体的な若い男性の声がよく聞かれるという。
低賃金や厳しい労働条件。介護の現場を去ろうとしている介護従事者を引き留める策の一つとして、4月から介護報酬が3%引き上げられる。
個々の介護サービスの報酬も改定され、地域ごとの単価も賃金の実勢に応じて見直される。認知症ケア、夜間業務など負担の重い業務や介護福祉士などの有資格者の割合が多い事業所には報酬を重点的に配分する。

ただし、手厚くなった報酬を受け取るのは事業者であって、従事者に直接、配分されるわけではない。事業者にお願いしたい。報酬引き上げの趣旨を理解して、従事者の賃金引き上げ、待遇改善を最優先してもらいたい。

■国の検証作業が必要■
政府は報酬引き上げによって、「常勤換算で約80万人いる介護従事者の賃金を月2万円アップできる」としている。

だが、正規・非正規などの雇用形態や勤続年数などによって異なり、一律に上乗せされるわけではない。報酬増の分は、これまでの赤字の穴埋めに回したいと考える事業者もいるだろう。改定が従事者の賃金に反映されるように、国はきちんと検証作業を行ってもらいたい。

今年は団塊世代がすべて60歳以上になる。高齢化、そして介護の時代はこれから本番を迎える。厚生労働省の推計では、今後5年間だけでも介護従事者を40万から50万人増やさなければ追いつかない。

「派遣切り」など雇用悪化に伴い、介護の現場は受け皿として期待されている。介護保険が始まったころは、バブル経済崩壊による景気低迷もあって人材が比較的確保できた。だが、景気が回復すると潮が引くように賃金の高い他の職種に流れていった。景気の好不況に左右されるようでは困る。労働条件を底上げすることによって、良質の人材が常に集まる職種にしていきたい。』
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2009.01.12 ☆介護報酬改定/人材確保につなげなくては
11日、河北新報→

  『介護の現場で人手が足りない。仕事の負担感の割に賃金が低いからだ。志を持った若い人でも意欲を失ってしまう。何とかしなければ。

  そんな声が反映されて、介護報酬の新年度からの3.0%引き上げが決まった。2000年度に介護保険制度がスタートして以来、初めて引き上げ改定が実施されることになる。

職員の待遇改善が魅力になって人材の確保が進めば、介護サービスの質そのものが全体的に向上するのではないか。将来への展望を開くきっかけとして、ぜひ生かしたい。

改定で常勤職員の給与が月2万円増えるというのが、厚生労働省の皮算用。しかし、経営者の配分の仕方次第だから想定通りになるとは限らない。
介護報酬の引き上げで当然、利用者の1割の自己負担分も増額になる。職員の待遇改善策に有効に配分されているかどうか、チェックが必要だ。

改定は3年ごとで、03年度は2.3%、06年度は2.4%、それぞれ引き下げられた。利用者の増加に伴う介護保険からの給付増を抑えるためだった。
2度の引き下げは、低賃金化による人手不足を生み、事業経営を悪化させた。離職率が20%を超え、事業者の倒産は介護保険制度導入以来、最悪のペースで進行した。

09年度4月からの改定はまず、夜勤など負担の大きい業務の単価を引き上げる。「専門性」への評価も重視し、介護福祉士の有資格者の比率が多い事業者の報酬を増やす。
5つに区分けしている地域ごとの単価も一部見直した。ほかの産業との給与格差が大きい東京23区の割増率を引き上げる一方、中山間地域の小規模事業所の報酬を上乗せする。

厚労省の概算によると、全体で3.0%引き上げられることで、介護職員80万人(常勤換算)の月給が2万円増える。
もちろんこれは机上の計算で実現を危ぶむ見方も根強い。経営環境が厳しい事業者が、改定による増収分を赤字の補てんや新たな人材獲得経費に回す可能性があるからだ。

介護報酬はサービスの利用者が1割を自己負担し、残りは保険料と税で半分ずつ賄われる。今回は基金の創設で保険料のアップは月約180円程度(65歳以上)にとどまりそうだが、自己負担分は増える。
引き上げ改定による職員の待遇改善が、それぞれの事業所で具体的にどう進んだか。改善できないのだとすれば、どんな事情が生じているのか。改定効果の検証が不可欠だ。

介護現場の職員給与がどう変化したかをきちんと追跡調査する。障害があるのであれば、その対策を講じる。厚労省の新年度の大事な仕事になる。』
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2008.01.06 ☆持続可能な社会保障へ 消費税増税は安心の原動力に
  6日、西日本新聞→

『「うーん、やっぱり『気』だな。やる気、活気、元気の『気』だ」
麻生太郎首相は昨年暮れ、「1年を振り返り漢字一文字で表すとしたら」と記者に問われ、こう答えた。好きな言葉のようだ。経済危機の大波で不安に揺れる世相に、活気や元気を呼び戻したい思いも込めたのだろう。

首相は政策目標を短期的には景気対策と唱え、経済を元気づけようとしている。同時に中期的には財政再建とも強調する。「大胆な財政出動は財政責任のあり方を示すからこそ可能だ」との考えからだ。財政責任とは、首相がこだわる消費税の増税を意味する。

この不況下に増税を言うとは「気がどうかしている」という声もある。しかし、ここは冷静に考えたい。

小泉政権以来、歴代の首相は国民に痛みを求める負担増の議論から逃げ続けた。その結果、年金、医療、介護を柱とする社会保障制度は、あちこちで行き詰まっている。政治がこの現実から目をそらしている限り、国民の将来への不安は払拭(ふっしょく)できない。
麻生首相は、逃げずに正直に社会保障の安心強化のため、消費税負担増の準備を進めると断言した。気合を込めて「これが責任政党の矜持(きょうじ)だ」とも語った。その意気や良し、である。だが、問題はどう実現するかだ。

●行革と無駄排除が前提
まずは景気の回復である。急激に悪化する雇用不安を抑え、経済を再生させる。それでも当分は税収減を覚悟せねばならないだろう。進まぬ行政改革の断行と無駄遣いの徹底的な排除による歳出削減の努力も必須だ。これ抜きに国民に負担増は求められない。

たとえ景気が回復して税収が伸びたとしても、国と地方を合わせ800兆円という、気が遠くなるほどの借金があることも忘れてはならない。

これが消費税増税を議論する大前提だ。しかし、増税は財政再建の側面からのみ語るべきではない。

社会保障制度は安心を支える最後のよりどころだ。国民生活を守る安全網が痛んでいる以上、再構築せねばならない。その維持に必要な最低限の歳出増は、認める必要があるからだ。

社会保障の劣化の主因は2つある。1つは財源不足の問題だが、もう1つは制度への信頼感の問題だ。

社会保険庁の怠慢による宙に浮いた年金問題や、組織的な厚生年金の記録改ざんは年金不信を増幅した。被害者を1人残らず救済するのが政府の責任だ。これが信頼回復の土台となる。
医療や介護現場も、救急や産科などの医師不足、介護の担い手不足から、国民が安心して治療やケアを受けられず、信頼の危機にひんしている。
設備はあるのに医師不足で機能を発揮できない。介護従事者の働く意欲は高いのに低賃金のため職場を去らざるを得ない。こんな現場の矛盾は、高齢社会の国民にとって大きな損失だ。

いずれも、社会保障費を抑制するため診療報酬や介護報酬を引き下げたツケである。抑制政策は既に破たんしており、やめるべきだ。介護報酬は4月から3%アップされるが、確実に待遇改善につなげてもらいたい。
基礎年金の国庫負担割合を2分の1に引き上げる財源にしても、結局は「埋蔵金」である特別会計の積立金を充て、2年間をしのぐことにした。
問題の根幹は、社会保障の安定財源の確保が遅れたことにある。頼れる安定財源は消費税しか見当たらない。増税する場合の消費税は、国民の安心を担う原動力と位置づけるべきだ。

●将来像と選択肢を示せ
それには、政府として社会保障のあるべき将来像と必要な費用を示し、負担と給付の関係を明確にする。いつまでにどうするのか、道筋と選択肢を示し、国民の納得を得ねばならない。
政府は昨年末に決めた税制抜本改革の「中期プログラム」で、消費税増税の時期を2011年度と明記した。

 増税後の消費税収は全額、社会保障給付と少子化対策費に充てるとし、社会保障目的税化の方向を示した。プログラムには社会保障の機能強化の工程表も掲げているが、説明が全く足りない。消費税率にも触れていない。
政府の社会保障国民会議の最終報告は、15年度に消費税換算で新たに3.3-3.5%の財源が必要になるとした。税制抜本改革で検討する減税分も上乗せすれば税率は10%になろう。

首相と与謝野馨経済財政担当相は就任前、月刊誌で「消費税を10%にして社会保障目的税とする」と共同提言した。段階的に10%に引き上げたいのが本心だろう。ならば早めに提示し、国民に根気強く理解を求めるべきだ。

一方、民主党はまず税金の無駄遣い根絶を、と主張する。消費税は社会保障目的税化し、引き上げる場合は総選挙で国民に是非を問う姿勢だが、増税時期や引き上げ幅は明示していない。

今年は必ず総選挙がある。政権を争う自民・公明の与党と民主党は、消費税の改革案を政権公約に掲げ、どちらが持続可能な社会保障に本気なのか、国民の審判を仰いでもらいたい。
当然ながら、麻生首相の「やる気」と「矜持」も試される。 』
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2009.01.05 ☆まき直しの年に(4) 命を皆で守るために/長野
  5日、信濃毎日新聞→

『「佐久病院が命綱ととらえています」(上田市在住)
「東御市から行くには(病院が)少しでも近いところに(移って)きてほしい」(東御市在住)
佐久市臼田の県厚生連佐久総合病院にいま、こうした声が寄せられている。

市の中心部に高度医療部門などを分割、移転する「再構築」が難航するなか、病院が始めた署名活動は、図らずも東信一帯の“医療崩壊”を浮き彫りにした。

深刻なのが上田小県地域だ。専門医療だけでなく、初期的な診療さえ、30キロ以上離れた佐久病院に頼らざるを得ない状況がある。

<「人」を軽んじた>
地方の中核病院は、どこも医師不足に悩んでいる。診療科が休廃止され、病院経営が悪化する悪循環は、全国で起きている。

医療だけではない。介護も、年金も、制度のひずみは隠しようもない。セーフティーネット(安全網)の最後のとりでである生活保護は、高齢者や母子家庭への加算が廃止された。保護水準の切り下げも検討されている。

なぜ社会保障の基盤は、がたがたになってしまったのだろう。

少子高齢化で人口構造がいびつになり、現役世代の負担が増していることが根底にある。拍車をかけたのが、財政再建の旗の下、社会保障費の抑制に大なたを振るった小泉改革だった。

高齢者に負担増を求める医療制度改革が固まったのは、2005年の末。自民党が圧勝した「郵政選挙」の直後だ。

後期高齢者医療制度もこの改革の一環である。同じ時期、診療報酬も引き下げられた。

社会保障費から毎年2200億円を削る「骨太の方針」はダメ押しとなった。福祉や医療の切り下げは社会的弱者を直撃する。現場の体力も奪われた。

骨太の方針には、相当な無理がある。政府は数字の帳尻合わせに四苦八苦だ。

大事なものを見失っていないか。医療も福祉も人が支える。サービスを受けるのも人である。それぞれに暮らしがある。そんな当たり前のことを軽んじて、社会保障政策を財政面から切り刻んだ結果、今日の惨状がある。

どうまき直しを図るか。ヒントが、伊那谷の山村、人口2000人弱の下伊那郡泰阜村にある。

<地域経済の支えにも>
泰阜村は20年ほど前から、試行錯誤を重ねながら、先進的な在宅福祉と在宅医療を切り開いてきた。この村では一人暮らしの高齢者も、望めば住み慣れた家で終末を迎えることができる。

村は、村診療所の窓口負担の一定額以上を肩代わり。介護保険では利用者の自己負担の6割を補助し、限度額を超えたサービス費用は全額肩代わりしている。

自主財源の乏しい、過疎の村だ。福祉や医療を手厚くして、村の財布は大丈夫なのか。心配する声が村の内外にある。

「結論から言うと、そんなにお金はかからない」と村長の松島貞治さんは言う。村が07年度に老人医療と介護の独自策へ持ち出した金額は、1600万円ほど。一般会計の1%にも満たない。

目を見張るのは人員態勢の充実ぶりだ。村社会福祉協議会の職員は、正規18人を含む38人。人件費は介護保険から得る約1億円の収入でとんとんになる。

スタッフのほとんどは村内の女性だ。介護職の低賃金の問題はここにもあるものの、在宅福祉は村の一大産業でもある。

福祉も医療も、人の手が要る。地域に雇用が生まれる。サービスに使う食材や消耗品の調達で、地元も潤う。福祉や医療は、地域経済の支えにもなる。

<お金も手間もかけ>
医療費を抑えないと財政を圧迫し、いずれ国が滅びる-。1980年代に厚生官僚が唱えた「医療費亡国論」は、医療費をはじめ高齢化で膨らみ続ける社会保障費の抑制策の論拠となった。

知恵を絞って地域に合ったやり方を見つければ、自治体の財政はパンクしない。福祉は少子高齢社会の産業の柱になる。泰阜の試みは、そんな示唆を含んでいる。

米国ではオバマ新政権がスタートする。「新自由主義」を推し進めた前政権下の8年間で損なわれた社会保障の回復へと、かじが切られる。

日本はどう針路を取るか。今年、総選挙がある。各党の公約に目を凝らすときだ。

安全網を築き直すには、お金も人員も、しっかり投入しなくてはいけない。現場で働く人がないがしろにされるようでは、制度は足元から崩れてしまう。

信頼に足るビジョンがあり、本物の安心が得られるのならば、応分の負担も納得する。それが多くの人の思いではないか。連帯感をエネルギーに、命を支え合う社会。その道をともに探りたい。』
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2008.12.31 ☆社説:視点・未曽有08 厚労省の「罪」 猛省して国民の側に
  30日、毎日新聞→

『論説委員・稲葉康生
◇猛省して国民の側に立て

  今年ほど厚生労働省に対して国民の批判が相次いだ年はなかった。年金記録の改ざんなど、国民を裏切る問題が噴出し信頼は地に落ち、社会保障制度への信頼も根底から揺らいでいる。未曽有の混乱と不信を招いた厚労省の罪は重い。
具体的な事実を検証してみたい。まずは5000万件にも上る、いわゆる「宙に浮いた年金記録」問題だ。政府・与党は3月末までに照合作業を終えると公約したが、無理だった。膨大な記録の照合が簡単にできるはずもなく、国民を失望させた。

 4月から始まった「後期高齢者医療制度」は75歳以上の高齢者から「うば捨て山にするのか」との猛反発が全国に広がった。批判の大合唱を目の当たりにした与党は、高齢者の保険料の大幅減免によってかわそうとしたが、高齢者らは小手先の収拾策だと見抜いてしまった。

  後期医療制度については、法律が成立して以降の2年間、厚労省は制度の説明責任を果たしてきたとはいえない。都道府県単位で全市町村が加入する寄り合い所帯の広域連合に運営を任せ、周知を怠った。この結果、大混乱が生じた。舛添要一厚労相が突然、同制度見直しの私案を打ち出したことも、スタンドプレーだとして批判を浴び、混乱に一層拍車をかけた。

  9月、今度は社会保険庁職員による厚生年金記録の改ざんが明らかになった。11月末には舛添厚労相が設置した調査委員会が、社保庁職員が組織的に改ざんに関与していた実態を公表した。保険料の算定基礎となる標準報酬月額の改ざんが「社保庁の仕事の仕方として定着してきた」と指摘したのだ。これは間違いなく犯罪行為だ。

  年金改ざんが組織的に行われていた事実は衝撃的だった。国家公務員が組織的に国民をだましていたのだから、許せないことだ。民間企業なら倒産するだろう。厚労省は倒産してはいないが、国民からはレッドカードを突きつけられたに等しい。

  厚労省の官僚は政治家の顔色をみて仕事をしてきた。厚労族議員への根回しで政治を動かしてきた。国会での法案成立に精力を注ぎ、法律を作った後の周知には熱心ではなかった。その弊害が医療制度改革で一気に噴き出したと指摘したい。

  厚労省は政治家ではなく、国民を見て仕事をすべきなのだ。不祥事を猛省し原点に戻る時である。国民と行政をつなぐものは信頼だ。年金や医療、介護など、暮らしの基盤が崩れ社会の底が抜けつつある今、厚労省には国民の側に立つ「暮らし省」として出直すしか道はない。』
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2008.12.31 ☆介護報酬改定 職員の賃金アップを確実に
 29日、讀賣新聞→

  『介護保険制度にとって正念場だろう。
  3年に1度の介護報酬改定が決着した。人材を確保し、介護の質を向上させるため、報酬全体を3%引き上げる。

 認知症の介護など、負担が大きい分野に報酬を重点配分した。常勤職員の割合が高い介護施設などにも報酬を上乗せする。

  介護報酬の引き上げは当然の措置だ。2000年にスタートした介護保険制度は、社会保障費の抑制路線の中で過去2回、マイナス改定が続いていた。
  その結果、介護事業者の経営は悪化している。職員は低賃金にあえぎ、人材不足が深刻だ。この状況を改善しなければならない。

  今回の改定作業は、景気の急速な悪化を受けて政府が10月末に打ち出した景気対策の中で、早々と報酬引き上げの方針が決まっていた。介護業界が雇用拡大の受け皿としても期待されたからだ。
  政府は今回の報酬引き上げなどで、介護職員の賃金は月約2万円上昇し、人数も10万人程度増えると目算している。

  無論、不況を喜ぶわけにはいかないが、介護事業者が人材を確保しやすくはなるだろう。
  介護保険が始まった当初も似た状況にあった。不況で仕事を探す人が多く、介護産業は人材集めに苦労しなかった。

  このため、低賃金を前提とするビジネスモデルが出来た。だが、景気が回復して雇用情勢が好転すると、貴重な人材は次々と流出してしまった。同じ轍(てつ)を踏んではならない。

  厚生労働省の推計では、5年後の要介護認定者数は今より150万人増えて約600万人となる。これに伴い、現在約110万人いる介護職員を、さらに30万〜50万人増やす必要がある。
  この状況に対応するには、報酬引き上げを契機に人材を取り戻すとともに、待遇を確実に改善して、定着してもらうことが大切だ。
問題は、介護報酬の引き上げが職員の給与にきちんと反映されるかどうかだ。不況で人を集めやすくなると考えて、介護施設の経営者がプラス改定分を収支の改善のみに費やせば、職員の待遇は変わらない。

  厚労省は今後、介護職員の労働条件が向上しているかについて調査する必要がある。介護事業者にも職員の賃金水準などを公開するよう義務づけるべきだ。
  「介護」を働きがいのある仕事にし、超少子高齢時代の基幹産業に育てなければならない。』
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2008.12.28 ☆介護報酬アップ 待遇改善へ着実につなげ
 28日、西日本新聞→

  『仕事がきつい割には給料が安い。人集めが大変なうえ、有能な人材が次々とやめていく。その結果、利用者が安心してサービスを受けられなくなる…。
  こんな介護現場の危機を食い止めようと、来年4月から、事業者に支払われる介護報酬が3.0%引き上げられる。

 介護従事者の待遇改善と人材確保が一番の狙いだ。政府・与党が10月末の追加経済対策で打ち出していた。厚生労働省の社会保障審議会が改定案を諮問どおり答申し、2000年度の制度開始以来初めてのプラス改定が決まった。

 改定は3年に一度行われるが、過去2回とも2%強引き下げられた。これに伴う経営悪化で、事業の廃止や休止に追い込まれる事業者も少なくなかった。

 賃金の低迷で人材難も深刻化した。07年調査では、福祉施設介護職やホームヘルパーに毎月決まって支給される平均給与は約21万円で、全産業の約33万円より約12万円も低い。逆に離職率は介護職が21.6%と、全産業平均の15.4%と比べかなり高い。

 今改定の処遇改善では、夜勤や認知症介護など負担の大きな業務の人員充実に報酬を手厚くし、介護福祉士の有資格者や勤続年数の長い従事者、常勤者の割合が多い事業所にも上乗せした。
人件費が高い東京など大都市部の事業者や、経営の効率化が難しい中山間地域の小規模事業者の報酬を加算した。医療との連携強化や認知症ケアの充実を目指し、新たな加算も設けた。

 介護従事者の能力や資格、経験年数などを正当に評価するのは当然だ。しかし、賃金の引き上げは事業者の判断次第であり、経営状況や雇用形態の違いなどから、報酬アップが必ずしも賃金上昇につながらないと懸念する声も強い。

 政府・与党は、報酬アップを打ち出したとき、月額約2万円の賃金上昇につなげ、全国で約120万人いる介護職の約10万人増員を目指すとしていた。
介護事業者は、この報酬アップを着実に処遇改善につなげるよう、一層の経営努力をしてもらいたい。それで介護職の人材を確保し、サービスの質の向上に努め、利用者の安心を高めてほしい。

 事業者はどう処遇改善に取り組んだか、積極的に情報公開すべきだ。厚労省は公開を強く促したうえで事後の実態調査を進め、早めに公表してもらいたい。
それにしても今改定の処遇改善だけでは、14年に最大で160万人が必要とされる人材確保には不十分だ。

 介護職の仕事への意欲は高いが、社会的評価が低いことへの不満も強い。事業者はこんな悩みの相談に乗り、キャリアアップの研修なども充実すべきだ。誇りを持って働ける魅力ある職場であれば、不況下の労働者の受け皿になり得る。

 こうした取り組みを政府も支援し、まず現場にいる担い手の定着を図り、さらに離職者を呼び戻す努力も求めたい。』
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2008.12.28 ☆介護報酬改定 さらなる処遇の改善を
  27日、中國新聞→

  『来年四月から介護報酬が初めて上がり、介護従事者の処遇が改善されることは一歩前進だ。アップ分が確実に末端に届くようにし、さらに待遇改善を図り意欲ある若者が参入できるようにしたい。

 政府は十月末、介護報酬の3%アップを早々と打ち出した。追加経済対策の一環とはいえ、介護従事者の給与など処遇が他の勤労者よりも悪いため離職者が後を絶たず、人材難で介護保険制度が危機にひんしていることを無視できなくなったためだ。

 アップ分の内訳を見ると、事業所ごとに国家資格である介護福祉士や一定年数以上の勤務者の割合の高さなど専門性や定着促進を重視している。良質な介護を提供するために基準以上の人員を配置したり、理学・作業療法士を配置しリハビリが充実している施設、入所者の看取(みと)りなども正当に評価し、物価などが高い都市部ほど介護報酬の単価を引き上げる。

 いずれも介護従事者が求めてきたもので、報酬アップの項目で見る限りほとんど受け入れた。それほど人材難への対応は切羽詰まった課題だったということだ。
問題はアップ分が間違いなく介護従事者の手元に届くかだ。

 事業者は給与水準や昇給の仕組み、有資格手当などについて自主公表する指針をつくることになっているが、多くの事業者が公表するよう厚生労働省が指導する必要がある。厚労省は昇給を確実なものにするために、早い時期に給与の実態調査もしてもらいたい。

 先に政府の「社会保障国民会議」が公表した医療・介護費用の将来推計では、現状のまま推移すると高齢化がピークを迎える二〇二五年には総額は八十五兆円、効率化し「機能強化」を図れば九十一兆-九十四兆円でより質の高いサービスが提供できるという。

 その前提の一つは介護従事者が現在の二倍以上の二百五十万人確保されていることである。
今後、計画的に増やしていくには、処遇改善をさらに図り、介護現場を魅力あるものにしなければならない。今回の改定では不十分だ。三年後の改定時にはさらに上積みしてもらいたい。

 深刻化する失業問題への対策の一つとして厚労省は、雇用保険を受給しながらでもホームヘルパー一級、介護福祉士の受験資格が得られる長期訓練を来年度から始める。ホームヘルパー二級の短期訓練制度も拡充する。この制度を最大限活用し、雇用と同時に介護の担い手を増やしたい。』
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2008.12.21 ☆自立支援法 障害者の声に耳傾けて
  20日、北海道新聞→

『障害者自立支援法の見直しに関する報告書を、厚生労働省の社会保障審議会がまとめた。
法の施行で、共同作業所をはじめとする施設利用料や介護利用料など、福祉サービス料の一割を、利用者本人が負担する「応益負担」が導入された。

応益負担は「障害者の自立につながらない」と福祉関係者から強い批判が出ており、今回の議論の焦点とみられていた。

だが、審議会は応益負担の存廃について、結論を先送りした。その是非について、何ら見解を示さないままでは、審議会の役割を果たしたとは言えまい。
真に自立を支えようとするなら、障害者が利用しやすい制度でなければならない。それには抜本的見直し以外になかろう。
報告書を受け、厚労省は年明けの通常国会に、自立支援法改正案を提出する予定だ。
障害者にとって何が必要か、もう一度考えてほしい。

従来、福祉サービスの利用者負担は、本人の所得に応じた「応能負担」だった。一般的に障害者の所得は低いため、実際には自己負担がないケースがほとんどだった。

自立支援法の施行で、原則として所得の多寡にかかわらず、利用料の一割を負担することになった。
障害が重い人ほど、多くのサービスが必要なため、自己負担も多い。なかには、自己負担分が作業所で得る賃金と同程度になるケースもある。このため、施設の利用を控える人たちも出ている。
所得が十分でないなかで、負担を求めることに「自立支援に逆行する」と指摘されてきた。その通りだ。

そもそも入浴やトイレ、外出など日常生活に欠かせない分野の介護にまで、自己負担を求めることが妥当なのか疑問が残る。
厚労省はこれまで、二回の軽減措置をとり、現在の自己負担率は約3%に抑えられてはいる。だが、あくまでも低所得者対策の緊急措置で、いつ撤回されるともしれない。

報告書では、軽減措置を来年度以降も継続するとした一方、利用者負担のあり方そのものについては「サービスの利用状況もみつつ、過度の負担となっていないか、今後ともさらに検討が必要」としただけだ。これでは肩すかしではないか。

東京や大阪などの障害者が十月末に、障害者自立支援法による応益負担は、障害者の生きる権利を侵害して憲法違反だとして、全国の八地裁に一斉に提訴した。
大事なのは、障害者が生きがいをもって働き、暮らしていける社会をつくることだ。』
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2008.12.03 ☆新生児死亡 安心の医療体制が急務
  3日、北海道新聞→

『周産期医療の体制の貧弱さが招いた悲劇だ。
 札幌市内で昨年十一月、早産の未熟児が、七つの病院に受け入れを拒否された末に、やっと搬送された病院で十日後に死亡していたことがわかった。

 今年十月には東京で、脳内出血を起こした妊婦が八カ所に受け入れを断られ、最後に収容された病院で死亡した。

 今の日本の医療体制では、安心してお産ができないということか。体制の見直しが急がれる。
死亡したのは、妊娠二十七週の女性が出産した一三〇〇グラムの男児だ。自宅で生まれ、救急車で運ばれたが、北大病院や総合周産期母子医療センターに指定されている市立札幌病院など、市内の病院から次々と受け入れを断られた。

 拒否した七つの病院のうち、未熟児の医療に欠かせない新生児集中治療室(NICU)を備えているところは五カ所あった。NICUが満床だったことや当直医が他の患者の治療中だったことが拒否の理由だ。 病院のNICUに空きがあれば、事態は異なっていたかもしれぬ。

 厚生労働省の研究班は昨年、NICUの設置目標を出生千人に対して三床と示している。この目標値を北海道に当てはめると、全道では百二十八床、札幌をはじめとする道央圏では七十五床になる。
だが一日現在で、広さや医師数などで診療報酬の算定基準を満たすNICUは、全道で九十六床、道央圏は五十七床だけだ。
基準を満たさないものの、人工呼吸器を備えているベッドも含めると、目標値は達成しているが、決して十分な体制とは言えない。

  一方、近年の医療技術の進歩で、未熟児など集中治療が必要な新生児の救命率が向上、NICUの利用件数や期間が増えている。それが、NICUの不足にもつながっている。
NICUの整備を早急に進めることが必要だ。そのためには医師の確保も欠かせないが、問題は専門の新生児科医をはじめとする小児科の勤務医が少ないことだ。

  昼夜を問わない激務や訴訟リスクの高さから、退職して開業に転じる医師が相次いでいる。その結果、医師不足がさらに加速する。小児科を志望する医学生も少なくなった。産科同様の悪循環だ。構造的な問題というしかない。

 問題解決の決め手はないかもしれぬが、激務に応える報酬の在り方や臨床研修制度の見直しなど、やらねばならないことも少なくない。 医療への信頼を取り戻すため、国や大学医学部、医師会などが協力して真剣に考えてもらいたい。』
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2008.12.01 ☆社会保障目的税 財源確保への意義ある一歩
  30日、讀賣新聞→

『社会保障給付と税負担の関係をはっきりさせ、年金や福祉、介護の財源確保に向けた大きな一歩になろう。

経済財政諮問会議が、税制抜本改革の道筋を示す「中期プログラム」で、消費税を社会保障目的税とすることで大筋合意した。消費税の引き上げによる税収増は、社会保障給付だけに使われることになる。

並行して中期プログラムを議論している自民党税制調査会も、この方針に同調する見通しだ。安定財源確保のため、政府・与党が歩調をあわせる意義は大きい。

諮問会議では、民間議員が<1>税制抜本改革による増収額はすべて社会保障給付の必要な増分に充て、官の肥大化には使わせない<2>行革の推進と歳出規律を維持する――など、抜本改革の3原則を提案し、基本的に了承された。

消費税を社会保障目的税とすることには、政府税制調査会も前向きだ。麻生首相に提出された来年度税制改正答申では、昨年の答申を踏襲する形で、消費税を社会保障財源に充てることを選択肢に検討を進めるよう求めている。

政府税調は答申で、中期プログラムの策定を、「社会保障の安定財源確保と税制抜本改革の具体化に向けた第一歩として重要な意義を持つ」としている。
税収をすべて社会保障給付に回すことで、低所得者ほど消費税の負担割合が高くなる「逆進性」の問題も緩和される。社会保障給付は低所得者ほど手厚い配分を受けられるからだ。

食料品などに軽減税率を導入すれば、低所得者の負担はさらに緩和されるだろう。導入に向けた道筋をつけるべきだ。
残る課題は、消費税をいつ、どれだけ引き上げるかだ。

今の景気情勢を考えれば、すぐに消費税の引き上げはできない。だが、景気回復が確認できた時点では、引き上げをためらってはなるまい。それには、あらかじめ、十分な準備をしておくことが肝要である。

社会保障国民会議は、医療・介護制度の充実度合いに応じて、消費税率にして3〜4%分の財源が必要とする試算結果を示している。年金についても、社会保険修正方式、全額税方式の双方で、必要額が細かく試算されている。

その基礎データも、すべて公開されている。政府・与党はこうした試算も参考にしながら、出来る限り詰めの作業を急ぐべきだ。負担と給付の関係を、できるだけ明確に国民に示してほしい。』
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2008.11.29 ☆首相の「放言」 患者の気持ちを逆なでした
  28日、毎日新聞→

  『また、麻生太郎首相の放言が飛び出した。

  今度は社会保障費の抑制を議論した20日の経済財政諮問会議で「たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」などと発言したことが分かった。同諮問会議の少し前、全国都道府県知事会議で行った「医師は社会的な常識がない人が多い」との発言の撤回を求めた日本医師会に対し麻生首相は「言葉が不適切だった」と陳謝したばかりだった。日々闘病を続ける患者の気持ちを考えれば、このような放言は到底できないはずだ。

  諮問会議では社会保障と税財政の一体改革が議論されていたが、議事要旨を読む限り、首相発言は議論を深める内容になっていない。「67、68歳になって同窓会に行くと、よぼよぼしている。今になると、こちらの方が医療費がかかっていない。毎朝歩いたり何かしているからだ。私の方が税金は払っている」などと述べ、その後で不養生の人の医療費を、自分がなぜ払う必要があるのか、という趣旨の発言をした。

  麻生発言の問題点を二つ指摘したい。第一は先天的に病気を抱えている人や摂生していても病気になるケースもあるということだ。難病や重い病と闘っている患者の立場になって考えれば、不摂生によって病気になった人の医療費を「何で私が払うんだ」などという発言はできないはずだ。患者に気を配り、救済するために医療を充実させることが本来、政治が目指すものであるはずだ。

  首相発言は、患者や体の弱い高齢者の気持ちを逆なでするものであり、あまりにも無責任と指摘せざるを得ない。これは漢字の読み間違えとは次元が異なる重要な問題であり、看過できない。あえて言えば、これは政治哲学や思想に深くかかわる問題でもある。

  麻生首相は記者会見で「病の床にある方の気分を害したというなら、おわびしたい」と謝罪したものの、「趣旨は、(病気の)予防を全然考えていない今の(医療)制度はいかがなものかを言った」と釈明した。予防や健康管理の必要性を主張したいのなら、率直に国民に訴えるべきだった。

  問題の2点目は、首相発言が医療保険制度の根幹を揺るがしかねないという点だ。日本は国民皆保険制度を取っている。国民がかけた保険料と税金で、手術や治療などに必要な費用を国民全体で支える共生の仕組みになっている。首相が主張するように、元気で健康な人が「なぜ自分が金を払うんだ」と言い出したら、皆保険制度は崩壊してしまう。

  皆保険制度の仕組みを知りながら、なぜこんな不適切な発言をしたのか。患者だけでなく、多くの国民が理解に苦しんでいる。こうした放言が続けば、首相としての資質を問う声が強まることは避けられまい。』
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2008.11.21 ☆介護報酬 引き上げ分は現場に
  21日、信濃毎日新聞→

  『介護保険で介護サービスを提供する事業者に支払われる報酬が、来年度の改定で3%引き上げられることになった。2000年に介護保険制度が始まってから、初のプラス改定である。

 狙いは、介護労働者の待遇改善にある。これによって賃金を月2万円ほど引き上げ、人材の確保につなげる-。政府、与党のもくろみだ。追加経済対策にも盛り込まれた。

  介護報酬は3年ごとに見直される。過去2回はいずれもマイナス改定だった。膨らむ保険給付の伸びを抑えるためである。

  そのツケを負わされたのが事業者だ。低い報酬から収益を上げるため、現場は低賃金と過重な労働が常態化した。厚生労働省の2007年の統計で、介護職の給与額は21万円台。全産業の平均と10万円以上の開きがあった。これでは若い人が夢を持てなくなるのも、無理はない。

  介護を支える根幹は人材にある。報酬の引き上げは当然だ。その上で、詰めるべき課題がある。まずは、増えた分の報酬が介護労働者の賃金に確実に回らなくては、意味がない。経営者が人件費へ配分することを保証する仕組みが要る。それをチェックできる態勢も整えたい。次に、サービスごとの報酬単価の見直しが重要だ。どれだけ現場の実情をくみ取れるか。そこがカギになる。

  厚労省の今年の介護事業経営実態調査では、多くのサービスで経営が悪化している。介護保険のかなめとなるケアマネジャー業務は、赤字幅が拡大していた。

  認知症があっても、老夫婦や一人で暮らしている高齢者が少なくない。そうした人たちを支えている介護職の熱意と労力に応え、現場が無理なく採算を確保できるよう、報酬単価にきめ細かな目配りを求めたい。

  利用者の負担軽減策も欠かせない。介護報酬の1割は、利用者の自己負担でまかなう。報酬の引き上げが、負担増となって利用者に跳ね返り、サービスが使いにくくなっては本末転倒である。

  いまも自己負担が重くて、サービスの利用を控えてしまう高齢者がいる。低所得者対策はとくに手厚くする必要がある。

  介護保険料は上がり続けている。政府、与党は来年度の改定で保険料の急激なアップを避けるため、上昇分を補てんする基金を創設する。目先の手当てでなく、中長期で安定した制度運営の見通しを示すことが、欠かせない。』
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2008.11.16 ☆報酬引き上げへ 魅力ある介護現場に
  15日、中日新聞→

  『良い介護を受けるには質の高い介護従事者が不可欠だ。現場で意欲と誇りを持って安心して働けるように能力や資格、経験年数を正当に評価して待遇を改善しないと、超高齢社会は乗り切れない。

  介護サービスの公定価格・介護報酬が来年四月に改定される。改定幅は通常、年末の予算編成時に決まるが、今回は先月末、早々と3%の引き上げを政府が決めた。過去二回と違い、初めて引き上げるのは、介護従事者の待遇改善が急務であることを政府が認めたためだ。

  厚生労働省によると、常勤の介護従事者の平均給与は男性の場合、二一・四万円で、全産業平均の三三・七万円より十二万円以上低い。女性の場合も同様に低い水準にある。男女とも他産業より賃金カーブの上昇が緩い。

  年間の平均離職率も全産業平均の16・2%に対し、介護では21・6%と高い。勤続三年未満の離職は75%に達する。離職の最大の要因は、厳しい労働の割には待遇が悪いためだ。

  遅ればせながら政府が待遇改善に乗り出したのは歓迎する。
  これをさらに充実させるには、今後厚労省が、介護従事者の経験年数、国家資格である介護福祉士の資格の有無、何級のヘルパー資格を持っているかなどの評価を明確にし、それを報酬に反映させる仕組みを整えることである。

  経験年数が長いほど、また持っている資格が上位であるほど、介護能力が高いとの研究報告があり、それらの正当な評価は介護従事者の要望でもある。これにこたえる改定にしてもらいたい。

  政府は3%引き上げで月平均二万円の給与アップを見込んでいるが、4%の引き上げがないと二万円は達成できない、との試算を全国福祉保育労働組合がまとめている。報酬引き上げが給与アップにどの程度つながるかが確認できるように、医療における診療報酬改定後の検証作業のように、介護報酬でも検証する仕組みが必要だ。

  介護事業者には、給与水準や介護能力の向上に欠かせない研修体制の有無などの情報の公表を制度化し、就職先を決めやすくすることも検討すべきだろう。

  介護従事者は、介護保険がスタートした二〇〇〇年に約五十五万人だったが、〇六年には百二十万人に増えた。数年後には百六十万人が必要になるとみられる。

  離職者を呼び戻すとともに新たな資格取得者を増やすには介護現場が魅力的でなければならない。』
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2008.11.11 ☆「介護の日」 お父さんたちも地域に出よう
  11日、毎日新聞→

  『きょう11日は「介護の日」。高齢化などによってニーズが増している介護についてみんなで考えてもらおうと、今年度、厚生労働省が制定した。

 介護保険制度が00年に始まって8年余、保険財政が悪化し介護人材の離職率が高まるなど、課題が山積している。
具体的には、外国人介護士の受け入れ、現在、40歳以上となっている介護保険料の徴収対象年齢の引き下げ、介護と医療保険との統合、家族介護者への現金給付などの問題がある。しかし、どれも本格的な議論は始まっていない。

 介護を取り巻く環境は厳しいが、全国各地で特定非営利活動法人(NPO)などによる地道な活動が展開され、多様な試みが根づいている。毎日新聞は00年に「毎日介護賞」を設け、地域福祉活動を続けている人たちを顕彰してきたが、今年は山形県高畠町のNPO法人「かたくりの会」など6団体が受賞した。

  「かたくりの会」は98年に地域互助型福祉サービスを開始し、高齢者や障害者らの身の回りの世話から通院や外出介護、話し相手まで「地域福祉のすき間を埋める」活動を続けてきた。大阪市の同「エフ・エー」は住民同士のふれあい活動や空き店舗を利用した「さろん」を開いている。神奈川県藤沢市の同「ぐるーぷ藤」は高齢者、障害者、幼児が交流する複合型福祉マンションを計画、2カ月間で約1億円の資金を市民から集め、夢を実現させた。

 こうした取り組みは、介護保険が始まる以前の家族介護が当たり前だった時代には考えられなかったことだ。地域の福祉を充実させ、高齢者らの暮らしを支える仕事は、行政だけではできない。地域住民の知恵と行動力が超高齢時代の介護を支える力になっており、各地で市民グループの多様な活動が広がっている。

 しかし、それぞれに問題を抱えている。事業の運営や財政問題、介護人材の待遇問題、将来に向けての人材育成など、課題は枚挙にいとまがない。毎日介護賞を受賞した団体の代表者らの多くが「低賃金で介護労働者のなり手が減ってきた」「離職者が増えている」などと、危機感を口にした。NPO活動を下支えし、運動をさらに広げていくためには、若い人を含め多くの人たちが新たに輪に加わることが欠かせない。

 介護のNPO活動に男性が少ないのも気になる。今年の毎日介護賞の受賞6団体の代表のうち、5人が女性だ。運転ができる人は高齢者の送迎、パソコンが上手な人は会計、園芸が趣味なら庭の手入れなど、やることはたくさんある。仕事をリタイアしたお父さんたちが自分たちが住む地域に積極的に出てNPO活動に参加すれば、介護の現場はきっと活性化するはずだ。「介護の日」に家族で話し合ってみてはどうだろう。』
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2008.11.09 ☆社会保障制度 負担増は改革とセットだ
  9日、西日本新聞→

  『政府の社会保障国民会議が最終報告をまとめ、麻生太郎首相に提出した。
  社会保障の柱である年金、医療・介護と少子化対策を充実した場合、新たに必要となる財源額は消費税換算で、2015年度は3%台、高齢化がピークを迎える25年度は6%になるとしている。
現在の社会保障制度は、給付の抑制路線が続くなかで多くのひずみが生じ、制度への信頼が低下している。

  この抑制路線を転換し、社会保障の機能強化を求めた点はうなずける。各分野の将来のあるべき姿を描いて複数の選択肢を示し、その改革に必要な費用の全体像を初めて示したことも評価できる。
しかし、最終報告は国民的な議論の土台を提起するにとどまり、改革を実現するための具体策や財源の確保策は、今後の論議に委ねている。

  首相は、社会保障改革の道筋を示す工程表づくりを国民会議の座長らに指示した。財源に関しては、政府・与党で議論を進めて税制改革の中期プログラムを年内にまとめる方針を表明している。
これらの策定には問題が山積みされており、首相の強い指導力が求められる。いくつか指摘しておきたい。

  首相は、最終報告を今後の社会保障政策に反映させる意向を示す一方、社会保障費の伸びを毎年2200億円抑制する政府方針を堅持するとも語った。このつじつまは、どう合わせるのか。09年度から基礎年金の国庫負担割合を2分の1に引き上げる財源も定まっていない。

  これら当面の問題は、年末の予算編成で明確な答えを出す必要がある。
  首相は「経済状況を見たうえで、3年後に消費税の引き上げをお願いしたい。私が目指す日本は中福祉・中負担だ」と明言した。しかし、そもそも中福祉・中負担とはどの範囲なのかも判然としない。国民に負担増を求める以上、数字をもとに分かりやすく説明してほしい。

  最終報告では、焦点の基礎年金の財源は、現行の社会保険方式と全額税方式の両論を併記して結論を避けた。全額税方式とするなら、追加の消費税率は15年度に6-11%、25年度に9-13%に跳ね上がる。どちらを選択するかによって、工程表や中期プログラムの中身は大きく違ってくる。この整理も不可欠だ。

  次期総選挙を前に、首相が消費税から逃げない姿勢を示したことは、是としたい。それが本物なら、年末の中期プログラムでは、引き上げ幅や時期を盛り込んだ選択肢を提示するべきだ。
もとより、増税は社会保障改革とセットでなければならない。国民に説得力ある年金制度、医療・介護サービスの充実や有効な少子化対策を、工程表できちんと打ち出すことが必須条件である。

  民主党など野党は「増税ありき」を否定するなら、それぞれの改革案を示すべきだ。そのうえで総選挙で競い合い、国民的な議論を起こしてもらいたい。』
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2008.11.04 ☆障害者支援法 応急措置で欠陥覆ったが
  4日、西日本新聞→

  『「障害者自立支援法はかえって『自立』を妨げ、法の下の平等などを定めた憲法に違反する」。福岡県福智町の男性を含む一都二府5県の障害者らが一斉に国などを相手取った裁判を起こした。

  この法律は2005年秋の国会で成立した。親元や施設などで「保護」されてきた障害者が、地域の中に出てきて「自立」して生活できるような環境づくりを積極的に進める。「施設」から「在宅」へと、掲げた目標は悪くなかった。

  現実はどうか。目標とは程遠く、「自立」とは逆行しているとの声も強い。そもそも、この法律は強い反対が続く中で成立し、06年4月に同法が施行されても批判は収まらなかった。

  さすがに昨秋、野党に続き、政府、与党も見直しに動いた。いま、社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)の障害者部会で論議が続いている。裁判を通じて、この法律の根本的な「欠陥」ともいうべきところをあらためて訴え、国民の関心を再び高めることは意味がある。

  最大の問題は介護保険と同様、利用者が介護などのサービスを受けると、原則的に費用の1割を負担する仕組みだ。

  所得が高くても低くても同じサービスには同額を支払う。障害の重い人ほど多くのサービスを受けるので、そうした人ほど負担が重い。必要な人が受けられなくなるとの懸念は当初から強かった。

  障害者が利用を控えたり、報酬が低く設定されたりで福祉サービス事業者の経営も厳しくなった。このため、政府は06年末に「特別対策」を、翌年12月には「緊急措置」をと、障害者らの負担軽減策を次々に講じざるを得なくなった。

  この法律には地方自治体からの注文も多い。障害程度区分の認定には問題がある。市町村の権限が拡大されたが、現実には人材も施設も不十分な地域が少なくない。政府の度重なる変更で、現場の事務が難しくなった。利用者も使いやすい簡素な制度にすべきだ-などである。

  なぜ、こんなに評判が悪いのか。結局は導入を急ぎすぎたということだろう。この法律ができる前には、03年度から導入された「支援費制度」があった。

   自治体が障害者へのサービス内容を決める「措置制度」から、障害者が自らサービスを選べるようになった。サービスの利用量にかかわらず、所得に応じて費用を負担する方式だった。多くの障害者が障害基礎年金に頼っていたため、ほとんどの人が負担なしで利用できた。

  結果、予想を上回る国の支援費が必要になった。介護保険でもそうだったが、制度ができたことで、それまで我慢してきた潜在需要が表に出てきたといえる。それで需要抑制のために「定率負担」のルールが導入されることになった。

  批判を受けて応急措置で制度の「穴」をふさいできた。だが、ここで当事者の声に耳を傾け、ご破算にして一からやり直すことが最良ならそう決断すべきだ。』
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2008.10.28 ☆社会保障費試算 あるべき姿の議論が先決
  28日、山陽新聞→

  『高齢化がピークを迎える二〇二五年の医療・介護費用は、現在の四十一兆円から九十一兆―九十四兆円と倍以上になる。政府の社会保障国民会議が試算を公表した。

  新たな公費負担は十四兆―十五兆円に上り、消費税で賄うと税率を4%引き上げなければならない。しかも、一定の経済成長を前提に税収増や保険料収入増などを見込んでのことだ。さらなる負担増の可能性がある。

  重い負担の是非をめぐる議論は重要だが、最も肝心な点は、現状でも医療崩壊や介護難民が指摘されているだけに、将来的に安心できるサービスが受けられるかどうかだ。国民会議は、試算の前提として「国民が求めるサービスの必要額をはじき出す」との立場から、サービスを充実させ、国民ニーズに応えるための医療・介護改革シナリオを描いている。

  改革シナリオは、救急や手術など集中的な治療が必要な急性期医療に医師や看護師らを手厚く配置する。また、ヘルパーら介護職員を現在の約百十七万人から二百五十万―二百五十五万人に増やすことなどを提示した。目指しているのは、欧米に比べて長い医療機関への入院日数を大幅に短縮し、治療の必要度が低い高齢者は介護にシフトしてもらうということだろう。

  退院可能なのに長期入院する「社会的入院」などの解消は理解できる。だが、労働環境の悪化で介護職員の確保が困難といわれている現状がある。今後、今より二倍強も職員を増やせるのか。介護施設の充実や二十四時間対応の訪問介護体制の整備も進むのかといった課題が山積する。国民会議の試算を契機に、議論が負担増をめぐって特化するのではなく、医療・介護のあるべき姿に深化させることが大切であろう。』
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2008.10.27 ☆税制改革工程表 「中期財源」は消費税しかない
  27日、讀賣新聞→

  『麻生首相が、消費税率の引き上げを念頭に置き税制改革の「中期プログラム」を作るよう与党に指示した。
少子高齢化で膨らむ一方の社会保障費を賄うには、巨額な費用が必要だ。その財源を確保するには、消費税しかないことは、はっきりしている。

 与野党とも衆院選に向け、様々な政策を打ち出しているが、いずれも財源論を避けてきた。そうした中、消費税に真正面から取り組む姿勢を示したことは、大きな意義を持つ決断である。

  現在の厳しい経済環境下で、直ちに消費税を引き上げるのは無理があるが、それに向けた準備は整えておかねばならない。
政府・与党は年末の税制改正までに、消費税引き上げまでの明確な工程表を作りあげ、国民に示すべきである。
首相の指示は、与党が報告した景気対策の骨格に追加する形で出された。
骨格には、2兆円規模の定額減税や、高速道路料金の引き下げなどが盛り込まれていた。首相はこれに、住宅ローン減税の大幅拡充などを加えるよう求めた。
住宅ローン減税は、所得税などの控除額を過去最大級にする考えで、減税規模は、年間2兆円を超す可能性もある。
景気対策の財源としては当初、国の特別会計の積立金などを取り崩して充てる目算だった。だが、首相の指示で、それだけでは追いつかなくなった。

  さらに、景気の急減速による法人税収の落ち込みは、今年度予算で2~3兆円になるとされる。

  こうした財源不足は当面、国債を増発して凌(しの)がねばならない可能性が高い。しかし、確かな財源がなければ、いずれ財政が回らなくなるのは目に見えていよう。
より深刻なのは、社会保障費である。基礎年金の国庫負担割合を2分の1に引き上げるには、2・3兆円が必要だが、その手当てはついていない。
  社会保障国民会議などの試算では、2025年にかけ、医療・介護の充実に年間10兆円以上の公費がかかる。年金の改革にも数兆円単位の費用が必要だ。

  これを放置していては、社会保障制度の将来が見えない。消費税を引き上げて恒久的な財源を確保してこそ、国民を安心させることができるというものだ。
  民主党は、最低保障年金制度の創設などを掲げるが、財源はあいまいだ。明確な財源を示し、与党と政策論争すべきである。』
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2008.10.26 ☆医療・介護費 あるべき姿 どう考える
  25日、北海道新聞→

  『高齢化がピークに達する二〇二五年に、あるべき医療と介護のサービスを実現したとすると、どのくらいの費用が必要か-。
政府の社会保障国民会議が、その試算結果を公表した。 今の四十一兆円から九十兆円以上にまで膨らみ、追加財源として公費分だけでも十四兆円が必要との計算だ。

  この数字だけを見ると国民の理解は到底得られまい。国民会議も「さまざまな立場から議論が行われ、検証されていくことが望ましい」としている。
  将来の医療や介護の在り方を考える際のたたき台と位置づけるべきだろう。
  試算は、「緩やかな改革」「大胆な改革」「さらに進んだ改革」の三つのケースを想定、それぞれの利用者や施設、職員の数、そのための費用を推計した。

  いずれのケースも前提にしているのが、救急、手術などの急性期に医師や看護師を集中的に投入、入院期間を短縮させることだ。介護でもグループホームなど居住系サービスに力点を置いた。

  たとえば、欧州並みの「大胆な改革」を行った場合、一般病床の職員を現状の倍増にして手厚い医療を行い、急性期の平均入院期間を、現状の半減に当たる十日にする。

  介護の居住系サービスは現状の二十五万人分から六十八万人分にまで増やす。
  わが国の医療は、急性期とその後の回復期などとの機能がはっきり分かれていない。その結果、他の先進国と比べて病床数が多くなるなど、効率化が進んでいない。
  介護でも、住み慣れた地域の中で生活したいという利用者の希望は、十分にかなえられていない。

  そうしたことを考えると、改革の方向は間違ってはいないだろう。
  ただ、これらの推計は、あくまでも「割り切った大きな仮定に基づくもの」(国民会議事務局)だ。
実際には、介護職員の不足解消策や、医師の業務を看護師らに分担するための規制緩和など、いくつもの難問が横たわる。

  先進国の中では医療費が低く、一定の医療を受けられる今の制度に満足している国民も多いはずだ。
  もちろん、医療や介護の充実には費用がかかる。だが今、一つ一つの推計に対して、細かく評価するのは早計だろう。

  理想の医療と介護はどうあるべきか。そのための費用をどう賄うべきか。今回の公表を、みんなが考える機会にしたい。 推計結果が消費税増税の名目にされるならば、本末転倒だ。』
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2008.10.26 ☆医療・介護費推計 せりふがない改革シナリオ
  24日、毎日新聞→

  『社会保障国民会議に「医療・介護費用のシミュレーション」が示された。「医療・介護サービスのあるべき姿」について、改革しない場合と3通りの改革シナリオを描き、医療費の伸びや賃金水準など、いくつかの仮定を設けて2025年の時点での費用を推計したものだ。「大胆な仮定に基づく推計」という位置づけなので、評価するには材料不足だ。この推計を基にして政府が国民に選択を迫るとすれば、それは意味のないことだ。

 政府が示したシナリオは、改革の中身が国民の望む内容になっているのか、実現可能性はあるのかなどの議論を行ってまとめたものではない。「あるべき姿をどう実現するかの議論はしていない。今後の課題」と政府は説明する。シナリオの表紙とあらすじはあるが、肝心のせりふがない、それが今回の推計だ。

 だとすれば、改革に伴う費用増を消費税で換算した数字に驚くことはない。肝心なことは改革の中身であり、費用負担にばかり目を奪われると、全体を見失うことになる。
推計に込められたメッセージは、高齢化のピークに向けて膨らんでいく医療・介護制度のあり方を同じ土俵で考え、改革に着手していこうということだ。それ以上でも、以下でもない。
後期高齢者医療制度の混乱、医師不足対策や緊急医療体制の問題、低賃金で過酷な労働によって離職が増えている介護人材の問題などが山積しており、医療・介護は危機的な状況になっている。こうした問題意識を国民が共有し、今後の社会保障のあり方について議論するひとつの材料が、今回の推計と考えればいい。

 三つの改革シナリオに共通する内容は、病気が発症したばかりで症状が激しい急性期の医療に対して、医師など医療資源を集中投入して早期治療、退院を促し、欧米に比べて長い平均在院日数を大幅に短縮させるというものだ。退院後は住み慣れた地域で暮らしたいという国民の意向を実現するために、グループホームやケア付き住宅などの居住系サービスを充実させ、それに必要な介護人材を増やすという。

 しかし、退院はしたが、自宅近くでリハビリや在宅介護サービスが受けられないケースも予想される。改革の結果、退院後に十分なサービスが受けられず医療・介護難民が急増することがあってはならない。「あるべき姿」を描くことは重要だが、現実を踏まえたものでなくてはならない。

 改革のための安定的な財源の確保も大きな課題だ。社会保障の財源をまかなう公費と保険料の割合をどう調整するのか。「大きな政府」にして多くを税でまかなうのか、「小さな政府」にして保険料を引き上げて国民に負担を求めるのか。この議論にも方向性を出す必要がある。』
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2008.10.13 ☆高齢者虐待 介護者の孤立を防げ
  13日、信濃毎日新聞→

『家庭内で高齢者が虐待を受けた件数は、2007年度、1万3000件を超えた。27人が命を落とした。加害者は、いずれも介護していた親族だ。厚生労働省の全国調査の結果である。

この数字は氷山の一角とみるべきだろう。表面化していない虐待も含め、高齢者の命と尊厳を守る取り組みが急務だ。同時に、虐待してしまう家族のケアにも、力を注ぐ必要がある。

虐待者の多くは介護者だ。介護に疲れ、思い詰めて虐待に走るケースが少なくない。

介護保険制度が導入されたいまも、サービスを自由に利用できる環境が十分整っているとは言い難い。介護を家族に依存する現実がある。介護者が孤立しないよう、支える態勢が不可欠だ。市町村が中心となり、SOSを逃さない地域のネットワークを築くべきだ。

高齢者虐待の背後に、少子高齢化と晩婚化がある。

調査では、被害者は未婚の子と同居している世帯が、最も多かった。虐待していたのは息子が4割で、次いで夫、娘と続く。

被害者はおよそ8割が女性だ。介護の必要な人が7割を占め、認知症の症状が認められる人が4割超。虐待の矛先はより弱い存在へ向けられる。暴力を振るわれたり暴言を吐かれたり…。介護を放棄された事例も少なくない。

殺人や無理心中など、痛ましい事件も相次いでいる。

群馬県で昨年9月、「面倒をみるのに疲れた」と長男が介護を放棄して家出したために母親が死亡した。11月には兵庫県で、認知症の妻を1人で介護していた85歳の夫が、先行きを悲観して妻の首を絞めて殺害した。

長野県内でも今年1月、長女が寝たきりの母親の首を絞めて殺した後に自殺した。介護疲れをつづるメモが残されていた。

核家族化で負担は1人に集中し、密室化しやすくなっている。介護者が悩みを打ちあけ、安らげる場が欠かせない。

調査では、虐待の相談・通報者はケアマネジャーが多い。公的な福祉も含めて、家庭の外から常に人がかかわっていることが重要だ。介護者の負担を和らげるとともに、虐待の抑止や早期の発見にもつながる。

高齢者虐待防止法の施行から2年を経て、相談窓口はほぼすべての市町村で整った。求められるのはその先だ。地域の保健、福祉、医療の関係者が連携して、高齢者本人と介護者を支え、虐待を防ぐ仕組みを築きたい。』
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2008.10.06 ☆介護報酬 支える人材に投資を
  6日、信濃毎日新聞→

  『在宅も施設も、多くの介護サービス事業所で、経営が悪化している。厚生労働省がまとめた2008年の介護事業経営実態調査から事業者の苦境が浮き彫りになっている。

経営を圧迫する一因は、人手不足が深刻化する中で、介護労働者を確保するために給与を引き上げていることにある。

だがそもそもの原因は、低く抑えられた介護報酬にある。2000年の制度開始以降、2度の報酬改定で、いずれも引き下げられた。給付費の伸びを抑えるためだ。

収益を上げるには、人件費を切り詰めるか、仕事量を増やすかしかない。その結果、低賃金に過重労働が重なり、熱意のあるスタッフも職場を去っていく-。介護の現場では、この悪循環が繰り返されてきた。

来年度、3度目の改定がある。報酬の引き上げをためらうべきではない。介護を支える人材をおろそかにしては、介護保険が現場から崩壊してしまう。

事業所の台所は苦しい。経営実態調査で収入に対する黒字の割合が3年前より増えたのは、認知症対応のグループホームなど一部にとどまった。特養ホームは黒字の割合が大幅に減り、ケアマネジャー業務は赤字幅が拡大。在宅の切り札として導入された小規模多機能型居宅介護も赤字となった。

収入に対する給与費の割合が上がった事業所が多い。それでも、賃金の格差は埋まらない。厚労省の07年統計では、全産業の給与額33万円に対し、介護職は21万円台だ。

全国の介護福祉士養成校などの入学者は減り続け、今春は定員の半数以下に落ち込んだ。「仕事はきついのに、見合う収入がない」と敬遠されるという。人材難は長期にわたるだろう。社会全体で、介護職の地位と待遇を改善する取り組みが欠かせない。

介護報酬を引き上げれば、給付費が膨らむのは必然だ。保険料の負担増となる可能性もある。必要なのは、逃げずに財源と負担のあり方に踏み込む議論である。

介護保険制度の出発点から、現状をとらえ直す視点も大事だ。「介護を社会で支える」という理念は、どこまで実現したのか。利用者はサービスを選べているか。地域の実情に合わせたサービス基盤は整ったのか。

その検証の上で、この先にどんな介護社会を目指すのか。その見取り図は、行政や事業者に任せるのでなく、まずは地域の住民自身が考えるべきものだ。』
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2008.09.30 ☆高齢者医療 見直し論議を深めよ
  30日、信濃毎日新聞→

  『政府・与党が後期高齢者医療制度を抜本的に見直す方針を打ち出した。新たな制度の創設を検討するという。制度の導入から半年足らずで、180度の方向転換である。

  舛添要一厚生労働相が口火を切り、麻生太郎首相が追認した。麻生政権で自民、公明両党が交わした連立政権合意には「より良い制度に改善」と盛り込まれた。

  後期高齢者医療制度は、健康リスクの高い75歳以上の人だけを切り離すなど、土台の部分から問題がある。制度を変えることに異論はない。だが今回の方針転換は、あまりに唐突だ。何をどう「改善」するかも見えてこない。

  与党は具体策を練り上げて、総選挙のマニフェスト(政権公約)として示すべきだ。高齢者医療のあり方は、政権選択の判断材料にふさわしいテーマである。

  与党の腰は定まっていない。

  舛添厚労相は当初、制度の廃止に踏み切ると表明した。その後、「根回しがない」など与党内から猛反発を受けてトーンダウン。制度の根幹に手を付けるかどうかもあいまいになった。
周囲が驚くのも無理はない。厚労相はこの制度が始まった4月以降、「理念は間違っていない」と必要性を訴えてきた。それが突如の見直しである。

  野党4党は先の通常国会にこの制度の廃止法案を提出している。これに対する政府・与党の「廃止は無謀」との批判も、この見直しでつじつまが合わなくなった。
  制度への高齢者の怒りは今も収まらない。自民党の有力支持団体だった茨城県の医師連盟が先ごろ民主党候補の推薦を決めたのも、この制度への反発からである。

  10月から新たに保険料の年金天引きが始まる人たちがいる。総選挙を目前に、与党への風当たりは強まると予想される。
選挙が迫る中で「見直し」を言い出されても、素直には聞けない。政府・与党は方針を転じた理由を丁寧に説明するところから始めるべきだ。

  見直しにあたっては、年齢で区切る今の制度の骨格から変えるのか、現役世代と高齢世代の負担の持ち合い方、公費投入のあり方をどう考えるか-がポイントになる。その前提として、将来にわたる高齢者医療のあるべき姿が描かれていなくてはならない。

  民主党の小沢一郎代表は医療保険制度の一元化を打ち出している。臨時国会で論議を深めるよう与野党に求める。』
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2008.09.29 ☆政管健保分割 効率化で医療の充実を
  29日、中日新聞→

  『全国単一の政府管掌健康保険(政管健保)が十月一日から都道府県別の「協会けんぽ」に分割される。それぞれの地域の医療事情や加入者の意向を考慮したうえで効率的な運営が求められる。

 政管健保の分割は、医療制度改革の一環として二〇〇六年の法改正で決まった。
政管健保には中小企業の従業員と家族合わせて約三千六百万人が加入しており、三千五百近い医療保険の保険者の中で最大規模だ。
従来、国(社会保険庁)が保険者として運営してきた。十月以降は新たな保険者として公法人「全国健康保険協会」(協会けんぽ)が発足し、都道府県の支部ごとに財政運営される。支部長は民間から登用される。
国民健康保険(国保)のように市町村別に分かれていては財政基盤が不安定だが、反対に政管健保のように全国単一の組織では財政がどんぶり勘定に陥りやすい。分割されるのはこのためだ。

 政管健保の保険料率は現在、平均給与の8・2%で、全国一律だが、協会けんぽ発足一年以内に都道府県別の保険料率になる。都道府県ごとの年齢構成や所得水準の差を財政調整したうえで、それぞれの一人当たりの医療費の差を反映した料率に設定される。
例えば、人口当たりの病床数が多く、平均入院日数が長い高知県などは保険料率が全国平均よりも上がり、病床数が少なく入院日数が短い長野県などは下がる。
都道府県単位で医療費抑制を競わせる狙いが込められている。

 疾病の予防活動、早期発見・治療に力を入れ、無駄な医療費の削減が期待される。医療費抑制が行き過ぎると地域医療の低下に拍車をかけることになる。
政管健保も健保組合などと同様に、平均給与が伸びないため保険料収入が頭打ちになる一方、医療給付費が増え、単年度収支は〇七年度に赤字を記録して以来今後好転する見通しはない。

 積立金は底を突きつつあり、協会けんぽへの移行の際に保険料率の引き上げが予想される。四月から始まった高齢者医療制度への拠出金も今後増大することは間違いなく財政運営を圧迫する。

 各協会けんぽは、効率的な運用を迫られるが、医療水準と保険料率の兼ね合いは地域住民の合意のもとで決めるべきだ。
都道府県の保険料率の格差があまり広がるのは好ましくない。その場合には、理由を住民に説明し理解を得なければならない。』
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2008.09.29 ☆後期高齢者医療 意味不明な「抜本的見直し」
  28日、讀賣新聞→

  『後期高齢者医療制度をめぐって、政府・与党が迷走している。
  舛添厚生労働相が、現行制度を抜本的に見直すとの方針を表明し、麻生首相も同調した。だが、「見直し」が何を意味するか判然とせず、与党にも反発が強い。自民党と公明党の政権合意では「高齢者の心情に配慮して、より良い制度に改善する」という表現にとどまった。

 すべての施策や制度は絶えず改善することが必要だ。しかし、抜本的見直しとは話が違う。
舛添厚労相は後期高齢者医療制度の見直しについて、ポイントを掲げている。加入者を年齢のみで区分しない、年金からの保険料天引きを強制しない、世代間の対立を助長しない、の3点だ。

 特に問題となるのは、年齢で区分しない、とする点だろう。
医療費が急激に増える75歳以上の人を対象に、統一した医療保険制度を作り、現役世代は様々な健保組合に属していても公平に高齢者全体を支えよう、というのが現行制度の精神である。

 「後期高齢者」という呼称が招いた感情的な反発に配慮するあまり、年齢区分そのものを否定するのならば、制度の根幹から作り直さなければならない。
何歳になっても働き続けている人は現役として企業健保に所属できる、というのなら、選択肢を広げるだけで制度改善の範疇(はんちゅう)だ。
全く次元の異なる話であり、同じ「見直し」とは呼び難い。
世代間の対立を助長しない制度をめざす、という点も意味不明である。昨年度までの老人保健制度は、世代間の負担のルールがあいまいだったために、行き詰まったのではなかったか。

 舛添厚労相は、有識者会議に一から議論を委ねるという。不透明な論点があまりに多い。
麻生内閣発足に合わせて読売新聞が行った世論調査では、自公両党が後期高齢者医療制度の見直しに合意したことを67・5%の人が「評価する」とした。現状に対する不満を反映した数字だろう。

 だが、明確な展望を示さないまま、漠然と「見直し」を唱えるだけでは総選挙をにらんだ人気取りとしか見えない。これでは政府・与党は、代案を出さずに「まず現行制度を廃止せよ」と主張する野党を批判できまい。

 高齢者医療を含め、社会保障制度改革で必要なのは長期展望である。選挙が近づくごとに右往左往していては、そのたびに国民の不安と不満が蓄積される。』
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2008.09.21 ☆介護報酬改定 財源の論議をしっかりと
  21日、山陽新聞→

  『介護保険制度に基づき、来年度の介護報酬改定の在り方などを協議する厚生労働省の社会保障審議会介護給付費分科会の議論が本格的に始まった。来年一月をめどに、改定の考え方などを厚労相に答申する。

介護事業者に支払われる介護報酬は三年に一回改定され、過去二回は連続して引き下げられた。その影響で事業者の収益悪化が目立ち、現場で働く人たちの待遇も悪くなって人手不足が加速するなど問題が表面化している。

舛添要一厚労相は今春、介護職の待遇改善のために報酬引き上げの意向を表明している。分科会では基本的にこの方針に沿った議論を進めることになるようだが、介護現場の窮状を考えると妥当な流れといえよう。

介護職の平均的な収入は全労働者平均の六割程度といわれる。お年寄りの入浴介助や夜勤など肉体的にきつい仕事も多い。労働実態に見合わない待遇に嫌気が差して転職したり、福祉系の学校を出ても介護職を選ばない若者が増えている。

政府はインドネシアからの介護職候補の受け入れを始めるなど、人材不足は深刻化している。外国人を安い労働力とみなすのではなく、日本人を含めた老いの支え手の確保、介護の質向上のために介護労働者の待遇改善は待ったなしの状況だ。

介護保険は四十歳以上の加入者からの保険料、税金、利用者の一部負担金などで賄う支え合いの制度である。過去二回の報酬引き下げは、利用者の伸びが予想をはるかに上回ったため、報酬総額を抑制するための措置だった。

今回、報酬を引き上げるとすれば、財源をどうするかが最大の課題となる。まず公費負担増や保険料アップが考えられる。だが、財政難の中で税金のさらなる投入は容易ではなかろう。

保険料については、例えば六十五歳以上の場合、制度開始の二〇〇〇年度の全国平均で月額二千九百十一円だったものが、〇六年度は四千九十円と改定のたびに上昇している。利用者の増加が原因だ。

別の方策として四十歳以上になっている保険料の徴収対象年齢を引き下げる案や、利用料の一律一割負担を所得に応じて支払う方式の導入なども検討に値しよう。

選択肢はいろいろあるが、それぞれのメリット、デメリットを国民にしっかり示しながら、財源論議を進める必要がある。少子高齢化が進む中で、介護だけでなく医療、年金という社会保障全般で財源問題は重要なテーマだ。各分野の整合性を図る視点も不可欠だろう。』
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2008.09.15 ☆敬老の日 生きがいある社会こそ 介護労働者不足は深刻
  15日、北海道新聞→

  『高齢者が生きがいを持てる社会とはどんな社会だろうか。
長年培った経験を積極的に地域で生かす、仕事から解放され、残りの人生をゆっくり楽しむ…。
人によって求めるものはさまざまだろうが、生きづらさを感じさせない状況をつくることが、現役世代の務めだろう。今、それがなされているだろうか。
今年ほど高齢者をめぐる問題が注目されたことは、あまりなかったのではないか。

  四月に始まった後期高齢者医療制度の問題点が、次々と露呈した。
創設の大きな狙いは、国民医療費に対する高齢者世代と現役世代の負担割合を明確にし、全体の医療費を抑制することだった。高齢者が求める医療保険とは、そもそも本質が違った。
七十五歳以上の人を、他の医療保険から切り離したことに、「うば捨て山」との批判が出た。貴重な収入である年金から、保険料を天引きすることに、国民の怒りを買った。

  低所得者の保険料負担はおおむね従来より減少する-との厚生労働省の説明も、実態とは違っていたことがわかった。
こうした問題が続出したのは、厚労省の制度設計があまりに安直だったからではないか。
制度の創設が決まってから二年近くも準備期間があったのに、派生する問題に思いが至らなかった。「後期高齢者」という名称、「終末期相談支援料」の設定なども、高齢者の神経を逆なでした。
高齢者のことを真剣に考えていれば、欠陥ばかりが目立つ制度にはならなかったはずだ。

  高齢者を取り巻く社会の環境も厳しい。とりわけ、問題なのは介護労働者の慢性的な人手不足だ。
二〇〇七年度の介護職員の離職率は21・6%だ。全産業平均の16・2%(〇六年度)を大きく上回る。
夜勤や入浴介助など仕事の厳しさの割には賃金が全般的に低いのが、離職の主な理由だ。
この問題も、財政再建のため、介護報酬が二回続けて減額改定されたからにほかならない。介護の現場が荒廃すれば、高齢者の生活の質に直結する。ここでも、優しさは感じられない。

  今の高齢者が生まれたのは戦前・戦中の時代だ。戦後の混乱期を生き抜き、日本の高度経済成長を支えてきた。その経験には、学ぶべきことが多いはずだ。
  敬老の日の精神は、長年社会に尽くしてきた人々に感謝することだろう。その意味を、あらためて確かめ合いたい。』
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☆敬老の日 老後の安心を揺るがすな 混乱の後期高齢者医療、年金も不安
 15日、山陽新聞→

  『きょうは「敬老の日」である。各地でお年寄りの長寿を祝う敬老会などの行事が行われる。地域で盛り上げ、楽しい催しにしてもらいたい。食事の質の向上や医療技術の発達などで、日本の高齢者の数はどんどん増えてきた。総務省がまとめた十五日時点の推計人口調査によると、六十五歳以上の高齢者人口は二千八百十九万人で、前年より七十六万人増加し過去最高を更新した。

  総人口に占める割合(高齢化率)は22・1%となり、前年より0・6ポイント上昇した。百歳以上の高齢者は、今月末時点で過去最多の三万六千二百七十六人になる見込みだ。寿命が延び、長生きする人が多くなる社会は喜ばしい。その中で一段と問われるのは、超高齢社会における生活の質だろう。医療、年金などの分野で「老後の安心」が何より重要だが、最近は政治や行政がそれを揺るがす由々しい事態が相次いでいる。

混乱続く後期医療
  問題の最たるものは、今年四月に始まった後期高齢者医療制度だろう。七十五歳以上の人を切り離した医療制度をつくり、負担と給付の関係を明確にしようとした。合わせて無駄な医療や投薬を抑制する狙いもあった。
   しかし、制度開始と同時に混乱を極めた。保険料負担について、厚生労働省は基本的に増えないとしていたが、家族構成などによって負担増になる人がいることが分かった。年金からの保険料天引きや、終末期の医療をどうするか選択する新たな制度などにも批判の声が上がった。
  政府は問題が指摘される度に、減免措置や凍結などさまざまな対応策を講じてきた。一時しのぎで失敗を取り繕うやり方を「弥縫(びほう)策」というが、まさにこの言葉がぴったりの対応としか思えない。

  そもそもなぜ七十五歳という年齢で区切るのか理解に苦しむ。例えば終末期の医療選択制度は、年齢にかかわらず大切な考え方だが、七十五歳以上だけを対象にするから反感を買うのは当然である。約二年も準備期間があったのに、混乱を招いたのは明らかに政府の責任だ。白紙に戻し、少子高齢社会の中で持続可能な医療制度の在り方を議論し直すべきではないか。

年金も不安だらけ
  早期の衆院解散・総選挙含みで現在行われている自民党総裁選を見ながら、どうしても苦笑してしまうことがある。あのキャッチフレーズが全く聞こえないからだ。

「百年安心年金」である。与党は二〇〇四年の制度改正でこう見えを切り、成果を繰り返しアピールしてきた。だが、社会保険庁のずさんな業務によってキャッチフレーズは吹き飛んでしまった。誰のものか分からない「宙に浮いた年金」や、保険料を払ったのに記録が残っていない「消えた年金」などの問題が相次いで表面化した。最近では、厚生年金の算定基礎となる標準報酬月額の改ざんも正式に明らかになった。

  問題解決の見通しは立たず、国民の怒りは収まらない。一連の問題は社保庁の組織や職員の体質に起因しているが、制度自体に不安を抱く人は多い。

  将来、少子化などが進めば、給付水準が下がる仕組みが導入されているからだ。こんな制度で百年先まで安心できる国民が何人いるだろうか。

近づく総選挙
  医療の問題と同様、老後の安心を託せる年金制度の再設計が必要だろう。さらに国民の関心が高い介護保険制度は定着した感はあるが、老いの支え手である介護職の人たちの待遇改善が急務だ。民間任せではなく、政治の力も問われよう。近く予想される総選挙では、景気対策が大きな争点になりそうだ。確かに重要な課題ではあるが、老後の問題は高齢者だけでなく、中年や若い世代にとっても大切なテーマである。
 基本はそれぞれの年代、個人が所得によって相応の負担をして支え合うことだ。その調整を図り、できる限り不満を小さくするのが政治の責任といえる。

  総選挙になれば、与野党ともさまざまな高齢化対策を打ち出してくるだろう。納得できる社会保障の将来像が描かれているか、人気取りの政策か。冷静に見抜く視点をもって判断したい。』
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2008.09.08 ☆有料ホーム まず届け出の徹底から
  8日、信濃毎日新聞→

  『老人福祉法で義務付けられている都道府県への設置届け出をしていない有料老人ホームが、長野県を含む15都府県で、少なくとも370施設に上る。

総務省の行政評価で、こんな実態が明らかになった。中には、都道府県が施設の存在自体を知らなかったケースもあった。

行政の監視の目や指導が行き届かないと、虐待などへの対応が後手に回る心配が高まる。

実際、無届けの施設で問題が相次いでいる。昨年、千葉県の施設で、入所者をおりや金具で拘束した虐待の疑いが浮上した。福島県では入居者を置き去りにして運営を放棄した施設もある。ずさんな運営の付けを負わされるのは、介護の必要なお年寄りである。

高齢者の一人暮らしや、老夫婦世帯は増えている。特別養護老人ホームは待機者が多く、「ついのすみか」として有料老人ホームの重みは今後、さらに増していく。

安心して利用できるホームにするために、まずは届け出を確実にする手だてを講じたい。都道府県が施設の存在を把握できるよう、市町村を含めた関係者が知恵を絞るときだ。

有料老人ホームは、2000年度にスタートした介護保険とともに急成長してきた。介護職員と設備を充実させると、ホームが提供する介護サービスが保険給付の対象となることも追い風となった。

一方で、自治体の窓口や消費生活センターに苦情や相談が寄せられてもいる。施設によってサービスの質にばらつきがあり、契約時の説明と入居後に提供されるサービスの内容が異なる、前払いした一時金が退去時に返ってこない-といったトラブルが絶えない。

厚労省が06年度の老人福祉法改正で、小規模のホームにも届け出を義務付けたのは、こうした事態を受けての措置である。

施設側が届け出をしないのは、経営基盤が弱く、行政から施設の改修や職員配置の改善を求められても、対応できない事情があるのかもしれない。

ホームには、高齢者の暮らしを支えている責任がある。第1にそれを自覚すべきである。

行政の側から無届けの施設を探し出すのは難しい面もある。見た目はマンションでも実態は老人ホームという集合住宅も増えている。地域をよく知る市町村や事業者との連携を密にして、把握に努めるほかない。

届け出を出発点に、施設運営の透明性を高め、利用者に情報を提供していく仕組みが求められる。』
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2008.09.02 ☆医師の増員 不足の実態にどう対応
  2日、北海道新聞→

  『大学医学部の定員を、将来は現在の一・五倍に当たる一万二千人程度にまで増やすべきだ-。厚生労働省の検討会が提言した。
地域医療の崩壊が叫ばれるなか、医師の増員は当然だろう。
文部科学省と連携をとりながら、目標年次を定めるなどして、できるだけ早く、提言を実現するよう、厚労省に求めたい。

 日本の医師不足は深刻だ。

 二〇〇六年の人口千人当たりの医師数は二・一人にすぎない。米国の二・四人、ドイツの三・五人など他の先進国と比べて、少なさが目立っている。
提言は、経済協力開発機構(OECD)加盟国平均の三・一人まで引き上げる必要があるとした。
医師は単に偏在しているだけだ、と厚労省は従来、医学部の定員を抑制してきた。しかし、各地から医師不足を指摘する声が続出し、六月に方針の転換を打ち出した。

 これを受け、文科省も来年度の大学医学部の総定員を、本年度より七百七十人増やし、過去最多の八千五百六十人とする方針を決めた。
それでも提言より三千人以上少ない。今後の具体的な増員計画を、早急にまとめる必要があろう。学生増に伴い、質の高い教育を確保するため、教員の増加や教育施設の充実も欠かせないはずだ。

 もちろん、医師の全体数を増やしただけでは、地域医療の改善につながらない。大都会への医師の集中、診療科によって大きく異なる医師の充足度の双方を解消しなければならない。
地方での医師不足を加速させたのは、〇四年に始まった新人医師の臨床研修制度だ。
自由に研修先を選べるようになった結果、都市の民間病院に新人医師が集中した。その玉突きで、医師不足に陥った大学病院が、地方の病院に派遣していた医師の引き揚げを続けている。

 研修制度の見直しを急ぎたい。厚労省は近く、制度の見直しに向けた検討会を、文科省と合同で発足させる。新人医師の意思を尊重しながらも、各地に満遍なく配置できる仕組みを作ってほしい。

 診療科では産科、外科、救急などで医師の不足が顕著だ。高度な技術習得が必要なうえ、時間外診療が多いためで、勤務医を辞めて、開業に転じる医師が後を絶たない。それがさらに、勤務医の労働を過酷なものにさせている。
離島などへき地の勤務医も含め、これらの医師への支援制度が必要だろう。もはや、地域の安心医療を「医師の使命」だけに頼る状況ではないのだ。』
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2008.09.01 ☆健保組合解散 付け回しが限界にきた
  1日、信濃毎日新聞→

  『国民健康保険の支援どころか、共倒れになりかねない事態が進んでいる。

 物流大手、セイノーホールディングス(岐阜県)のグループ企業31社でつくる「西濃運輸健康保険組合」が解散した。4月の高齢者医療制度の改革によって、制度を支えるための負担金の拠出が膨らみ、耐えきれなくなったためだ。加入者は、主に中小企業が入る国の政府管掌健康保険(政管健保)へ移った。

  西濃健保だけではない。多くの組合が苦境にある。本年度に入り、既に12組合が解散した。

  高齢者が多い国保の財政は、深刻な赤字に陥っている。このため現役世代の健保組合が、実質的に支える仕組みになっている。

  だが安易に付けを回すやり方では、健保組合の運営が早晩、破たんする。相次ぐ解散は、政策が招いた構造的な問題だ。

  健康保険組合連合会によると、高齢者の医療費への負担金は本年度、前の年度に比べて約5000億円増えた。全国約1500の組合のうち、9割が赤字となる見通しだ。

  年度の途中で保険料率を引き上げる組合もある。料率が政管健保の8・2%を上回れば、解散が視野に入るのは自然の流れだ。

  問題は、65-74歳の「前期高齢者」の医療費にある。この春の制度改革で、国保や健保組合などで財政調整して持ち合うことになった。実際には、国保を健保組合などが支援している。さらに政府は本年度、政管健保に出している国庫負担を、健保組合などに肩代わりさせる方針だ。

  政府には公費を投入しにくい事情がある。小泉政権下の2006年に、社会保障費の抑制方針を定めているからだ。07年度から毎年、自然増を一定部分、機械的に圧縮している。

  財政再建は重要である。だが数字合わせに終始するあまり、社会保障の分野にさまざまなゆがみが生じている。財政難の健保組合が政管健保へ移れば、国の支出は増える。これでは本末転倒だ。

  健保組合には大企業のほか、食品や印刷など業種ごとに企業が集まっている組合も少なくない。積み立ててきた保険料で、その業種ならではの保健事業を展開している。本来、政府の支援があってしかるべき仕事である。

  少子高齢化の実情とかけ離れた抑制方針は限界にきている。財源の問題に踏み込んだ医療保険制度の設計のやり直しが必要だ。まずは公費投入を含めて、支出の大胆な組み替えを検討したい。』
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2008.08.25 ☆健保組合解散/やはり抜本的見直しが要る
  25日、河北新報→

  『4月に実施された高齢者医療制度改革の「ひずみ」が、あらわになってきている。大企業の従業員らが加入する健康保険組合で相次ぐ解散が、それだ。本年度は既に前年度と同じ12組合に上る。解散せざるを得なかったのは、制度改革で高齢者医療を支える負担金が大幅に増えたのが一因だ。

  財政再建に向け公費負担の削減を目指す政府が、各医療保険制度間の格差是正を図る「財政調整」の名のもと、負担を健保組合に押し付けた結果だ。それは、財政調整という小細工では立ちゆかなくなりつつある現行医療保険制度の限界をも示す。

  医療を含む社会保障制度の抜本改革がどうしても必要だ。
  8月1日付で解散した物流大手、西濃運輸(岐阜県)を中核とするグループ各社の健保組合。負担金は前年度より約22億円、6割以上も増えた。それを補うには保険料率を現行の8.1%から10%超へ引き上げる必要があり、それに耐えられないと判断したからだ。

  解散後、加入者が移行したのは国が運営し中小企業の従業員らが加入する政府管掌健康保険だ。保険料率は8.2%。負担増はわずかで済む。無理して健保を維持する意味もない。そんな切羽詰まった選択を強いたのが4月の医療制度改革だ。

  関心が集まったのは75歳以上が対象の後期高齢者医療制度で、保険料の負担増や天引きが批判の的となった。が、同時に、65―74歳が対象の前期高齢者医療制度も整えられ、両制度に健保組合などが拠出する負担金制度も導入された。

  旧老人保健制度でも75歳以上に対する負担はあった。だが、大幅に増えたのは前期高齢者に対する負担だ。従来は退職者に限られていた支援対象が、高齢者率が高い国民健康保険の加入者らにも広がったためだ。

  この制度改革で、高齢者だけでなく、働く現役世代の負担もぐっと増したのだ。
  少子高齢化が進む中、現役世代が一定の高齢者医療費を負担するのはやむを得ないとしても、健保組合が解散するというのはどうも腑(ふ)に落ちない。高齢者医療に公費負担を増やせば避けられた事態だろう。政府にとって、その代償は軽くない。

   健康保険組合連合会は本年度、負担増から全国約1500の組合のうち9割が赤字になるとみる。医療制度改革の狙いの一つに、政管健保への公費負担(年間約8300億円)の削減もある。解散し政管健保に移行する西濃健保のような例が今後も相次げば、逆に公費負担が膨らむという結果を招きかねない。

  健保組合解散というほころびが、現行保健医療制度の破たんにつながりはしないか。公費を含め、医療保険の負担の在り方が厳しく問われている。』
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2008.08.24 ☆健保組合解散 限界超えた社会保障費の削減
  23日、讀賣新聞→

  『社会保障費の削減路線の無理が、いたるところで生じている。大企業が自前の健康保険組合を解散する動きもそうだ。
物流大手「セイノーホールディングス」のグループ企業31社でつくる「西濃運輸健康保険組合」が解散し、加入者は、主に中小企業従業員向けの政府管掌健保に移ることになった。

  母体企業の経営事情とは関係なく健保組合が解散するのは、極めて異例だ。政管健保の方が、企業も加入者も保険料負担が軽くなるというのが、その理由である。背景にあるのは、新しい高齢者医療制度が始まったことに伴う負担増だ。

 高齢者医療の制度改革は、75歳以上の「後期高齢者」に関するものだけでなく、65〜74歳の「前期高齢者」についても実施された。方式は異なるが、いずれも、現役世代が加入する健保組合が費用の一部を負担し合う。後期高齢者に対する支援は、昨年度までの老人保健制度でもあった。しかし前期高齢者医療への負担は新しく加わった。

  西濃運輸健保の場合、現行の保険料率は8・1%だが、高齢者医療に関する負担増により、10%以上に引き上げねば運営できない。政管健保に移れば保険料は一律の8・2%で済む。

  無論、西濃運輸健保だけの問題ではない。今年度は約1500ある健保組合の9割が赤字となる見通しだ。政管健保を上回る水準に保険料を上げざるを得ない健保組合は、解散を検討するだろう。政管健保への移行が続けば、国が政管健保に出している年間約8000億円の負担金も膨らむ。

  「健保解散」現象の根本的な原因は、国の社会保障費削減路線にある。市町村が運営し、高齢者の大半が加入していた国民健康保険の財政破綻(はたん)を回避するのが制度改革の眼目だが、同時に公費は抑制するというのだから、ツケは健保組合に回る。
高齢者の保険料負担と同様に、健保組合の負担も限界である。

  政府は社会保障費を毎年2200億円抑制する路線を維持するために、政管健保への国庫負担金のうち750億円を健保組合に肩代わりさせる法案も国会に提出している。多くの健保組合は、耐えられないのではないか。もはや、社会保障費の削減路線とは明確に決別すべきである。

  消費税を社会保障目的税として税率を引き上げ、超少子高齢社会に必要な財源を確保しなければならない。』
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2008.08.17 ☆社説 患者第一の医療へ効率化を推し進めよ――医療・介護の再生に向けて<上> (医療)
  16日、日本経済新聞→

 『へき地の医師不足、介護人材難など社会保障の土台である医療と介護を支える基盤が揺らいでいる。ほかの先進国に例をみない急速な少子化や長寿化も加わって制度そのものの持続性も危うい状況になってきた。

  医療と介護の現場では社会保障費の膨張を圧縮しようという政府の考え方に異を唱える声が強まり、政治の場でも与野党を問わずそれに呼応する勢力が増えた。今後、必要になる医療と介護の財源を着実に確保するために、社会保険料や消費税などの引き上げはいずれ避けられない。

将来世代の負担抑えよ
  貧困家庭など経済的な弱者のための安全網にほころびがないか否か、再点検することも不可欠だろう。

  しかし医療、介護という公的な制度には患者や制度の利用者、また一般の国民の目に付きにくいところに効率の悪さが温存されているのも事実だ。患者や国民が将来の負担引き上げを受け入れる素地を整えるためにも、まず、そうした無駄の一つひとつを効率的に直してゆく作業を徹底させなければならない。

  2007年度の医療費(概算)は33兆4000億円と、過去最高を更新した。前年度比3.1%増、額にして約1兆円の増加だ。概算医療費は労災にともなう医療費などは含んでいないが、国民医療費の98%をカバーしている。07年度は大きな制度改革や診療報酬改定の影響を受けなかったので、比較的高い伸びになったと厚生労働省は説明する。

  国民医療費のうち、患者が病院や診療所に直接払う「窓口負担」を除く医療給付費について、政府は将来の抑制目標を示している。06年度予算ベースの給付費は28兆5000億円。自然体で増加すれば高齢化の当面のピークである25年度に56兆円(名目値)に倍増するが、06年成立の一連の医療制度改革法の効果によって48兆円に抑える。

  給付費が国民所得に占める比率は06年度の7.6%から25年度に8.8%に高まる。これは制度改革を徹底させても日本経済の成長ペースより医療費の増加ペースのほうが高いことを示している。高齢化の加速を考えればやむを得ない面もあるが、一方で医療給付を支える現役世代の人口は少子化で減る一方だ。

  現役で働く人やこれから社会に出てゆく若者らの負担を過重にしないためにも、もう一段、給付費を圧縮する方策を考える必要がある。その際に重要な視点は、患者に強い痛みを強いない策を矢継ぎ早に講じることだ。具体例を3点挙げる。

  第1は、後発医薬品、いわゆるジェネリックの普及促進だ。大手メーカーなどが開発・販売する新薬と成分や効き目はほぼ同じだが、新薬の特許有効期間が切れた後にほかの医薬品メーカーが製造するために、開発費を大きく抑えられる。薬価は新薬の30―70%程度で済む。

  04年度時点の数量ベースの使用率は約17%。内閣府の試算によると、これを欧米並みの40%に高めれば医療費を毎年度2900億円程度、抑える効果がある。医師も患者も「安かろう、悪かろう」という固定観念を捨てることが大切だ。

  第2は、病院・診療所が健康保険組合などにあてて発行する診療報酬明細書の電子化を早急に完成させることだ。IT(情報技術)を応用することで治療法の標準化に役立つばかりか、特定の医師による過大請求が即座に見抜けるようになる。

電子化3年もかけるな
  明細書の発行枚数は年間約18億枚。その審査・支払いを担当するのが社会保険診療報酬支払基金だ。理事長など大半の常勤役員が厚労省・社会保険庁からの天下り組である。

  医科・歯科の明細書の場合、同基金に入る審査・支払手数料は一枚あたり約114円。この手数料も健保組合などが医療費として負担している。政府は審査・支払業務を11年度に完全電子化する方針だが、天下り組織のリストラと医療費圧縮に直結する電子化に3年も費やす余裕はない。早急に完成させるべきだ。

  第3は、重複検査などの是正だ。病院と診療所との連携を深めたり、ITを駆使して医療情報の開示を促したりすれば、検査や受診の重複はかなり少なくできるだろう。平均7日間を要する手術前の検査入院期間の短縮も課題だ。これらの適正化によって毎年度の医療費を最大で1400億円程度圧縮できるという。

  ほかにも課題は多い。診療報酬政策を過酷な勤務を強いられている病院医の技量を評価する体系へ根本から見直す、医師免許に更新制を導入する、公立病院の再編成を加速させる、などだ。いずれも患者は強い痛みを感じずに済む改革だ。世界に誇る日本の医療制度の持続性を高めるためにも断行すべき課題である。 』
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☆社説 無駄を省き、介護人材を確保せよ――医療・介護の再生に向けて<下>(介護)
  17日、日本経済新聞→

 『介護保険制度がスタートして8年がたち、来春には3度目の介護報酬改定が行われる。だが、介護をめぐる状況は厳しさを増している。

  2008年度の介護給付費予算は約6兆7000億円。半分が保険料、半分が国・自治体の公費だ。2000年度の給付費は約3兆2000億円だったが、06年度は約5兆9000億円と急増した。当初は保険利用を控えていた人がためらわず使うようになった影響が大きく今後は落ち着くとみられているが、高齢化の進展を考えれば財政的に楽観はできない。

介護保険の厳正運用を
  1号保険者(65歳以上)の保険料は全国平均で月額4090円と、制度発足当初に比べ1000円以上増えた。2号保険者(40―64歳)の保険料も概算で2410円から4123円に上昇している。これ以上の保険料引き上げも難しい。

   加えてここ数年深刻になっているのが人手不足だ。介護施設の経営者からは「募集広告を出しても反応がない」の声がもれる。介護福祉系の大学や専門学校では定員割れが著しい。厚生労働省の調査では介護分野で働く人は06年は約117万人で、前年より4.2%増えたが需要に供給が追いつかない。有効求人倍率は全産業平均1.02に対し介護関連は1.74だ。

  背景には仕事の内容に比べて低い処遇がある。30―34歳の福祉施設介護員の男性の年収は平均約336万円。これに対しサービス業の男性は同年齢で468万円だ(07年賃金構造基本統計調査)。

  介護職員数は14年には140万―160万人が必要とされる。厳しい財政状況のなかで、介護人材の確保が緊急の課題になっている。

  対策の第1は介護保険の厳正な運用だ。必要な人に必要なサービスを届ける大切さはいうまでもないが、歩けるのに電動車いすが貸与されていたり、自分で動ける人にタクシーの介助費が払われていたりする例もある。厚生労働省は04年度から介護給付適正化に取り組んでいるが、ケアプランのチェックなどはまだ3割の自治体しか実施していない。

  年間2000億円にのぼる福祉用具貸与や住宅改修の費用をめぐっては、不当に高い料金を請求する例も指摘されている。不適正な請求は厳しくチェックし返還を求めるべきだ。

  要介護認定を受ける高齢者の割合や1人当たり給付費は自治体により違う。徳島県の1号保険者1人当たり給付費は06年度が27万円で、埼玉県(16万円)の1.7倍だ。施設介護や後期高齢者が多いなどの事情はあるが、格差が合理的か精査し問題があれば改善が必要だ。

  全国に13万床ある介護療養病床では高額な介護報酬が払われており、11年度末での廃止が決まっている。医療面に十分配慮しつつ、補助金で老人保健施設への転換を促し撤廃を確実に進めなければならない。利用者の意識改革も重要だ。

  第2は経営努力だ。企業の中には複合経営や大規模化、業務の見直しなどで利益を確保し職員の処遇を改善したり、人事考課や研修、キャリアアップの仕組みを取り入れたりして人材の定着を図っているところもある。ところが、07年度「介護労働実態調査」では4割の事業所が経営効率化の努力をしていなかった。介護保険は本来、民間活力の活用を基本にしている。足腰の強い優良な介護提供者が育つ環境を整備することも大切だ。

海外人材の参入も視野
  とはいえ小規模事業主や非営利法人では職員の給与を上げようにも余力がないとの声が強い。となれば最後は制度の見直しに進まざるをえない。訪問介護や重度の介護を中心に介護報酬を上げる必要もある。無駄を省いて浮いた財源をあてるべきだが、足りなければドイツのように要介護度が軽度の人を事情がない限り保険の対象からはずすことや徴収者(現在40歳以上)の拡大、保険料引き上げなども検討せざるをえない。その場合は、国民として何を選択するか冷静な議論が必要になる。

  より多くの人材を呼び込むために、参入のハードルをできるだけ低くすることも大切だ。地位向上のためとはいえ介護福祉士の資格取得に一律に難しい国家試験を義務づけるような厚労省のやりかたは、そうした流れに逆行していないだろうか。

  それでも人材が足りなければ、海外から来てもらうしかない。その場合も、処遇を改善し魅力的な受け入れ態勢を整える努力が必要だ。インドネシアからの看護師・介護士の受け入れは当初計画の半分にも満たない。優秀な人材の獲得は国際競争にもなっている。何が障害だったのか。日本に来たいと思う環境づくりを今から考えておく必要がある。』
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2008.08.11 ☆厚生労働白書 働きづらさ どう改める
  11日、北海道新聞→

  『だれもが意欲や能力に応じて働ける社会をつくり、それでもなお、生活基盤を確保できない人の社会保障はどうあるべきか-。
今年の厚生労働白書は「生涯を通じた自立と支え合い」のタイトルで、就労と社会保障制度の関係をテーマにした。

  白書が力点を置いたのは、子育て支援や雇用対策など、現役世代を対象にした施策の必要性だ。それだけ、今の社会は働きづらい状況にあるということだろう。
その最たる例と言えるのが、出産などに合わせて仕事を離れる女性の多さであり、不安定な立場にある非正規労働者の増加だ。

  少子化の影響で、わが国の就労者数は減少の一途をたどっている。このままのペースで進むと、二〇三〇年での全国の就労者は、〇六年より千七十万人も減少することが見込まれる。
仕事と子育ての両立の難しさから今、妊娠や出産を機に離職する女性が七割もいる。
  出産後も女性が安心して働き続けられる施策を講じなければ、女性の仕事への定着率は改善せず、少子化にも歯止めはかからない。

  白書は対策として、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の実現、次世代育成支援の新たな枠組みの構築をうたうが、具体的な仕組みづくりは見えてこない。
  先に政府が発表した社会保障の緊急対策「五つの安心プラン」でも、認定こども園の導入促進に向けた財政支援や、児童の一時預かり事業の拡充など、少子化対策を盛り込んではいる。

  だが、必要となる財源についてはいっさい触れておらず、どれだけ実現できるかは不透明だ。
子育て支援を本気で考えるなら、まず、個別の事業について、目標年次や規模、財源を明示するべきではないか。
非正規労働者は、〇七年に千七百三十二万人にまで達した。〇三年以降、労働者全体の三割を超えている。賃金格差は拡大し、〇六年には年収二百万円以下の労働者が一千万人を超えた。

  政府は、ワーキングプア(働く貧困層)の温床とも言われる日雇い派遣を原則禁止する方針を打ち出しているが、白書が示す「意欲と能力を最大限発揮できる雇用の確保と環境整備」は、まだ不十分だ。

  白書を読んで気になった点がある。「社会保障を含む歳出全般にわたる抑制努力」「給付の効率化等」などの表現があることだ。
社会保障は当然、給付と負担のバランスで成り立つが、最初に給付の抑制ありきでは困る。』
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2008.08.10 ☆厚労省改革 国民や現場と意識を共有せよ
  10日、讀賣新聞→

  『社会保障への信頼回復は、内閣を挙げて取り組むべき課題だ。

  政府の有識者会議「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」がスタートした。先月、舛添厚労相が打ち出した「五つの安心プラン」に掲げられた「国民の目線に立った厚生労働行政の総点検」を始動させるものだ。

 有識者会議は当初、厚労省に設置される予定だったが、首相官邸の会議に格上げされた。
当然の措置だ。改革されるべき厚労省が取り仕切るのでは、信用されない。「国民の目線に立つ」ための基本中の基本であろう。
総点検、というからには、厚労省の組織の在り方を、すべて俎上(そじょう)に載せなければならない。

 社会保険庁の不祥事、ずさんな年金記録、エイズや肝炎など薬害問題の対応の遅れ、後期高齢者医療の混乱、医師不足など現状認識の甘さ――。厚労行政の不始末はキリがない。なぜ、このような状態になったのか。

 最大の原因は、現場感覚の欠如だろう。医療や福祉の現場、自治体などから、「厚労省のエリートは第一線の実情を知らない」との声が噴出している。
厚労省のキャリア官僚が自治体などの現場に出向するのは、大半が若手時代の一時期に限られる。審議会を通じて関係者の声を吸い上げるだけでは、皮膚感覚で問題を共有することはできまい。

 さらに、医師の資格を持つ「医系技官」という特殊な官僚グループもある。医療行政には高度な専門知識が必要とはいえ、独善に陥りがちだ。
人事制度を大胆に見直す必要がある。事務官と医系技官の壁を取り払うことはもちろん、自治体や医療現場などと、あらゆるレベルで多数の人材を交流させるべきであろう。
国民に対する説明力、発信力も貧弱過ぎる。後期高齢者医療の混乱ぶりがいい例だ。
制度の目指す方向性は良いとしても、高齢者の気持ちに配慮して、丁寧に理解を求めようという発想もなければ、態勢もなかった。こうした姿勢を改めない限り、何をしても、国民は不満と不信を抱き続けるだろう。

 役所の立て直しだけでは不十分なことも忘れてはならない。
厚労省の施策が右往左往し、信頼されないのは、社会保障の確固とした財源が確保されていないためでもある。組織改革と同時に、社会保障税の導入など、制度改革も急がねばならない。』
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2008.07.31 ☆療養病床 無理な削減は避けよ
  31日、信濃毎日新聞→

  『療養病床の削減を進めている厚生労働省が35万床を15万床まで減らすとした当初の目標を修正し、22万床を残す方向へ転じる見通しとなった。

介護施設やケアハウスなどの「受け皿」が、地域に不足している現状では、療養病床から退院した患者の行き場がなくなってしまう-。そんな声が医療の現場から出ているためだ。

療養病床には、主に慢性疾患の高齢者が長期で入院している。家庭の事情で入院している「社会的入院」も少なくない。

療養病床削減の目的は、長期入院を減らし、医療費を抑制することにある。医療の必要度の低い高齢者は、介護で支えていくのが本来望ましい。削減の考え方そのものは一定の説得力をもっている。

であればこそ、厚労省は数値目標を掲げる前に、十分な受け皿を用意するべきだった。政策を進める順序が逆である。

地域医療の現場を混乱させ、患者や家族の不安を招いたことを、厚労省は反省してもらいたい。

そもそも進め方が強引だった。

療養病床には医療保険を使う医療型と、介護保険を使う介護型がある。ここ4、5年の間に、医療型23万床を15万床に減らし、介護型12万床を全廃する計画だった。

約6割という急激な削減である。現場に動揺と混乱を生むのは避けられない。

厚労省は削減を促すために、療養病床の診療報酬を引き下げた。この結果、収益悪化で閉院する医療機関や、退院を迫られる患者が相次いだ。

厚労省の姿勢には、ちぐはぐな面も目立つ。

特別養護老人ホームはどこも満杯状態だ。受け皿を広げるには、在宅の療養・介護の基盤整備が欠かせない。だが、06年度の介護保険制度改正では、在宅介護サービスの利用も制限された。

介護型の療養病床は2000年度の介護保険制度開始で導入されたばかりだ。それが10年余りで廃止になる。相次ぐ政策変更に不信感を抱く医療機関が少なくない。病床削減が進まない一因だ。

厚労省が給付抑制に走るあまり、サービスが使いにくくなり、制度は後退する。これでは本末転倒である。

22万床という新たな目標は、各都道府県の計画の積み上げに基づく数値という。これも実際に削減を進めていくときは、地域の事情に丁寧な目配りが必要だ。国が押しつけるべきではない。』
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2008.07.24 ☆介護労働 処遇の改善が急務だ
  28日、中日新聞→

  『高齢者によい介護を提供したいと意欲的な介護従事者は多い。にもかかわらず離職が多いのは、厳しい労働の割には給料が低いためだ。仕事に見合う処遇にし、安心して働けるようにすべきだ。

  介護保険制度が二〇〇〇年に始まった際、ホームヘルパーや介護福祉士などは高齢者介護を担う重要な人材としてもてはやされた。

  都道府県認可のヘルパーの養成講座には多数の受講者が参加し、国家資格の介護福祉士を目指す専門学校や大学には多くの若者が夢を抱いて入学した。

  厚生労働省の「介護労働者の確保・定着等に関する研究会」がまとめた中間報告は、その様相が大きく変わったことを示している。
介護福祉士の資格を取得しながら実際に介護・福祉の現場で働いているのは六割弱の二十七万人にすぎない。専門学校では定員割れが相次ぎ、大学の社会福祉系学部でも入学者は定員ぎりぎりだ。

  これほど人気がなくなったのは「仕事内容の割には給料が安い」「仕事への社会的評価が低い」など労働条件がよくないことが広く知られるようになったからだ。

  常用労働者の給与は、男性の場合、全産業平均で三三・七万円だが、介護関係では二一・四万円と十二万円以上も低い。女性の場合も同様に低水準である。

  他産業に比べて賃金カーブにおける上昇率が低いのも特徴だ。
  一年間の平均離職率も全産業平均が16・2%だが、介護では21・6%と高い。勤続三年未満の離職は75%に達する。離職が多い最大の要因は処遇の悪さだろう。

  介護従事者数は二〇〇〇年の五十五万人から〇六年には百十七万人に増えたが、要介護の高齢者の増加、介護期間の長期化などで、数年後には最大百六十万人が必要とされる。これだけの人数を確保・定着させるには、介護職場を魅力あるものにしなければならない。

  先の国会では、介護従事者の処遇改善法が全会一致で成立した。 この具体化の一環として来年四月の三年ぶりの介護報酬改定では思い切って介護報酬を引き上げるべきだ。そのために財源のめどをつけておくべきである。

  介護現場では、介護技術向上のための研修体制、介護能力の給与への反映も不十分である。小規模事業所ほどこの傾向が強い。こうした労働環境も改善すべきだ。
救いは介護従事者の多くは介護業務に「働きがい」「やりがい」を感じ、長く続けたいと思っていることだ。その意欲に報いたい。』
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2008.07.22 ☆医師不足対策 増員だけでは10年かかる
  22日、讀賣新聞→

  『医師不足を解決するには、相当に思い切った対策が必要だろう。
厚生労働省がまとめた「安心と希望の医療確保ビジョン」を具体化するための有識者会議が発足した。
厚労省は新ビジョンで、医師の養成数をこれまでの「抑制」から「増員」へと方針転換した。
医学部の入学定員を現在の約7800人から、どこまで増やしていくのか。有識者会議はまず、これを明示する必要がある。
医師数の抑制方針がとられる以前は、最大で年間8300人の医師を養成していた。ピーク時の水準までは早急に回復させるべきだろう。その上でさらに増員するのか、展望も示さねばなるまい。

  だが、医学部の入学者が一人前の医師になるまでには、10年程度かかる。増員計画と同時に、即効性のある対策も不可欠である。
喫緊の課題は、新人医師の臨床研修制度の改善だ。

  かつて新人医師の大半は、大学病院の医局で研修していた。しかし、専門分野に偏った医師が育つ弊害が目立ったために、一般病院でも研修できるようになった。

  若い医師に幅広い臨床能力を身につけさせるという、制度の目的は理にかなっている。
ところが、研修医が予想以上に減って人手不足となった大学病院が、自治体病院などに派遣していた中堅医師を引き揚げた。
これが急激な医師不足現象の大きな要因である。研修医の多くは都市部の病院を研修先に選び、医師偏在に拍車もかけつつある。

  これを改めるには、研修先の選択方法に工夫が求められる。各都道府県に満遍なく研修医が配属されるような定員調整が必要だ。
また、これまで大学の医局に医師派遣を頼ってきた自治体病院に対し、必要な医師を配置する仕組みや組織作りも重要である。
有識者会議は、診療報酬の在り方にも踏み込んでもらいたい。

  今日の医師不足は、言い換えれば「勤務医不足」だ。
総じて勤務医は、開業医より収入が低く、長時間勤務で医療に従事している。産科や小児科、救急など、昼夜を問わず診察を求められる部門は過酷だ。耐えかねた医師が開業医に転身している。
現状に歯止めをかけるには、勤務医向けの診療報酬を大胆に手厚くする必要があろう。開業医が交代で病院の夜間診療を応援する、といった取り組みにも、大いに報いるべきだ。

  本当に必要な医療に、財源を集中することが重要である。』
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2008.07.14 ☆介護開国 人材育成の意識忘れず
  14日、北海道新聞→

  『インドネシアからまもなく、看護師と介護福祉士合わせて約三百人が来日し、医療や福祉の現場で働き始める。
人的交流などで経済の活性化を目指す両国間の経済連携協定に基づく来日だ。日本が初めて本格的に受け入れる外国人看護師、介護福祉士となる。

  私たちの社会は、急激な少子高齢化の渦中にある。各分野での外国人労働者の活用と、そのための施策が必要だ。開かれた国への第一歩として、今回の来日を歓迎したい。
  来日する三百人は半年間、日本語研修を受ける。その後は受け入れの医療機関や福祉施設で、日本人と同等の待遇で助手や研修生として実習を重ね、日本の国家試験に備える。
気がかりな点もある。
  看護師は来日から三年の間に、介護福祉士は四年以内に、国家試験に合格しなければならないことだ。
  合格できれば無期限で国内で働くことができるが、不合格だと帰国を余儀なくされる。合否のカギは、受け入れ施設での実習に掛かっているとも言える。

  受け入れ側は安易に、労働力の確保ととらえてはいけない。医療や介護の現場を支える人材を育てるという意識が必要だ。
  言葉の問題に加え、宗教面での配慮も欠かせない。インドネシアにはイスラム教徒が多い。食事をはじめとして、日常生活で実習生がとまどうことも少なくないだろう。
  周りの人が文化の違いを十分に理解し、温かく見守らなければならない。
  国も実習生への指導を、受け入れ施設に任せきりにせず、実習の実態把握などに努めるべきだろう。

  国内での看護や介護分野は、慢性的な人手不足に陥っている。背景には、夜勤の多さなど労働環境の厳しさと介護報酬の引き下げによる賃金の低さなどがある。

  国はこの面での是正にも力を入れるべきだ。外国人看護師、介護福祉士の定着につながるとともに、国内に潜在する人材の掘り起こしにもなるからだ。
  インドネシアとの協定では、今年から二年間で合わせて一千人を受け入れることになっている。今年の受け入れ枠は五百人だったが、同国内での周知が遅れたこともあって、枠を満たせなかった。

  来年以降には、同様の協定でフィリピンからも二年間で最大一千人の看護師と介護福祉士が日本にやって来る見込みだ。

  今回来日する三百人の実習が順調に進むことが、今後、日本の看護や介護の現場で働こうする外国人への呼び水となろう。 』
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2008.06.29 ☆終末期医療 みんなで考える契機に
  30日、信濃毎日新聞→

  『後期高齢者医療制度に伴い新設された「終末期相談支援料」が、わずか3カ月で凍結された。きわめて異例の方針転換だ。

  自分はどのような終末期医療を望むのか、延命治療を希望するのか-。それを事前に意思表示する「リビングウイル」について、医師らが患者や家族と話し合って文書にまとめると、2000円の診療報酬をつける。それが終末期相談支援料の仕組みだ。

  厚生労働省の2003年の国民意識調査では、リビングウイルの考え方に6割が賛成している。にもかかわらず、相談支援料に対しては、高齢者らから猛反発が起きた。人の生き死ににかかわるデリケートな問題を、お金を介在させて後押しした厚労省の無神経さゆえである。

   ただ、これで終末期医療をタブー視してはいけない。医療の進歩によって、経管栄養や人工呼吸器など延命治療の選択肢は増えている。本人の意思が分からなければ、いざというときに医師の独断が入ったり、動揺している家族に悔いの残る選択を強いたりすることにもなりかねない。なによりも大事なのは、最期までどう生きたいのか-という患者本人の意思だ。そのために、一人一人が日ごろから終末期の医療について自らのこととして考え、家族と対話していくことが欠かせない。延命治療の選択は、なにも75歳以上に限らない。
本人の意思決定を尊重し、支える環境を整えていくことも、あわせて必要だ。多くの人は、住み慣れた場所で最期を迎えたいと望んでいる。だが、現実には在宅医療に踏み切れず、病院で亡くなっている。

  終末期を在宅で過ごすためには、在宅療養や介護サービスの手厚い態勢が前提となる。苦痛を除いて、残された人生の質を高める緩和ケアの充実も求められる。相談支援料のあり方について、厚労省に再検討を求めたい。

  相談支援料が導入された背景には、老人医療費が膨らむなかで、終末期の医療費を少しでも抑えたい、という思惑が透けてみえる。筋萎縮(いしゅく)性側索硬化症(ALS)などの難病患者や、重度障害者の間には、相談支援料が「無言の圧力」となって、延命措置を望まない-と意思表示せざるを得ない状況に追い込まれるのではないかという懸念も広がっている。

  いのちにかかわる選択を、診療報酬で画一的に促すやり方はなじまない。患者本位の仕組みを、時間をかけて探るべきだ。』
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2008.06.24 ☆骨太方針原案 社会保障財源を明確に示せ
  24日、讀賣新聞→

  『社会保障を支える確かな財源を示さなければ、日本経済の将来展望を描いたとは言えない。
経済財政運営の指針となる「骨太の方針2008」の原案がまとまった。

  原案は、歳出改革だけでは対応しきれない社会保障などの負担増について、前年と同様、「安定的な財源を確保し、将来世代への負担の先送りは行わない」と明記した。消費税率引き上げの必要性を暗に示した形だ。
だが、消費税を含む抜本的な税制改革について「早期に実現を図る」にとどめ、具体的な展望を示さなかった。
先進国で最悪の財政を立て直し、これから急増する社会保障給付に対応できる制度を再構築せねばならない。消費税率引き上げの必要性について、もっと明確に示すべきではなかったか。

  もちろん、歳出削減による財政規律の維持も重要だ。歳出について「最大限の削減を行う」方針を堅持したのは妥当だ。予算の無駄遣いは後を絶たない。増税に国民の納得を得るためにも、歳出削減の手を緩めてはならない。
とはいえ、歳出の削減だけで問題は解決できない。

  基礎年金の改革は、社会保険方式の修正案で5兆円台半ば、消費税率にして2%強の新たな財源がいる。全額税でまかなう方式なら、4・5〜13%の税率アップが必要となる。

  医療給付は2025年度までに1・7倍、介護給付は2・6倍に膨らむ。この期間の国民所得の伸びは1・4倍にとどまる。給付の増大を、税の自然増収ではまかないきれない計算だ。

  深刻な医師不足や少子化への対応、国益を守るための政府開発援助(ODA)の戦略的活用など、予算を増やすべき分野もある。
過激なダイエットが体に悪いように、歳出削減も過ぎれば、副作用が出る。
医療や介護の現場は、過酷な労働と低賃金で疲弊しているが、報酬のアップもままならない。

  社会保障費は07年度から2200億円ずつ、5年で計1・1兆円削減される。原案は前年と同様、事情によっては削減額の一部を後年度に回す余地があるとした。しかし、歳入増のあてがなければ、安易な前借りは許されない。
一般に「増税よりも歳出削減が先」という主張はうけがいい。それをタテに、消費税率引き上げという「苦い薬」をためらい続け、改革を先送りすることがあってはなるまい。』
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2008.06.24 ☆医師増員 偏在解消を急ぐべきだ
  24日、沖縄タイムス→

  『地域の深刻な医師不足に対処するため政府は、医師数の「抑制」という従来の方針を改め、計画的に「増員」していく考えを打ち出した。四半世紀ぶりの路線転換である。

  医師が過剰になったり、医療費が増えたりすることを懸念して政府は一九八二年、「医師数の抑制」を閣議決定した。
医師不足が社会問題化したことを受けて二〇〇六年、一部大学医学部の定員増を認めたが、その時にも「引き続き医学部定員の削減に取り組む」との一九九七年の閣議決定は変えていない。

  今回、九七年の閣議決定を見直し、「抑制」から「増員」への路線転換を打ち出したことは、医師不足解消に向けて政府が本腰を入れて取り組む姿勢を示したものと受け止めたい。むしろ遅過ぎたぐらいだ。
地域医療をむしばんでいる医師不足には、さまざまな要因が複合的に絡んでいる。
若い医師は先端の技術を学びたいという意向が強く、離島や辺地には行きたがらない。過重労働を強いられる病院勤務に嫌気がさして、条件のいい開業医に変わる医師も後を絶たない。訴訟リスクを抱える産科や小児科などは、敬遠されがちだ。

  二〇〇四年に新人医師の臨床研修制度が義務化され、都市部への研修希望が集中した。研修医が減った大学病院は過疎地などに派遣していた医師を引き揚げた。

  問題なのは、「医師の偏在」が急速に進んだ結果、必要な医療が受けられないという深刻な現象が各地で起きていることだ。
県議会の二月定例会で仲井真弘多知事は「女性医師の再就業の支援や勤務環境の改善を図り、中長期的な医師確保につなげていきたい」と答えた。

  医師不足が深刻な産科や小児科の女性医師の中には、子育てと仕事の両立に悩んでいる人が少なくないという。しばらくの間、「非常勤で、短時間働きたい」と希望する女性医師に対しては、多様な勤務形態を認めるなどの柔軟な子育て支援策が欠かせない。
琉球大学医学部の定員を増やしても、それが直ちに県内の医師不足の解消につながるわけではない。新人医師が、医師不足を訴える離島・辺地や産科・小児科などに勤務して初めて、医師不足解消に役立つのである。

  医師不足で困っている地域や医師の少ない診療科目に新人医師を誘導していくためには、魅力的な施策を打ち出す必要がある。
福田康夫首相は、社会保障費の歳出抑制路線は今後も堅持するという。医師増員のための財源はどこから捻出するつもりなのだろうか。政府内の調整は進んでいないようだ。

  財源問題が詰められていないため、どのくらい医師を増やしていくのかも、まだはっきりしない。
政府は社会保障費の伸びを年二千二百億円ずつ圧縮する目標を掲げ実施してきたが、抑制路線を維持するのはもはや困難だ。
医療費の削減が、結果として「医療崩壊」を招いている現実を直視しなければならない。』
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2008.06.23 ☆医療立て直しの第一歩 医師増員
  23日、中日新聞→

  『政府が大学医学部の定員削減を定めた閣議決定を撤回し、増員を決めたことは当然である。特に病院の医師不足で深刻な医療崩壊を招いただけに遅すぎたぐらいだ。早急に具体化を図る必要がある。
  
  医師養成数について政府は一九八二年、削減することを閣議決定した。九〇年代に入って既に離島や僻地(へきち)などでの医師不足が指摘されていたのに、医療費抑制の一環として九七年の閣議で削減方針を再度駄目押しする過ちを犯した。
  この結果、人口千人当たりの医師数は二・〇人とベルギーの四・〇人、独仏やスウェーデンなどの三・四人をはるかに下回り、経済協力開発機構(OECD)の中で二十七位(二〇〇四年)にまで下がってしまった。
過度な医療費抑制策が招いた結果を真摯(しんし)に反省すべきだ。
具体的にいつからどれくらい定員枠を広げるのかなどを早急に詰め、実行してもらいたい。

  政府が医師養成の増員へ方針転換したのはいいが、一人前の医師が育つのに十年以上かかるといわれているだけに、すぐに医師不足が解消するわけではない。
  さらに、養成数を増やしても、その分が将来、離島や僻地など地方へ赴くとは限らない。
  医師養成数の増加という長期的な政策とは別に、当面の対策も練り直さなければならない。

  現在でも医師数は毎年四千人ほど増えているが、それでも地方の医師不足が深刻化しているのは、医師が都市に集中するためだ。
地方に赴任しやすくするには、関連する医療機関同士で交代制を敷き、地方勤務を終えたあとの復帰先を確保することが必要だ。離島を多く抱える沖縄県は以前から県立中部病院を中心に交代勤務体制を整えており、参考になる。

  医師が病院勤務をやめ、開業する背景には病院勤務の厳しい労働環境がある。この状況を正すには、開業医寄りの診療報酬を病院重視の体系に改めなければならない。四月の診療報酬改定で多少改善されたが、まだ不十分だ。
  医療従事者の業務範囲の見直しも必要だ。例えば能力の高い看護師・助産師の裁量権を拡大し、血液検査など医療行為の一部を任せるようにすれば、医師の負担は軽減され、難しい症例に専念でき、医療の質の向上にもなる。

  看護師など他の医療従事者も過酷な労働に耐えかねて離職が後を絶たない。医師同様に労働環境や待遇の改善を図り、国民が安心できる医療を目指したい。』
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2008.06.23 ☆医療ビジョン 定員増だけで事足りぬ
  23日、北海道新聞→

  『医師不足の解消に向けた「安心と希望の医療確保ビジョン」を厚生労働省がまとめた。

  大学医学部の定員増が柱だ。地方を中心にした深刻な医師不足を考えると、医師数の増加対策は当然で、むしろ遅すぎたくらいだ。
ただ、医師を増やしただけでは問題は解決しない。医師を過不足なく、全国にどう行き渡らせるかという視点が必要だろう。ビジョンにはそれが欠けているようにみえる。

  大学医学部の定員は、一九八〇年代前半の約八千三百人をピークに減少に転じ、二〇〇七年には七千六百人にまで減った。医師の需要予測をもとに、政府が一九八二年に医師の抑制方針を、九七年には削減方針をそれぞれ決定したためだ。
確かに、医師の数自体は、毎年三千五百人から四千人のペースで増えている。

  それでも医師不足と言われるのは、医師が大都会などでの開業医に偏り、地方の中核病院などに勤務する医師が必要数を満たしていないからだ。道が最近まとめた調査結果でも、道内の病院の36%が「緊急に常勤医が必要」と答えている。
勤務医不足の背景にあるのは、宿直明けの通常勤務など、多くの医師が過酷な勤務を強いられていることだ。厳しい勤務環境から、病院を退職し、開業に転じる医師が増えている。それが、勤務医の労働条件をさらに悪化させている。
  打開策として、ビジョンは「非常勤医師の活用により地域医療を支える多様な勤務形態の導入」をうたうが、そもそも、こうした出張医となる人材すら足りないのが、大都会から離れた地方の実情だ。
不足がとくに目立つ小児科や産科への目配りも薄い。たとえば、産科について、医師との連携で助産師が正常分娩(ぶんべん)を扱えるよう、院内助産所などを導入するとしている。

  だが、地方には医師の辞職で産科が休診に追い込まれた病院は少なくない。連携すべき医師が不在なのだ。厚労省は地方の実態を十分に把握しているのだろうか。
  医師不足に拍車をかけたのは〇四年に始まった新臨床研修制度だ。新卒医師の研修先が、都市の民間病院に集中、出身大学が医師確保のため、地方の自治体病院などに派遣していた医師の引き揚げを始めた。

  この連鎖を断ち切らねばならない。ビジョンでは是正策として「医師不足が深刻な診療科や地域医療への貢献を行う臨床研修病院等を積極的に評価」「研修医の受け入れ数の適正化」を掲げる。
  これをどう肉付けしていくか。地方の実態に沿った検討が急務だ。』
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2008.06.02 ☆介護報酬 待遇改善へ見直しを
  2日、信濃毎日新聞→

  『在宅介護を支える柱となる、訪問介護サービスの事業所が減っている。いまの介護保険制度では採算を確保しにくいことから、事業所の縮小や廃業が進んでいるとみられる。

  介護事業所や福祉施設の人手不足は、慢性化している。介護労働者の離職が止まらないからだ。仕事の大変さに比べて、賃金が低く、やりがいを見出しにくい。介護保険で事業者に支払われる報酬は、膨らむ給付費を抑えるため、これまで2回、引き下げられた。その結果、高齢化で介護を必要とする人は増えているのに、支える人材は流出し、事業者が撤退していく。これでは制度の基盤が崩れてしまう。2009年度に3回目の報酬改定が予定されている。高齢社会を支える人材を、劣悪な労働環境に押し込めていては、制度の健全な運営は望めない。サービスの質を確保するためにも、国は介護職の待遇改善に向けて、報酬の在り方を見直すべきだ。

  国は06年度の報酬改定で、要介護度の軽い人に対して、訪問介護のうち料理や掃除などの「生活援助」サービスの利用を制限した。この影響に加えて、人手不足などによる経営難が、働く人の状況を厳しくしている。長野県内のある訪問介護事業所は、男性ホームヘルパーの結婚退職が相次いでいる。家族を養えるだけの収入がないため、見切りをつけざるを得ないという。

  厚生労働省の06年の調査では、男性ヘルパーの平均賃金は月23万600円。福祉施設の介護員は、さらに低い。全産業の37万2000円と大きな開きがある。介護労働者は非正規雇用が少なくない。離職率が高いのも特徴だ。

  この夏にはインドネシアから、看護師の介護施設などへの受け入れが始まる。低賃金・重労働の現場を、外国人労働者に下支えさせることにもなりかねない。

  今の国会で「介護従事者処遇改善法」が全会一致で成立した。中身は、来年4月までに「賃金をはじめとする処遇の改善」の必要があると認めるときは「必要な措置を講ずる」との1条だけ。具体策を早急に詰めなくてはいけない。舛添要一厚労相も「プロであるべき介護士の処遇が良くないのは問題だ」と発言、報酬の引き上げを目指す考えだ。

 そうあるべきだ。ただ、その際、増えた分の報酬が労働者の人件費にどう配分され、一定の給与水準を確保できるか、がカギになる。知恵を絞ってもらいたい。』
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2008.06.01 ☆社会保障予算 抑制は限界ではないか
  1日、北海道新聞→

  『ここまで医療や福祉などの現場に深刻な影響が出ているのだから、社会保障費の抑制目標が行き過ぎているなら思い切って見直してはどうか。

  来年度予算の基本方針を定める「骨太の方針」に、社会保障費の自然増分を毎年二千二百億円抑制する政府目標を盛り込むかどうかで、与党内の対立が激しくなっている。
自民党の厚生労働関係合同部会が後期高齢者医療制度への批判を受け、来年度は抑制を見送るべきだと決議したのがきっかけだ。

  福田康夫首相は政府目標を維持する方針を変えていないが、政府内からも「抑制は限界に近い」との声が出ている。
むろん社会保障費とて聖域ではなく、いたずらな膨張は許されない。だが、抑制のしすぎが医師不足による地域医療や救急医療の崩壊の一因と言われているのだから、すぐにでも改めるべきだろう。

  国の社会保障費は高齢化に伴い毎年約八千億円ずつ増え、本年度は約二十二兆円に達している。 抑制の政府目標は小泉純一郎政権時代の二〇〇六年に作られた「骨太の方針」に盛り込まれた。 国債関係費を除いた歳入と歳出の差である基礎的財政収支(プライマリーバランス)を一一年度に黒字化する-。 その方策の一つとして掲げられたのが社会保障費の自然増分を五年間で一兆一千億円圧縮する計画で、単年度では二千二百億円になる。

  この数値目標がいまも生きているのだ。政府内では来年度も雇用保険の国庫負担削減などで歳出を抑制する案が浮上している。雇用の改善で積立金に余裕が出てきたためだ。 だが、こんな場当たり的な対応を続けていては、いずれ行き詰まってしまう。
医療や福祉の水準をこれ以上落とさないためにも、過去の数値目標に縛られることなく、もっと柔軟に対応していい。 その際、忘れてならないのが基礎的財政収支を黒字化するという目標の堅持だ。 なし崩し的に歳出が増えるようなことがあってはならず、限られた予算の中でやりくりし、優先順位をつけて配分することがますます重要になってくる。

  首相は道路特定財源を来年度から一般財源化する方針を表明している。道路族議員や国土交通省の抵抗を押し切って、どこまで医療や福祉に回せるかも大きな課題だ。 社会保障の維持と財政再建を両立させつつ、国民の生命や安全にかかわる部分にはきちんと予算をつける必要がある。』
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2008.05.22 ☆介護職の人手不足 早急な待遇改善が必要
  22日、秋田魁新報→

  『福祉サービス事業で、介護にかかわる人手不足が深刻化している。低賃金や過酷な労働に耐えかねて離職者が増加しているためだ。スタッフが足りず、新たな利用を断るケースも出ている。サービス水準の低下を招かないためにも、国は早急に待遇改善などに取り組むべきだ。

  介護現場が人手不足となったのは、事業者に支払われる報酬単価が2006年度の制度改正に伴って引き下げられたことが大きく影響している。これによって業界の給与水準が下がり、人材が他産業に流出。さらに、事業所の採算悪化によって新規採用もままならないという悪循環に陥りつつある。

  県内でも人材確保に四苦八苦する事業所が目立ち始めた。県社会福祉協議会の福祉保健人材・研修センターが昨年公表した調査結果では、「介護職」の2235人のうち、06年度中に退職した人は299人(13・4%)。このうち勤続1年未満で辞めた人は4分の1の79人を占めている。

  また、介護報酬が抑えられたため、経営の見通しを立てにくい事業所側は正規採用を控え、人材不足をパートで補おうという姿勢が顕著。07年度の月別有効求人倍率も全業種で平均0・6倍前後だったのに対し、介護職は1倍以上の高い水準で推移している。こうした状況について「欠員が出れば資格を持っていなかったり、全くの未経験者のパートで補うケースが多く、このままでは利用者のニーズに十分対応できなくなる」と危惧(きぐ)する関係者も少なくない。

  全国的には、人手不足のしわ寄せが利用者に及ぶケースも頻発するようになった。「障害者の地域生活確立の実現を求める全国大行動実行委員会」が国内の約70事業所を対象にした調査では、06年度以降に6割以上がスタッフの賃金を引き下げ、「新規の介護利用を断らざるを得なかった」との回答も4分の3以上に上った。必要なサービスが受けられないとあっては「何のための介護保険制度化か」といった不満の声が噴出するのも当然だろう。

  こうした局面の打開を狙ってか、経済連携協定(EPA)に基づいて7?8月にインドネシアから介護士と看護師が来日することが先日決まった。介護業界からは歓迎の声が上がるが、日本介護福祉士会など関係団体は「コミュニケーションが一番大事な介護は、外国人には難しいのではないか。国内で人材を確保できるような待遇改善が先だ」と疑問視する。十分な議論がないままの外国人受け入れは、介護現場に混乱を生じさせかねない。

  今年秋には、3年に1度の制度改正論議が本格化する。高齢化の進展に伴って介護ニーズが増えている中、制度の基盤となるサービスの質が低下する事態は避けなければならない。財政再建の下でも政府は人材確保策に本腰を入れるべきだ。』
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2008.05.19 ☆介護保険 安易に切り捨てずに
  19日、信濃毎日新聞→

  『介護保険制度は本年度が見直しの年にあたる。介護給付費の抑制を目指す財務省は、要介護度の軽い人のサービス利用を制限した場合、保険料や国庫負担がどれくらい減るかという試算を、財政制度等審議会に示した。今後、厚労省と検討していく際の資料になる。

  試算は3通りある。「要支援」1、2と「要介護」1-5の計7段階に分かれた要介護状態の区分のうち、「要支援1」から「要介護2」までの「軽度」の人について、▽制度から外す▽家事支援など生活援助サービスのみの人を外す▽自己負担を現在の1割から2割に引き上げる-だ。

  介護保険の台所事情は苦しい。本年度予算の介護給付費は、2000年度に制度が始まった時の2倍以上、6・9兆円となった。国の財政が厳しい中で、給付の伸びの抑制は、切実な課題だ。
半面、財政事情に目を奪われて、直ちに見直しに走るのは危険だ。介護を必要とする人を切り捨て、制度の理念をゆがめるおそれがある。慎重に臨んでほしい。
「要介護2」の人は、介護サービスの支えがなければ、実際、暮らしていけない。自力で歩くことができなかったり、認知症が始まっていて判断能力が衰えていたりする状態にある。
長野県内も核家族化が進み、認知症でも1人暮らしをしているお年寄りや、夫婦ともに要介護状態の老老世帯が珍しくない。生活援助サービスは、生きていくための“命綱”にほかならない。

  こうした人たちへの給付を減らすのは、介護の不安や負担を社会全体で支える、という制度の理念に反する。
  介護を受けている人の多くは医療の助けも要る。後期高齢者医療制度(長寿医療制度)も始まっている。介護保険で自己負担を重くすれば、医療と二重の負担増を強いられる人も出てくる。

  より自立の状態に近い「要支援1」と「要支援2」を、介護保険の枠内に置くべきかどうかは検討の余地がある。だが、この区分も、介護予防の観点から、3年前の見直しで新設されたものだ。あまり目まぐるしく変えては、利用する人が戸惑ってしまう。
介護保険の対象となる高齢者は増え続ける。制度を健全に維持するために、高齢者に応分の負担を求めるのは、ある程度やむを得ない。ただし、見直し議論にあたっては注文がある。それは、中長期にわたって持続可能な制度への見取り図を、まずは示すことだ。』
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2008.05.18 ☆アジアの優しき人々 週のはじめに考える
  18日、中日新聞→

  『この夏から医療や介護の現場に働くインドネシアの人々の姿がみられそうです。外国人への門戸開放の一歩。高齢社会日本の希望と不安が交錯します。
  高度経済成長に入る直前の昭和三十年代の東京の下町の「夕日町三丁目」とそこに暮らす人々を描いた二〇〇五年の映画「ALWAYS 三丁目の夕日」は記録的な大ヒットでした。

  美化しすぎのきらいがなきにしもあらずですが、木造の住宅と商店、都電やオート三輪、三種の神器だったテレビなどが懐かしさを誘いました。売れない純朴な青年作家と少年の共同生活や小料理店のおかみとの不器用な恋、それを見守り励ます近隣の人々の物語は心をほのぼのともさせました。

言葉の壁は越えられる
  貧しくとも心ゆたかで温かなコミュニティー。人々への思いやりはどんなに時代が変わろうと、変わらない大切なものだというのがメッセージなのでしょうか。昨年の続編も前作に負けないほど好評だったといわれます。
残念ながら、夕日町三丁目とそこでの人々の悲喜こもごもの暮らしはコミックマンガやスクリーンの中に閉じ込められ、日本の現実の世界から消えてしまいましたが、東南アジアの国々では、今なおいたるところに夕日町三丁目と心優しき人々が存在しています。
混雑したバスや運河を渡る舟の中では、若い娘さんがごく自然に席を譲ってくれたり、手を引っ張って岸へ引き上げてくれます。ワシントンからバンコクへ国際会議の取材にきた同僚が涙を流さんばかりに感激したこともありました。
  同僚記者の仕事が一段落するタイミングを見はからって会議内容を報告する取材助手の女性の気くばりに感心してのことで、何事も自己中心の米国では相手の都合など考えてくれないのだ、というのでした。

避けよ最悪シナリオ
  同じ農耕社会。稲作文化や仏教儒教を共有したせいでしょうか、タイでもカンボジアでもベトナム、インドネシア、ミャンマーでも優しき気づかいの人々がいて、取材で「言葉の壁を越えられる」との思いを強くしたものでした。
  日本はその東南アジア各国との間で、経済活性化のための経済連携協定(EPA)を結び、十六日の国会承認によって、この七月にもインドネシアから看護師、介護福祉士の第一陣が来日する見通しとなりました。
協定での受け入れ枠は二年間で看護師四百人、介護福祉士六百人の千人。半年間の日本語研修などのあと病院や施設で働くことになりますが、専門的、技術的分野に限定していた外国人労働者受け入れをそれ以外に広げるのは初めてで、門戸開放の転換点とも。フィリピンからも看護師ら千人の受け入れを決定、タイ、ベトナムからも受け入れを求められています。

  日本社会の高齢化は急激で、厚生労働省は、要介護認定者は二〇〇四年の四百十万人から一四年には六百万人以上となり、介護労働者は、十年で百万人から最大百六十万人に増やす必要があるなどの数字をはじき出しています。
少子化と労働人口の減少で、介護もいずれは外国人に頼る時代がくるのかもしれません。気くばりの東南アジアの人々にはその適性があるかもしれません。しかし、介護現場を現状にしたままでの門戸開放は問題が大き過ぎます。限定的とされる今回のインドネシアからの受け入れでさえ、両国の未来にとって最悪のシナリオとなる恐れなしとはいえません。

  二〇〇〇年四月スタートの介護保険制度は、制度存続の危機に直面しています。矛盾が噴出、とりわけ財政の悪化や二度の介護報酬引き下げは、介護現場への重労働・低賃金のしわ寄せとなって、大量離職となっているからです。
〇五年調査で離職率20%、離職者は二十万人。そんな介護現場への外国人看護師、介護士は、重労働・低賃金労働固定化の道具として利用されかねません。労働者同士が反目する惨状を招きかねません。若者たちが希望と情熱をもち、資格のある潜在看護師、介護福祉士七十五万人が働ける職場であってもらわなければ、われわれ国民が困ってしまうのです。

感謝を手厚い待遇で
  道路や河川、ダムなどの公共事業に比べて社会保障は軽視されてきました。年間に徴収される税、社会保険のうち社会保障への還元が北欧並みの七割といかないまでも四割では介護労働者への待遇改善には回りません。財政の再配分そのものが見直されなければなりません。道路よりも安全・安心、社会保障制度充実の時代です。
  熱心な介護労働への心からの感謝と手厚い待遇なくして外国人労働者にも幸せは届きません。』
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2008.05.14 ☆後期高齢者医療 実態調査と総点検を急げ
  13日、讀賣新聞→

  『新しく始まった後期高齢者医療制度への風当たりが強い。

   「後期高齢者」という呼称を含め、配慮に欠ける面が目立つことは確かだ。主に75歳以上を対象とする大きな制度変更なのに、厚生労働省も自治体も、十分な準備と説明を怠っていた。
さらに厚労省は、従来の制度と比べて、どの程度の人が負担増あるいは負担減となるのかについても、あいまいな見通ししか示すことができない。これでは高齢者が憤るのは当然である。
政府・与党は、新制度の趣旨を丁寧に説明するとともに、実態調査を急ぎ、問題を総点検する必要があろう。
これまでも75歳以上の人は主に市町村の国保に加入しながら、老人保健制度の枠組みに入り、その医療費が膨らんだ分は企業の健保などが拠出金で支援していた。

  ただし、現役世代がどれだけ負担するかが明確ではなかった。後期高齢者の医療費が必要以上に膨らまぬよう、誰が責任を持って取り組むかも判然としなかった。
新制度は、あいまいなまま融通しあってきた高齢者医療費の会計を独立させ、都道府県単位の組織に運営責任を持たせた。従来の市町村単位より広域化したことで、保険財政は安定する。
所得の多い高齢者には、応分の負担を求める仕組みも盛り込まれた。現役世代には、自分の保険料のうち、どれだけ高齢者医療にあてられたかも明示される。
負担のルールを明確にしたことが、高齢者に冷たい制度と受け取られているようだ。

  しかし、負担と給付の関係をはっきりさせることで初めて、高齢者と現役世代のそれぞれに求めうる保険料の限界も明確になる。そこから先の医療費、そして社会保障費全体の財源をどうするか、という議論につながる。
新制度の全体的な方向は、超高齢時代に沿っている。だが、細部では問題が多い。
新制度の保険料算定式は複雑で理解するのは難しい。分かりやすく工夫した説明がないために、負担が増えた人は不満と不信を募らせている。

  低所得者や障害者向けに、自治体が独自に実施していた減免措置が新制度移行を機に打ち切られ、困惑している人がいる。
年金からの保険料天引きを、これまでの負担に上乗せして徴収されているという誤解も根強い。
  説明を尽くし、必要な救済策を講じることが大事だ。』
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2008.05.14 ☆社会保障費の抑制 もう限界ではないのか
  13日、中國新聞→

  『いくら財政再建をめざすためとはいえ、社会保障費の増大分を毎年二千二百億円も削って、国民の健康や老後の安心が守れるのだろうか。医師不足など地域医療の崩壊が進む中で、政府の方針はもう限界と言わざるを得ない。
舛添要一厚生労働相は「抑制は限界だ」と現状を述べ、自民党の伊吹文明幹事長らも見直しの必要性を唱えている。福田康夫首相も「難しい段階に来ている」との認識を示す。

  しかし、「小さな政府」を掲げる財務省はおいそれと受け入れそうにない。現に額賀福志郎財務相は抑制を続けることを言明している。来月にも閣議決定される「骨太の方針2008」に向けて、政府・与党は難しい調整を迫られることになりそうだ。
社会保障費の抑制見直しがここにきて政権維持のキーワードとなったのは、医療や介護の現場にもたらされた混乱と疲弊がある。七十五歳以上を別枠にした後期高齢者医療制度、療養病床の大幅削減、産科や小児科医の不足、介護報酬切り下げによる人材難…。国は財政再建を名目に社会保障費関連の歳出を抑えてきたが、国民の間には大きな不満が残った。
  宙に浮いた年金問題でまず「ノー」を突きつけたのが安倍政権下の昨年七月の参院選だ。自民党は参院の第一党の座を奪われた。後を継いだ福田内閣は、今年四月の衆院山口2区補選でも敗れた。足を引っ張ったのは、事前の説明が不十分のため混乱した後期高齢者医療制度だった。

  この制度については、自民、公明両党が、一部高齢者の保険料の免除を十月以降も延長する検討に入った。
社会保障費の抑制は小泉内閣時代の「骨太の方針2006」にさかのぼる。国・地方の基礎的財政収支を二〇一一年度で黒字にするとして、〇七年度から五年間で歳出を計一兆一千億円圧縮する計画だ。
  それだけに、財務省には与党の要求でも譲れない事情がある。額賀財務相は今後の経済財政運営の基本的な考え方として、骨太の方針の改革姿勢は変えないという構えだ。財務省内には、社会保障費でたがが外れれば、なし崩し的な歳出増になると警戒心が強い。

  見直し論浮上の直接の理由は、本年度予算に織り込まれた二千二百億円抑制の実現が危ぶまれているためだ。政府は圧縮分のうち約一千億円について、政府管掌健康保険(政管健保)の国庫補助を健康保険組合などに肩代わりさせる特例措置で捻出(ねんしゅつ)する計画だった。ところが、「ねじれ国会」で成立のめどが立っていない。

福田内閣の支持率が19%と低落していることもあり、与党内には「これでは衆院選に勝てない」との声が強まっている。社会保障政策の立て直しなしには、政権の浮揚はあり得ない。ただ、小手先の見直しに終わらせてはなるまい。給付と負担をどうするのか、社会保障の将来ビジョンを国民に明確に提示すべきだ。 』
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2008.04.26 ☆高齢者医療 出発点から考え直せ
  26日、信濃毎日新聞→

 『4月からスタートした後期高齢者医療制度(長寿医療制度)に、お年寄りの怒りが収まらない。

  保険料の年金天引きに対する反発はとりわけ強い。この問題は27日投開票の衆院山口2区補選の争点にも浮上した。与党内からも見直し論が出ている。小手先の負担軽減策では、展望は見出せない。制度の根幹に立ち返って、高齢者の命を支える仕組みのあり方を洗い直したい。

  新制度のねらいは、世代間の負担を見直すことにあった。75歳以上の人たちを別枠の医療保険にして、所得に応じて全員に保険料を支払ってもらう。患者の自己負担を除いた医療費の1割を、この保険料で賄う。残りの4割は現役世代の保険料からの支援金、5割が公費だ。給付と負担を明確にすれば、コスト意識が生まれ、医療費の抑制にもつながる-というわけだ。新制度の対象者には75歳以上のほかに、65歳以上の寝たきりの人なども含まれる。

  医療を最も必要とする人たちを、ひとくくりに切り離すことが適切なのか、そもそも疑問がある。社会保険は本来、リスクをみんなで分かち合う仕組みだ。対象とする集団は、大きくすればするほど安定度が増すはずだ。

  75歳以上の医療費は、2006年の11兆円から25年には25兆円に膨らむ推計だ。保険料は現役世代の人口が減ることによっても上がっていく。厚労省の試算では、全国平均でいま月約6000円の保険料が、7年後には月額でさらに1000円強増える。

  お年寄りの大半は、年金から保険料が天引きされる。介護保険料も天引きだ。物価高で生活必需品は、軒並み値上がりしている。これ以上支出を抑えるには、医者にかかるのを我慢するしかない-。お年寄りがこの制度から「老人切り捨て」のメッセージを読み取るのも、無理はない。

  だからといって、元に戻せばよいわけでもない。高齢者の医療費を国保と現役世代に頼る従来の制度が立ちゆかないのは明らかだ。何らかの形で高齢者が負担していく仕組みは避けられない。

  だれもが安心して医療を受けられる国民皆保険を維持しながら、将来にわたる少子高齢化に耐えられる制度を、どう構築するか。

  民主党など野党は、制度廃止を目指して政府を追及する構えだ。遅ればせながら、白紙に戻すことも視野に入れつつ、今国会で議論をしっかり深めてもらいたい。』
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2008.04.19 ☆社説:安心の仕組み 医療費の抑制はもう限界だ
  19日、毎日新聞→

  『保険証があれば、いつでも、どこでも医者にかかることができる。しかも世界で最高水準の医療が、それほど大きくない負担で受けられる。日本の医療が世界から高い評価を受けてきたゆえんだ。
  しかし、誇りとしてきた安心の医療制度がいま、音を立てて崩れつつある。小泉純一郎内閣の「小さな政府」政策には功罪があるが、医療費抑制策によって医療制度は根幹から揺らぎ始めた。

  医療崩壊ともいえる現象が一気に噴き出したのだ。小児科や産科の医師が不足し、救急医療の現場では患者がたらい回しにされるケースが相次いでいる。病院経営の赤字が膨らみ、勤務医は過酷な仕事に疲れ果て、開業医をめざして病院から去っていく。少子化対策が声高に叫ばれるのに、現実には医療ミスの裁判を恐れて産科医が減っている。

  医療費の削減を狙った後期高齢者(長寿)医療制度は高齢者を落胆させ、強い怒りが広がった。高齢者の怒りは国の政策への痛烈な批判と受け止めなければならない。政府の説明不足もあるが、背景には「医療費カットは高齢者切り捨てだ」という不信感がある。政府は高齢者の不信や不安を取り除くためにも明確なメッセージを送るべきだ。

  高齢者の医療費は現役世代の5倍かかる。年間30兆円を超す医療費の3割以上は老人医療費が占める。高齢化が進めば、医療費が増えるのは自然の流れだ。一方、少子化によって現役世代が減るため世代間の仕送り方式で運営される社会保障制度の基盤が崩れるのは目に見えている。

  政府の医療費抑制策に国民は一定の理解を示したが、実行されてみると、さまざまな問題が表面化した。厚生労働省は診療報酬の見直しをテコに日本医師会の力をそごうとした。だが、診療報酬の配分を開業医から勤務医に移すための見直しは進まず、医療費抑制のしわ寄せは病院経営や勤務医にのしかかった。

  加速する医療崩壊の実情をみると、医療費抑制はもはや限界に達したと言わざるをえない。日本より早く同じ医療崩壊が起きた英国では医療費を増やす政策に転換し、危機を乗り越えつつある。こうした経験にも学ぶ必要がある。

  国は医療費抑制の功罪を再点検し、医師不足・偏在対策など必要な所には増やすべきだ。検査漬けなどムダを省くことも重要だが、それ以上に抑制策によって疲弊した医療の立て直しが必要だ。早急な医師の増員や、地域に計画的に配置するための施策を取ることも急いでほしい。これは日本医師会をはじめ医師や医療機関の協力がなくてはできない。医師の団体は指導力を発揮して、医師不足・偏在対策に手を打ってもらいたい。』
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2008.04.19 ☆グループホーム 透明性高め不安をなくせ(社説)
  19日、山陽新聞→

  『社会の高齢化が進む中、不安が募る事態が表面化した。津山市のグループホームで、認知症の入所者に対し虐待があったとされる問題である。詳細な経緯などは不明確な点が多く、早期の真相究明が望まれる。

  市によると、施設で生活していた高齢の女性五人の体重は、入所時などから一年半以内に一七―四・五キロ減っていた。食事などの栄養管理がきちんと行われていなかった疑いがある。

  市は、入所者の衰弱を把握しながら適切な対応を怠ったことが虐待に当たると判断し、介護保険法に基づき施設を運営する法人の事業者指定を今月末で取り消す処分を下した。

  高齢者虐待による介護施設の指定取り消しは全国初という。法人の施設運営は不可能となり、入所者は退去を余儀なくされる。処分に対し、法人側は事実無根として不服申し立てなど徹底的に争う姿勢を示す。

  両者の主張は食い違うが、なぜ指定取り消しにまで発展したのか。二〇〇六年秋ごろには入所者の家族らから苦情などが市に寄せられていたという。市は状況を確認したり改善を求める指導を続けたとするが、結局今年三月の監査で虐待に当たると認定した。市のチェックや指導などに問題はなかったのか、検証が必要だ。

  グループホームは認知症の高齢者が、少人数で介護スタッフとともに家庭生活の延長のような形で暮らす。症状の進行が緩やかになるとされ、全国的に急増している。

  しかし、小規模なだけに「密室性」を懸念する声は少なくない。不安を解消するためには、情報開示などで運営の透明性を高めることが不可欠だろう。施設関係者や行政、医療機関などが連携を強め、積極的な対応が求められる。』
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2008.04.16 ☆年金改革読売案 医療と介護も視野に入れて
  16日、讀賣新聞→

  『日本の社会保障制度はこのままでは、ごく近い将来に必ず立ちゆかなくなるだろう。
そうした認識に立ち、読売新聞は、年金改革の具体案を財源の在り方とともに提言する。
これをたたき台の一つとして、国民的議論が広がり、深められ、社会保障改革が着実に前に進むことを願う。
読売新聞の年金制度改革案は、現行の「社会保険方式」を基本的に維持しつつ、その不備や弱点を大幅に改良するものだ。

◆最低保障年金を創設◆
  社会保険方式は、公的年金が国民相互の助け合いであることを前提とし、老後に備える各々の努力を年金額に反映できる。その長所を生かしながら、老後の年金を一定レベルで保障する仕組みを盛り込んだ。
具体的には、受給資格を得られる最低加入期間を、現行の25年から10年に短縮することで、ほぼすべての国民が、無理なく年金制度に参加できるようにする。
  月5万円の最低保障年金を創設し、基礎年金の満額を月7万円に引き上げる。障害基礎年金も連動して増額するため、障害者の所得保障にも資する。
   無年金・低年金の人はほとんどいなくなり、生活保護に追い込まれる高齢者はかなり減るだろう。介護保険や後期高齢者医療制度の保険料が年金から天引きされる際の負担感も、軽減するはずだ。
子どもが3歳になるまで、親の基礎年金の保険料は無料にする。若い親たちを年金制度で支援することは、少子化対策としても有効ではないか。
  さらに、社会保障番号を導入することによって、困窮世帯に対するきめ細かな減免措置や、正確で公正な保険料徴収を実現する。
改革に必要な税財源は3・2兆円だ。年金制度の国庫負担割合を2分の1に引き上げる分を合わせると、5・5兆円になる。消費税率にして2%強である。
無論、少ない金額ではないが、「全額税方式」と比較すれば、必要な税率の引き上げ幅は、ずっと小さくて済む。

◆全額税方式は困難◆
  保険料をなくし、税金で高齢者に等しく基礎年金を支給する全額税方式は、複雑な現行制度に比べると、確かに分かりやすい。
だが、少なくとも12兆円、消費税率にして5%近い税金が新たに必要になる。年金制度のみのために、大きく消費税率を上げてしまえば、医療や介護制度の維持・充実にあてる財源の見通しが、立たなくなってしまう。
超高齢時代にまず財政的危機に直面するのは、年金よりむしろ、医療・介護だ。団塊世代が75歳以上になる2025年、年金給付の伸びが現在の1・4倍になるのに対して、医療は1・7倍、介護は2・6倍に膨らむ。
年金改革は、これを十分に視野に入れて考えねばならない。
  全額税方式は、現行制度からの移行にも、大きな困難を伴う。
  現行制度で保険料を払っている20〜60歳が不公平感なく移行し終えるには、40年もかかる。移行期間を短縮しようとすれば、それに応じて不公平が生じる。過程が複雑で、これまで以上の制度不信につながる懸念をぬぐえない。

◆社会保障税で財源確保◆
  厚生労働省の推計では、07年度に約30兆円だった社会保障の公費負担は、15年度になると41兆円まで増大する見通しだ。
経済成長を持続すれば、税収が増えて社会保障費用の多くは賄える、との主張もあるが楽観的に過ぎる。景気には波があり、現実に暗雲が漂い始めた。社会保障の将来を税収の自然増に託すことは無責任だ。
消費税を「社会保障税」に替えて、目的税化することで、税率引き上げについて国民の理解を得るべきである。
食料品など生活必需品の税率は5%に据え置く。他の品目に適用する標準税率は、読売新聞が提言する年金改革案に医療・介護の改善や充実、少子化対策の費用を考え合わせると10%になる。
また、少子高齢化のさらなる進行を見据えれば、標準税率はいずれ、欧州の最低水準である15%程度を検討する必要があろう。

  高齢化それ自体は憂うべきものではない。多くの人が長寿であることは本来、喜ばしいはずだ。
にもかかわらず、超高齢社会が暗いイメージで語られるのはなぜか。社会保障の財源負担の在り方が、時代状況に対応していないからである。
  現行制度は、現役世代の負担に頼り過ぎている。超少子高齢時代に、社会保障を現行水準で維持しようとすれば、支える側は耐えきれまい。

  全世代が広く薄く、福祉財源を負担し合う仕組みを確立する必要があろう。子や孫の世代が悲鳴を上げ、その姿を見て高齢者は長生きしたことを嘆く――。そんな社会にしてはならない。』
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2008.04.06 ☆高齢者医療 問題を詰め切れたのか
  5日、信濃毎日新聞→

  『75歳以上の人を対象とした「後期高齢者医療制度」がスタートした。

  いままで被扶養者として保険料の負担がなかった人も納めることになった。しかも年金から天引きされる。高齢者に冷たい、といった批判がある。民主党など野党は廃止法案を提出する状況だ。

  準備不足のままスタートした印象がぬぐいきれない。問題点を洗い出し、より広い合意が得られる仕組みを引き続き探るよう、与野党に求めたい。
  これまで75歳以上の医療保険の利用は、大きく2つに分かれていた。自ら保険料を納めて国民健康保険の適用を受けるか、健保組合などに加入している家族の被扶養者になるかである。後者は保険料を払わなくてよかった。

  新しい制度は75歳以上の人を切り離してひとくくりにした点に特徴がある。全員が保険料を納め、運営には各都道府県に設けた医療広域連合が当たる。保険料は全国平均で月6000円程度、長野県は約4600円になる。2年ごとに見直す。これによって、窓口負担を除いた医療費のうちの1割を、75歳以上の人の保険料で賄うことになった。4割は会社の健康保険などから「支援金」として負担する。5割は公費で賄う。

  高齢者の負担分を明確にすることで、医療費の抑制につなげる狙いがある。
  医療制度の改革は大事なテーマだが、今度の制度には問題点が多すぎる。

  第一に、健保組合などの被扶養者だった人の保険料が新たな出費となることだ。2年間の緩和措置はあるものの、家計への負担は重くなる。保険料は将来、上がる可能性がある。病気を抱えやすい高齢者の支払いが増えていくようでは、老後の安心は得にくい。

  第二に、保険料の年金からの天引きである。国のずさんな運営で年金制度が揺らいでいるというのに、取るものは取るという姿勢では反発を買って当たり前だ。75歳以上の患者を対象にした診療報酬のあり方にも疑問の声が出ている。発足直後から批判や戸惑いの声が高まっているのは、検討や周知の期間が短すぎたためだろう。

  新制度の方向が決まったのは、「ねじれ国会」が生まれる前である。国民の合意が不十分だったとも言える。高齢者医療も、あらためて検討が迫られる局面だ。』
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2008.04.02 ☆後期高齢者医療 制度は完結していない
  2日、秋田魁新報→

   『一般的に65歳以上を高齢者ととらえ、74歳までを前期高齢者、75歳以上を後期高齢者と区分している。その後期高齢者全員と、一定の障害のある前期高齢者が加入する医療制度が1日、国民健康保険などの医療保険制度から切り離してスタートした。対象者は全国で約1300万人、県内では約17万6000人とされている。

  後期高齢者医療制度は都道府県単位の広域連合が運営する。子どもらに扶養されてきた人たちを含めて加入者全員が保険料を負担し、保険料は都道府県単位で決まる。年額18万円以上の年金を受給している人は保険料が年金から天引きされる。所得に応じた軽減措置はあるものの、不安や戸惑いが広がらないよう、自治体や広域連合は周知徹底に努めてもらいたい。

  保険料は各地域で掛かった医療費を基に設定され、全国平均で年額約7万円、本県平均は約6万円となる。これまで扶養家族として保険料を払っていなかった人たちにとっては、大きな負担増となる。全国には約200万人の被扶養者がおり、半年は徴収を免除した後、段階的に負担を増やす措置が取られる。

  新制度は加入者が納める保険料1割、75歳未満の医療保険からの支援金4割、公費5割で賄われる。医療機関での窓口負担は通常で1割。新制度導入の主な目的は増え続ける高齢者医療費の抑制にあるが、低所得者への配慮が必要だ。滞納が1年以上続けば保険証が取り上げられ、医療費がいったん全額自己負担となる。高齢者の目に、こうした措置はかなり威圧的に映ることだろう。

  受けられる医療の内容も気になる。全体の医療費を抑制する一方で医療の質が変化することはないだろうか。例えば慢性疾患の人が外来診療を受ける場合、いくら処置や検査をしても医療機関への支払いは定額になる仕組みとなった。このためコスト割れを恐れて診療を手控える医療機関が出たり「粗診粗療」につながったりはしないか、との懸念もぬぐえない。

  混乱しそうな点はほかにもある。開業医が中心になって総合的に診療する「担当医」が導入された。高齢者は慢性疾患を抱えている場合が多く、計画的に診療するのが狙いだが、支払いを定額にするか従来通り出来高にするかは、担当医が判断できるシステムなのでもある。このため、新制度がうまく機能するかどうかは担当医の判断と力量にかかってくる。担当医の設定が、ほかの医療機関を受診しにくくするのも好ましくない。

  問題もある新制度に対し、全国で批判が相次ぎ、県内でも見直しを求める意見書を採択した自治体議会がある。高齢者が医療費増大への責任を感じたり、負担増を嫌ったりして受診をためらうようなことにでもなれば、新制度導入の意味はなくなる。絶えず内容を点検し、改善に努める姿勢が必要だ。』
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2008.03.17 ☆後期高齢者医療制度 長生きを喜べない社会では
  17日、愛媛新聞→

  『後期高齢者医療制度が四月にスタートする。従来の老人保健制度から七十五歳以上のすべてのお年寄りなどが切り離され、新たな制度へ移行する。
  だが多くの問題をはらんだままで、制度への理解も深まったとはいえない。スムーズに移行できるのか心配だ。
保険料は都道府県ごとに決まる。受け取っている年金の額や単身か、夫婦とも被保険者の世帯かなどでも変わる。本県は一人平均で月六千百九十九円。厚生労働省試算の全国平均とほぼ同額とはいえ、介護保険料と合わせると一万円前後にのぼり、生活への影響は大きい。

  問題は、扶養家族となって保険料を免除されてきた人らも払わないといけないことだ。また本紙の試算では、現行の保険料からの増減は市町などで異なるようだが、現役世代の人口減少によりこの先、上がり続ける方向なのはまちがいない。

  保険料が増える低所得者を対象に、独自の負担軽減策を予定している松山市の事例もある。とはいえ少数派だろう。

  年間十八万円以上の年金受給者は保険料が天引きされる。一年以上滞納すれば保険証を取り上げられ、資格証明書にもとづいて  医療費をいったん全額自己負担しないといけない。受診をためらい、症状を悪化させる人が出る事態も十分予想される。
加えて見すごせないのが、最良の医療を受けられなくならないかという不安だ。

  たとえば糖尿病や高血圧の慢性疾患は主治医一人が診る。報酬は特別な検査など以外どんなに処置しても一定だから、症状が重い患者のニーズにこたえようとすればするほど採算が合わなくなる。医療の質の低下が懸念されるのは当然だろう。七十五歳になった途端、こんなことが起きかねないのだ。

  今後、保険証の郵送や保険料の徴収が始まり、制度の認識が深まるに従って、混乱が広がるおそれもあろう。
新制度は小泉純一郎政権のとき、医療制度改革関連法の柱として与党が強行採決で成立させた。高齢者の自己負担引き上げや療養病床の削減と同様に、主眼は医療費抑制にある。

  それが昨年の参院選で自民党が大敗すると、総裁選で福田康夫首相が凍結を公約。政府、与党は被扶養者らについて四月から半年間は保険料を免除、その後段階的に上げて三年目から本来額を払うよう改めた。
衆院選を意識したその場しのぎなのは明らかだが、始まる前から一部先送りするような制度で信頼されるか疑問だ。
中止や見直しの意見書を採択した地方議会は五百を超える。野党は廃止法案を提出した。

  世代間の負担の公平性はもっと議論していい。ただ社会保障費削減の大枠を変えずに配分をいじるだけでは、最も医療に頼るお年寄りの切り捨てに終わるおそれが強く、限界がある。長生きを喜べない社会になっていいはずはない。
まず新制度の運用に細心の注意を払い、必要に応じて柔軟に見直すよう求めておきたい。』
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2008.03.16 ☆救急医療態勢 医師確保に全力挙げて
  16日、信濃毎日新聞→

  『大都市を中心に、救急患者の受け入れ先を見つけるのに時間がかかる実態が明らかになった。消防庁が初めて行った全国調査で、医療機関から3回以上受け入れを断られた例は約2万5000件に上った。
  長野県内は45件だった。数は少ないものの、安心してはいられない。救急受け入れを取りやめる病院が出ている。医師不足の影響は今後さらに顕在化しそうだ。
  事態をこれ以上深刻にしないよう、医療機関、行政が救急態勢を維持する対策を急ぎたい。利用者側も軽い症状で夜中に行く"コンビニ受診"を避け、医師の負担を重くしなよう考えるべきだ。

  3回以上受け入れを断られた約2万5000件のうち、15歳未満の子どもは8618件、妊婦が1084件。そのほかは子どもと妊婦を含む重症患者である。子どもで10回以上「受け入れ不能」となった例は220件に上る。

  受け入れられない事例、照会の回数ともに東京、大阪など大都市圏に目立つ。医療機関が多いために、問い合わせ回数が多くなりがちなのが一因だ。断ってもほかで受け入れる、との思い込みもある。単純に数で比較するのでなく、何が原因か詳しい分析が必要である。
  
  長野県では高度な治療を行える病院が限られており、大半が1回目で受け入れ先が決まっている。待機時間は30分未満が多い。搬送はうまくいっているようにも見える。
  ただし、各地の中核病院で医師が足りない状態が広がり、麻酔医の不在で緊急手術ができないといった事態も起きている。地元の病院で引き受けられず、他地域の病院に遠距離搬送する例もある。
  1カ所で救急受け入れをやめれば、残った病院の負担が増える悪循環である。対策の基本は救急病院に医師を増やすことだ。
  国は最近になって、全国的な医師不足を認めた。医師を引き抜き合う状況を改善するには、抜本的な確保策を急がねばならない。

  同時に、利用する側の意識改革が必要だ。タクシー代わりに救急車を呼んだり、時間外の方が空いているからと病院に行くのは、現場を疲弊させる。理不尽なクレームの多さも、勤務医が辞めていく一因であることを患者は自覚したい。

  子どもの場合は急に症状が変わりやすい。夜間の受診を迷う人のために、電話で相談できる態勢を十分に整える必要がある。

  病気やけがの程度から搬送の優先度を救急隊が判断する「トリアージ」も検討したい。自分で病院に行ける患者は、救急車に乗せないくらいの思い切った対応を考えていい。』
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2008.03.04 ☆介護タクシー 「指揮官」の責任も重い
  4日、北海道新聞→

『市民感覚とのずれが、ますます広がった。
介護タクシー代を悪用、二億円もの生活保護費を詐取していた事件で、札幌地検が滝川市内の夫婦ら四人を詐欺罪で起訴した。

当初の逮捕容疑はわずか百五十万円の架空請求で、処分保留となった。
内容が分かるにつれ、市民だけでなく道民も非常識さにあきれている。
被害額がけた外れであること、巨額な公金をやすやすと長期間にわたってだまし取られたこと、暴力団に上納されていた疑いがあること…。
すべての疑問の根っこにあるのは、途中で何度か是正する機会があったのに、なぜ滝川市の支給が続いていたのか、ということだろう。

だから、疑問はやはり滝川市の行政責任に戻らざるを得ない。
田村弘市長は起訴後の記者会見で「生活保護という善意のシステムが悪用された」と強い憤りを表明した。
滝川市の保護費は年間十二億円だ。夫婦らはほぼ一年で二億円を詐取した疑いがある。市民こそ怒りたい。
生活保護は自治体の大切な仕事だ。その仕事には弱者を守ると同時に、不正を見抜き、悪用を防ぐことも入る。市長の言葉はそれを果たし切れなかった説明になっていない。
市長は「常識を超えた支給」について「どうして支給を決定し、実施されたのか、第三者委員会が精力的に検証している」とも述べた。

第三者委は市役所内部の検証委員会に続き、学識経験者ら外部の人で作った原因検証のための組織だ。
そこに任せているとしか聞こえず、人ごとのようだ。まさか自分が被害者だとは思っていまい。
例えば市議が一昨年、夫婦の受給の不自然さを指摘し、市監査委員は昨年二月に多額支給の調査を始めて五月に副市長に報告した。

市長と市幹部が、それを生かせなかったのはどうしてなのか。まず、自ら市民に説明してもらいたい。
実態解明を求める初の市民集会が開かれた。不正受給の国負担分に関する返還要求があった場合でも「市民の税金を使うな」と厳しい言葉が出た。
市民の疑問と不安にどう答えるか。市長が明言した「行政運営の指揮官」としての責任が問われている。
四日から定例市議会だ。市民の疑念に答える責任を市議会も負っている。

生活保護を狙う暴力団関係者の行政対象暴力は全国にある。道内でも道警、道、道内各市が対策会議などを開き、連携の強化を確認してきた。
しかし、まだ足りなかった。市の対応、警察との連携、さまざまな面で生活保護行政の弱点を突かれた。
滝川市の例でも、もっと早く警察と連携できていればとの悔いが残る。何が要因か、この点も知りたい。』
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2008.02.16 ☆診療報酬改定 「医療崩壊」の処方箋には程遠い
  16日、愛媛新聞→

  『中央社会保険医療協議会(中医協)が二〇〇八年度の診療報酬改定案を了承し、舛添要一厚生労働相に答申した。

  医師の技術料などの本体部分は八年ぶりにプラス改定されることがすでに昨年末、決まっている。今回はその枠内での配分作業で、焦点は病院勤務医対策として開業医の再診料との格差をどう是正するかだった。

  その点、勤務医対策に約千五百億円を投入する一方で格差是正は小幅にとどまった。課題を先送りした形だ。

  中医協は付帯意見で、開業医の再診料を次回改定で抜本的に見直す方向を打ち出している。答申の不十分さを自ら認めたようなものだ。これでは「医療崩壊」の処方箋(せん)には程遠い。

  国民皆保険制度のもとで日本の医療体制は世界的にも優良とされてきた。それが近年、急速に荒廃が進んでいる。
  危機的現場の一つに病院の勤務医が挙げられる。献身的な長時間労働などで疲弊しきって現場を去る人材が後を絶たない。それが残った勤務医の負担をさらに過重にする悪循環で、医師不足に拍車をかけている。

  深刻さは本県も同じだ。県が医師を採用して市町立病院へ派遣する「ドクタープール制度」に応募がなく、医師確保の難しさを浮かび上がらせた。喜多医師会立内山病院(内子町)のように病院そのものが休止に追い込まれる事例もある。
答申では、なるほど勤務医の負担が顕著な産科や小児科、救急部門を手厚くする狙いは伝わる。その点では評価できる。

  たとえば、緊急搬送の妊産婦の入院、高度な小児医療を行う専門病院の入院、勤務医の事務を補助する医療秘書の配置などに対し、診療報酬加算の新設や拡大をする。診療所の夜間・早朝開業促進は、患者の振り分けに有効にちがいない。

  一方で開業医(診療所)七百十円、勤務医(中小病院)五百七十円と格差のある再診料は、勤務医側を三十円引き上げて六百円とするにとどまった。厚労省のめざした開業医の引き下げは、衆院選をにらむ自民党と会長選を控える日本医師会の反発で断念に追い込まれた。
  開業医も痛みを分かち合っていないわけではない。勤務医対策の財源の一部にするため外来管理加算を減らした。

  とはいえ小泉純一郎内閣以降の医療費抑制方針のもとでは対策も小手先にならざるをえず、効果にはおのずと限界がある。
  日本の国内総生産(GDP)比の医療費は先進国中で最低水準だ。医師不足も偏在だけの問題ではなく、人口当たりで先進国の約三分の二にとどまるという絶対数不足の現実がある。

  各方面でひずみが噴出する状況でなお医療費抑制路線を堅持するのかどうか。根本から議論していい。
  むろんそれには無駄の徹底排除が条件になる。同時に、限られた財源を有効活用するため勤務医と開業医の格差などにどう対処するか、日本医師会は身内の利害を超えて国民に納得される方策を打ち出すべきだ。』
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2008.02.16 ☆診療報酬改定 中途半端に終わった勤務医対策
  15日、讀賣新聞→

  『これで勤務医不足に歯止めをかけられるだろうか。

  中央社会保険医療協議会(中医協)が、2年に1度改定される診療報酬の配分を決めた。

  政府は昨年末、診療報酬の総枠については、医師の技術料など「本体部分」を0・38%引き上げることを決めている。引き上げ幅は小さいが、苦しい財政下での8年ぶりの総枠拡大だ。
  過酷な状況にある救急医療や産科、小児科、外科といった分野の病院勤務医に報酬面で手厚く配慮すべきだ、との声に応えた措置である。

  中医協は、手術料や産科救急の報酬を引き上げるなどして、約1500億円を病院勤務医向けに重点配分した。限られた財源の中で、最低限のメリハリをつけたとは言えよう。
  だが、本気で勤務医対策に手を打つのならば、開業医の既得権に大胆に切り込むことで、もっと多くの財源を確保できたはずだ。今回の改定は、中途半端に終わったと見られても仕方あるまい。

  最大の焦点は、開業医の「再診料」の見直しだった。現在、病院と開業医の初診料は2700円で同額だが、2度目以降の診察料は病院570円に対して開業医は710円と、140円も高い。
  この差は、開業医が地域医療を包括的に担っていることへの評価分というが、納得する人は少ないだろう。むしろ再診料の低い病院へ患者を向かわせ、多忙な病院勤務医をさらに疲弊させる。

  厚生労働省は当初、開業医の再診料を引き下げ、その分を勤務医対策の重点配分にあてる方針だった。しかし、日本医師会が強硬に反対し、見送られた。
  結局、再診料は病院分を30円引き上げることでわずかに差を縮めたものの、依然として110円の開きを残した。

  開業医を一律に優遇する報酬体系は、抜本的に見直すべきだ。
  例えば、ビルの一室に構えた診療所に昼間だけ通勤する開業医の報酬は、大幅に削る。地域の中核病院と連携し、休日・夜間や救急医療を支えようと粉骨砕身している開業医には、もっと思い切った報酬で報いる――。こうした改革で、勤務医の負担軽減を図る必要がある。
  超高齢時代に必要な医療費は、野放図な膨張を抑制しながらも、きちんと財源を確保していかねばならない。報酬の総枠が拡大されたのは、そうした認識を国民が共有しつつあるからだ。

  しかし、再診料の引き下げを見送ったことは、この流れに逆行しよう。
  開業医全体の既得権に固執し続ける日本医師会の体質が、改めて浮き彫りになったのではないか。』
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200802.14 ☆診療報酬改定 勤務医不足どう歯止め
  14日、中國新聞→

  『勤務医不足にどれだけの歯止めがかかるだろうか。

  中央社会保険医療協議会(中医協)がきのう、公的医療保険から医療機関に支払われる二〇〇八年度の診療報酬の改定案をまとめた。産科や小児科などの医師不足で深刻さを増す、勤務医の負担軽減をどう図るかがポイントとなっている。
緊急の課題としてまず対応策を示した。その中身は、合併症があるなどリスクの高い出産の加算拡大▽緊急搬送された妊産婦の入院加算の新設▽地域の小児医療の中核的役割を果たす医療機関に対する報酬充実―など。さらに全国各地で相次いだ妊産婦の「たらい回し」への対策として、救急搬送を受け入れる病院への手当を厚くし、勤務医の事務作業を補助する職員配置にも加算する。
昨年末、医療機関の収入となる医師の技術料にあたる「本体部分」の0・38%引き上げが決まり、中医協が個別項目の調整をしていた。改定案ではこの引き上げ分による約千五百億円を勤務医対策に充てる。

  財源は、より高収入とされる開業医(診療所)への報酬から病院向けに振り分ける、としている。ただ病院の収入増は平均1%程度。収入増分を病院経営者がすべて人件費に回すとは考えにくい。どれだけ勤務医の負担を軽くすることができるかは不透明だ。
診療報酬は、小泉改革以来五年間、マイナス改定が続いてきた。医療費抑制策を推し進めた結果、島しょ部や山間地など地方から産科や小児科の診療をとりやめる病院が相次ぎ、地域医療は崩壊寸前ともいわれている。
昨年末、島根県が実施した勤務医調査では、現行の診療体制で各施設が必要とする千百四十四人の医師数に対し、二百二十七人が不足している、との結果が出た。

  診療報酬のマイナス改定や医師不足に伴う患者数の減少が悪循環を生み、病院の経営については60・4%が「悪くなっている」と回答。月に七回以上の当直の実態もあり、過酷な勤務実態が浮き彫りにされた。改定をどう生かすかは、何よりまず医師を確保して待遇改善を図るなど、行政とのきめ細かな連携も必要だろう。

  患者は医療機関の窓口や薬局で原則三割を負担する。診療報酬が勤務医にどう支払われるかは病院経営者の裁量である。今回の改定が勤務医の待遇改善にどうつながったか、見極める目も持ちたい。』
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2008.02.12 ☆医師の辞任 悪循環断つ知恵を絞れ
  11日、北海道新聞→

  『オホーツク圏の二つの拠点病院で医師が三月末で相次いで辞めることになり、一部の診療科が休診する。
転院を余儀なくされる患者への影響が最も心配だ。
事態がここまで深刻になる前に何か打つ手はなかったのだろうか。

  北見赤十字病院では「内科」の医師六人が全員辞める。このままだと、内科は四月から休診の見通しだ。
網走管内で唯一専門治療を手がける膠原(こうげん)病とリウマチの入院患者が旭川や帯広に転院する事態も十分あり得る。
道立紋別病院では、内科系の常勤医五人のうち、循環器内科と消化器内科の各二人が辞める。残る消化器内科の一人も秋で辞める意向だ。
  四月から、消化器内科の医師を一人確保できることになったが、循環器内科は休診の可能性が強い。
人工透析で通院する三十人余の患者の多くは四、五十キロ離れたほかのまちの病院に通うことになりそうだ。

  医師がなぜ辞めるのか。大学からの派遣年限に達した、開業する、臨床研修を受ける、と表向きはさまざまだ。
辞める時期が予想できたケースもある。病院側が早く対処すれば影響を最小限に抑えられたのではないか。

  医師撤退の背景には、勤務医の過酷な労働実態がある。医師が不足するなかで、二十四時間の救急医療まで担う拠点病院の場合は深刻だ。
  ただ、厳しい事情を考慮したとしても、治療中の患者を半ば放り出すような格好で立ち去るのはどうか。北見で一度に六人も辞めるのは異常だ。
  後任確保の見極めがつくまでの間、とどまることはできないのか。
  地元や道は医師育成の大学に協力を求めているが、まとまった人数の医師を短期間で確保するのは難しい。

  地方の医師不足は、若い医師に二年間の臨床研修が義務づけられて大学でも医師が足りないことも原因だ。最後は国の責任で医師を派遣すべきだ。

  休診する場合、病院は入院患者の転院先を確保し、外来患者については個々の病状や事情に応じて適切な医療機関をあっせんしなければならない。
  二十四時間の救急体制を確保する努力も要る。救急の仕事はきつい。残る医師の負担増がさらなる医師の流出を生む悪循環は断ち切りたい。
地域の開業医の協力を得て、住民が安心できる体制を維持してほしい。
市町村立病院や赤十字など公的病院の医師不足は全道的な問題だ。
地方勤務を条件にした医学部の学生や研修医対象の奨学金制度が本格化する。ただ、医師として独り立ちするには十年かかり、即効性はない。

  道がまとめた自治体病院の再編・集約構想を住民の理解を得ながら実行する時が来ている。

  医師がこれ以上流出すれば、再編・集約自体に支障が出かねない。』
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2008.02.05 ☆社会保障会議 首相は何をしたいのか
  5日、中日新聞→

  『福田康夫首相の肝いりで始まった「社会保障国民会議」は、何を目指しているのか。福田政権が社会保障にも力を入れているということを示すだけのポーズならば、願い下げである。

  「会議」開催の理由について政府は「社会保障のあるべき姿」「政府の役割」「負担の分かち合い」を「国民が具体的に思い描くことができるような議論を行うため」と説明している。

  秋に最終報告を出すが、肝心なのは「会議」で具体的に何を議論し、どのような方向を目指してほしいのかを明らかにすることだ。

  社会保障で当面最も大きな課題は、二〇〇四年の年金制度改正で決まった基礎年金(国民年金)の国庫負担の割合を〇九年度までに三分の一から二分の一に引き上げる際、必要な財源二・五兆円をどのように捻出(ねんしゅつ)するかである。

  これまで年金収入の控除最低額の引き上げ、定率減税の縮小・廃止などで浮いた財源を充ててきたが、すでに限界に達している。

  〇七年度末までに37%弱しか確保できる見通しがたっていない。
  不足分の財源として消費税率の引き上げが政府・与党で浮上しているが、首相は「ただちに議論することはないと思う」とあいまいにしている。衆院選を想定し、負担増議論を避けたい意向が働いているようだ。
  となると、「会議」で財源問題がどれだけ深められるのか疑問だ。
政府が音頭をとった社会保障に関する似たような会議・懇談会はこれまでに何度も開かれた。

  〇六年五月には官房長官主宰の「社会保障の在り方に関する懇談会」が「財源を含めて給付と負担を全体として議論し、税・財政なども視野に入れ一体的に検討を行うべきだ」との報告書をまとめている。

  この方向をさらに発展させるか別の選択肢を示さないと「会議」を開く意味が失われ、福田政権のアリバイに終わる懸念がぬぐえない。
基礎年金について現行の社会保険方式を維持するのか、将来的には全額税方式に切り替えるのかも社会保障をめぐる大きな争点だ。「会議」でも議論されるが、税方式を主張する民主党が参加を拒否したため実りある議論はほとんど期待できそうもない。

  これまでの議論を通じ、社会保障に関する争点は既に出尽くした感がある。それを受けてどのような将来像を描くかを国会で議論し、決断する時期がきている。
  そのためにも、衆院選で民意を問い直したあと、与野党で政策協議の場を設けるのが筋だろう。』
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2008.02.03 ☆社会保障国民会議/政治との距離を保てるか
  3日、河北新報→

  『政府が設置した社会保障国民会議(座長・吉川洋東大大学院教授)の初会合が開かれ、年金、医療、介護など社会保障制度全体の見直しに向けた議論がスタートした。

  有識者による会議で幅広く検討していくこと自体は悪いことではない。だが、設置に至る経緯や今後の日程などを考えると、議論の行方は不透明と言わざるを得ない。
  国民会議の設置は福田康夫首相の強い意向による。会議も首相が開催する。民主党など野党が拒否したため実現しなかったが、当初は与野党も交えた会議を目指していた。
  社会保障制度をめぐる議論の焦点が財源問題にあることは言うまでもない。首相の狙いは、増加が避けられない社会保障費の財源として、消費税率引き上げに向けた環境整備を図ることだろう。

  当面の大きな課題としても、基礎年金の国庫負担割合を2009年度に、従来の3分の1から2分の1に引き上げるための財源確保に迫られている。
  消費税問題は次期衆院選にもかかわる重大なテーマだ。社会保障の財源問題を議論することは、政治と密接に絡まざるを得ない。
  年金制度改革で、現行の保険料方式に代わる基礎年金部分の全額税方式の検討をすることも、民主党が税方式導入を主張しているとあって、やはり政治とかかわってくる。

  そうであればこそ国民会議には、政治との距離を保ち、あくまでも国民の立場に立って、給付・サービスの水準と負担の在り方を検討するよう求めたい。ただ政府の意向に沿って議論を進めていくような姿勢では「国民」会議の名に値しまい。
  国民会議は今後、専門家らを加えた分科会でテーマ別に議論を深め、6月に中間報告、秋に最終報告をまとめる予定だ。

  だが、財源問題をはじめ意見が大きく割れることが予想されるさまざまな課題について、この短期間で意見の集約ができるのだろうか。
  社会保障の在り方を検討する会議としては、04年7月にも官房長官の私的懇談会が設置されたことがある。
  そのときは最終報告書の取りまとめまで2年近くかけ、しかも年金制度改革については意見をまとめきれなかった。

  今回、秋に最終報告をまとめるという日程の設定は、7月の主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)後の政局や09年度税制改正をにらんだものだろう。議論が生煮えのまま、形だけの最終報告をまとめる懸念がぬぐえない。
  民主党の小沢一郎代表は国民会議設置を批判して「国会で議論すればいい。国会で一定の合意がなければ作っても意味がない」と述べている。

  「ねじれ国会」の下、政府、与党と野党が鋭く対立している状況においては、その通りかもしれない。
  しかしそれなら民主党も、社会保障の財源問題についてもっと国民に説明し、国会での論戦を深めていくべきだろう。』
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2008.02.02 ☆介護タクシー 責任を曖昧にするのか
  2日、北海道新聞→

  『まるで人ごと、という印象をやはりぬぐえない。
  二億四千万円もの介護タクシー料金の不正受給問題で滝川市の内部検証委員会が中間報告を出した。

 支給を「市民感覚を超えた」として対応のまずさを認めてはいる。 だが「なぜ」の疑問を消せない。

 報告は《1》支給の根拠となる主治医の診断があった《2》道の事務監査でも「問題ない」だった《3》だから支給はやむを得なかった《4》従って違法性は問えない-と順に組み立てている。

 これまでわかっていた経緯を当事者に聞きながら詳しく書き並べたにすぎない。これで誰にも、どこにも決定的な問題はなかったと結論づけるのなら早すぎる。
随所に顔をのぞかせているのは、いわば形だけの「行政の論理」だ。

 報告では、関連する生活保護制度などの法やルールに反していない、仮に支給を止めて裁判になれば負ける恐れもあった、とも繰り返している。 だから担当の福祉事務所は「受け身」となり、診断書や監査の通り「追認」した。誤りを指導すべき市長や幹部は報告を受けるにとどまった-。

 これは「結果はやむを得ない」と導くだけの理屈立てだ。
実際、報告書は福祉事務所が問題改善への「主導的な役割」を欠いたとしつつ、仕事を委任した市長らが福祉事務所の決定を取り消すことはできないとしている。

 当事者意識を欠いたとしかみえない姿勢こそがまさに問われたはずだ。規則に従い、書類も整っていた。だからといって非常識な事態が許されるのか。目の前で起きている問題に対応できないでいいのか。こうした、いくつもの「なぜ」が宙に浮いたままでは、市民のごく普通の感覚と溝が深まるばかりだ。

 また同じことが起きても不思議ではない。市民に等しくあるべき福祉行政が歪(ゆが)んだままにもなりかねない。
市の第三者委員会が発足した。学識経験者、弁護士らが中間報告をもとに議論し、最終報告を三月に出す。

 ぜひ、突っ込んだ検証と分析を重ね、対応のまずさという次元にとどまらない成果としてまとめてほしい。

 もちろん市の内部だけでは深くて広い全体像を描ききれない。
診断した北大病院は市の調査要請を拒否している。再考を促したい。監査を行う道、事件を捜査する警察など他の関係者の協力も当然だろう。
  福祉を食い物にする不届き者が確かにいる。しかし、生活保護制度は憲法が保障する大切な仕組みだ。道内では十三万人もの人々が生活保護を受けてぎりぎりの生活を送っている。

 不正が続く背景に、制度を支える行政や関係者の緩みがあってはならない。責任が曖昧(あいまい)なままでは禍根を残す。』
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2008.01.12 ☆新たな秩序へ 消費税を社会保障目的税に 少子高齢社会の財源
  11日、讀賣新聞→

『元号が平成と改まってから20年目である。
  昨年公表の人口統計によると、昭和生まれが1億人を割る一方で、平成生まれは2000万人を超えた・・・』
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2007.12.27 ☆診療報酬改定 これでは医師不足解消できぬ
  27日、宮崎日日新聞→

  『これが深刻な医師不足解消につながるとでも考えているのだろうか。

  健康保険から医療機関に支払われる来年4月からの診療報酬改定で、政府は医師の技術料に当たる「本体部分」を8年ぶりに引き上げた。だが、それはわずかだ。医師不足による地域医療の崩壊が進む中で、極めて不十分な手当てと言うしかない。

  引き上げは、医師不足解消を掲げた福田政権の登場で風向きが変わったことや、与党も選挙を意識して引き上げを求めたことが大きかった。だが、こんな小手先の対応で本県など地方の医療崩壊の危機が緩和するとはとても思えない。

■産科など閉鎖相次ぐ■
  診療報酬は本体部分と薬や医療材料などの「薬科部分」で構成され、2年に一回改定される。2008年度改定では、本体部分を0・38%引き上げる一方、薬科部分は1・2%引き下げ、全体では差し引き0・82%の引き下げとなり、四回連続のマイナス改定になった。診療報酬は財政再建に取り組んだ小泉政権の5年間マイナス改定が続き、特に前回は3・16%と過去最大の引き下げだった。

  このため各地で医師不足から産科や小児科の診療を閉鎖する病院が相次ぐなど、医療現場の荒廃が進んだ。本県などの中山間地、過疎地における地域医療は崩壊の瀬戸際にきている。にもかかわらず、今回の改定論議も「引き下げありき」で始まった。

  政府は今年夏の来年度予算概算要求基準(シーリング)で、社会保障費約2200億円の抑制を決めたため、大半は診療報酬の引き下げで捻出(ねんしゅつ)するしかないとみられていたからだ。ただ、そうした中で本体部分だけでも引き上げたことは評価できる。今後の詰めできめ細かな対応を求めたい。

■勤務医対策が最優先■
  まずは病院の勤務医に手厚くすることが最優先だろう。医師不足は勤務医不足からだ。勤務医を増やして、当直明けでもそのまま日勤を続けるような過酷な勤務は解消し、きちんと交代制にしたい。

  疲れ果て、低下している勤務医の意欲を取り戻すことが先決である。患者には窓口負担も増えることになるが、医師がいないことには話にならない。それが安心な医療にもつながる。そのためには、開業医への配分を一定程度減額することも必要だろう。

  厚労省の調査では、開業医の年収は勤務医の1・8倍ある。経営資金もあるため一概に比較はできないが、疲弊した勤務医が開業に走る現状を放置するわけにはいかない。同じ開業医でも、24時間対応したり、夜間も診療している場合は報酬を増やしていい。そうすれば病院の勤務医の負担軽減にもつながるからだ。明細書付き領収書の義務付けなど、患者の視点や後発医薬品の促進も欠かせない。

  今回の本体部分引き上げには、中小企業の従業員が加入する政府管掌健康保険への国庫負担を、大企業の健保組合が肩代わりしてシーリングを埋めてくれたことが実態にある。いわばサラリーマンの犠牲で実現できた面は否定できない。

  高齢化が進展する中で医療費が増えるのは当然で、いつまでも資金を惜しむべきではない。社会保障の枠内ではなく、予算全体の中で考える時だ。』
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2007.12.24 ☆診療報酬改定 帳尻合わせではだめだ
  24日、北海道新聞→

  来年度の診療報酬改定で焦点だった医師の技術料など「本体部分」が0・38%引き上げられる。本体が上がるのは二○○○年度改定以来、八年ぶりだ。
  医薬品や注射針といった薬価・材料部分が1・2%下がり、診療報酬全体では0・82%の引き下げとなる。

  診療報酬は個々の治療や検査、薬に対して国が定める価格で、公的保険から医療機関、保険薬局に支払われる。国はほぼ二年おきに改定してきた。
  ○二年度、当時の小泉純一郎政権が構造改革路線の中で本体部分をマイナス1・3%と初めて引き下げた。 今回の決定により、全体の改定率は四回連続引き下げとなる。

 過去の診療報酬引き下げの影響で、病院の収入が減り、医療従事者を満足に確保できないところが多い。全国の自治体病院や地域の中核病院は深刻な医師不足に陥っている。医療の崩壊が現実になりつつあるのだ。

  高齢化の進行と医療技術の進歩で、医療費は今後も確実に増え続ける。国民の生命と健康を守るための費用をこれ以上削れば、医療の質と安全が保証されなくなる恐れがある。そうなれば、公的保険への信頼、つまり国民皆保険の根幹が揺らぎかねない。

  医療は社会資本と言える。不要な検査を減らし、効率化を図るといった無駄を省く努力が求められるのは当然だが、必要な医療費が財政事情で圧縮されるのでは困る。 国民が安心できる医療制度を維持するため、経費を確保するのは国の責務だ。国の歳出の中で、削るべきものがまだまだあるのではないか。

国が支出する医療費の総額を決め、個々の診療報酬をその枠内で増やしたり減らしたりして帳尻を合わせる現行の仕組みは限界に来ている。

来年度実施に向けて個々の診療報酬を決めるに当たり、労働条件が厳しい勤務医、とりわけ産科医と小児科医への配分を厚くする工夫が必要だろう。夜間・救急医療もそうだ。ただ、本体部分の引き上げ率はわずかで、勤務医の確保にどれほど効果があるのか疑問だ。

  診療報酬の引き上げ分が医師に直接入るわけでもない。 勤務医を増やすには、医療事故対策の充実や職場環境の改善、医学生時代からの教育などの対策が不可欠だ。

  高齢化に伴い、在宅医療の充実が課題となっている。勤務医への配分を増やす一方で、総合医・かかりつけ医として期待される開業医の報酬を機械的に減らすことはできないだろう。当面、限られた予算の中では、医療現場の実態に応じたメリハリのある配分を心がけることが現実的だ。

  大切なのは、これからの日本の医療をどうするかの視点だ。その議論が不足している。』
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2007.12.19 ☆医療関連予算 機械的削減の限界が露呈した
  12月19日・読売→

 医師や看護師の不足が深刻化し、「医療崩壊」という声すらある。こうした現状を考えれば診療報酬の一定の引き上げもやむを得まい。

 来年度予算案の閣僚折衝で、診療報酬のうち、治療の技術料などに充てる「本体」部分については、0・38%引き上げることが決まった。

 本体部分は2002年度以来、引き下げか現状維持が続いていた。プラス改定は8年ぶりだ。医療費の国庫負担を約300億円増やすことになる。

 救急医療や産科、小児科など、勤務が過酷で医師不足がより顕著な分野に配慮すべきだ、との声が、今回の引き上げにつながった。報酬の具体的な配分を決める中央社会保険医療協議会は、メリハリのある議論を展開して、配分先を大胆に見直す必要があろう。

 医療をはじめとする社会保障関連の予算折衝はほぼ決着した。しかし、従来になく苦し紛れの措置が目立った。

 社会保障費は、高齢化によって年に約8000億円ずつ自然に増える。この伸びを毎年2200億円ずつ圧縮する、というのが、政府の方針になっている。

 厚生労働省は、診療報酬の「薬価」部分を1・2%引き下げたほか、安価な後発薬の使用促進などで計約1500億円を抑制することにした。

 問題はその先だ。厚労省は、中小企業の従業員が加入する政府管掌健康保険への国庫補助を1000億円削り、その分を大企業の健保組合と公務員の共済組合に支援させることで、診療報酬本体の引き上げ財源を含め、帳尻を合わせた。

 大企業の健保組合などが中小企業の健保組合を支援する、と言えば聞こえはよいが、国庫負担分を民間に肩代わりさせるものだ。大企業の健保が反発したのは当然だ。結局、暫定的な窮余の策ということになった。

 一方で政府は、来年4月から始まる新高齢者保険で、予定していた窓口負担の引き上げなどを凍結する。このために1700億円の補正予算を組む。

 新たな歳出抑制策はその場しのぎのものしか浮かばず、前年までに決定していた医療費抑制策は先送りする。これはもはや、機械的削減路線の限界がはっきりした、ということではないのか。
無論、社会保障費が野放図に膨張せぬよう、厳しく監視しなければならない。だが、超高齢社会に必要な予算はきちんと確保すべきである。

 それには消費税率の引き上げが避けられないことは明白だ。その議論を先送りしたままでは、社会保障の予算編成は毎年、迷走することになろう。
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2007.12.19 ☆少子化対策 「働かせ方」を見直そう
  19日、中日新聞→

  『政府の「子どもと家族を応援する日本重点戦略検討会議」が、新たな少子化対策の報告書をまとめた。柱に「働き方の改革」を掲げ労使の自主的な取り組みを求めているが、それだけでは不十分だ。

  同会議は歯止めがかからない少子化への対策をてこ入れしようと、仕事と子育てを両立できる社会基盤づくりの方策を検討してきた。多様な子育てニーズに応えるため、柔軟な保育サービスの充実と医療保険や児童福祉、母子保健など給付と負担の方法が違う各制度の見直しによる「利用者が求める子育てサービス基盤整備」の支援策を柱に据えた。

  こうしたサービスを利用して子育てするには多様な働き方ができることが重要として「働き方の改革」も柱に掲げ、双方を少子化対策の「車の両輪」と位置づけた。

  働き方の改革を実現する手だてとして政府が最重要課題と考えるのがワークライフバランス(仕事と生活の調和)の推進だ。同会議に先立ち、労使の代表も参加した「官民トップ会議」がその基本方針となる「憲章」と行動指針を決定した。

  ワークライフバランスとは、誰もが仕事と、子育て・介護などの家庭生活、地域活動、勉学などを自らが望むバランスで営めることをいう。厚生労働省の試算では二〇三〇年の労働力人口は現在より約一千万人減る。その底上げには、この推進により、女性が安心して働きながら出産・育児ができ、男性も育児・家事に参加できる労働環境が必要だ。

  その推進は確かに重要だが、その前に解決すべき問題がある。働く三人に一人を占める非正規雇用問題が依然、改善されない。雇用が不安定で低賃金の非正規雇用では、出産・育児どころか結婚が難しい。年金や医療保険など社会保障費の負担は増える一方だ。これでは仕事と生活の調和を実現する以前の問題だ。正規雇用者も、賃金は上がらないのに長時間労働を強いられている。

  政府は非正規雇用の労働環境改善に労働者派遣法を改正し、緩めてきた雇用の規制を強化すべきだ。正規雇用の長時間労働対策に、月八十時間を超える残業代の割増率を現行25%から50%へ引き上げる労働基準法の改正も速やかに行うべきだ。

  経営側の取り組みも遅れている。非正規雇用の正規化を進めてほしい。正規雇用者の長時間労働の改善も必要だ。政府は働き方の改革実現に労使の自主的努力を期待している。だが、勤労者は自分で働き方を選べない。政府、経営側の「働かせ方」こそ変えるべきだ。』
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2007.12.06 ☆診療報酬改定 配分の見直しが重要だ
  6日、中日新聞→

  『二年に一度の診療報酬改定論議が大詰めを迎えている。大切なことは、医療の質を落とさないようにする一方、無駄を排し、従来よりも報酬を病院へ厚く盛るなど配分の見直しを徹底的に行うことだ。
  診療報酬の改定率は二〇〇二年度から〇六年度まで三回連続してマイナスを記録し、特に〇六年度は3・16%と大幅な引き下げだった。

  それだけに〇八年度では引き上げを求める診療側の声は強い。
次期改定について厚生労働省社会保障審議会の部会が「(医療現場の)厳しい現状を認識する必要がある」と基本方針で引き上げを促したのはこのためだ。
  政府が今月下旬の予算編成過程の中で改定率を示した後、中央社会保険医療協議会(中医協)が具体的な診療報酬点数の設定作業を始める。
  基本方針が指摘するまでもなく、産科や小児科をはじめとする病院、特に公立病院の勤務医の過酷な勤務状況は、頻発する診療休止などを通し、一般国民にも知られてきた。

  これ以上、放置していては安心して出産・育児に取り組めない。これらの診療科の負担を軽減し、病院が安心して診療を続けられる体制にする必要がある。そのためには報酬引き上げはやむを得ない。
必要な財源をどう賄うか。報酬全体の引き上げは選択肢の一つだが、財源に限りがある以上、それだけに頼ることはできない。

  医療費の五分の一を占める医薬品について、先発品よりも価格の安い後発品の使用促進を図るなど、まず無駄の排除が必要だ。同時に、従来の報酬全体の配分を見直すべきだ。

  従来、報酬体系は病院よりも診療所(開業医)を優遇してきた。
  少しずつ是正されてきたが、まだ不十分だ。勤務医に比べ開業医の収入が依然高額であることがそれを示している。勤務医をやめて  開業する医師が増えているのはこのためだろう。診療所の初診・再診料などを引き下げ、その分を病院に回し、医師や看護師などが安心して業務に専念できるようにしたい。

  地域医療に真剣に取り組んでいる診療所は少なくない。それにはきちんと報いなければならない。〇六年度改定で「在宅療養支援診療所」を優遇する報酬改定がなされたが、今後さらに在宅医療が増えることが予想される以上、その報酬引き上げも欠かせない。

  救急病院などに症状の軽い患者がかかるのを減らすために、診療所の休日や夜間など時間外診療の報酬は引き上げたい。
報酬改定で強く求められることは、めりはりのある配分である。』
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2007.12.05 ☆生活保護 安易な引き下げは疑問
  5日、信濃毎日新聞→

  『厚生労働省が生活保護水準の引き下げを検討している。低所得者世帯の生活費と比べ、生活保護世帯への生活扶助が上回っているケースがあることを根拠にしている。

  ちょっと待ってほしい。生活保護は、憲法が定める「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」に基づく制度である。暮らしを守る最後のセーフティーネット(安全網)だ。

  一方、働いても生活に困っているワーキングプア(働く貧困層)と呼ばれる人たちの増加は、格差拡大を反映した社会問題である。本来ならば最低賃金の底上げを図るなどして、低所得者層を減らし、健康で文化的な生活ができるようにすることを目指すべきだ。相対的な比較を持ち出して、生活保護費を引き下げるというのは筋が違う。ものさしの使い方を間違っている。

  全世帯の中で収入が下から1割に当たる低所得世帯では、夫婦と子ども1人の勤労世帯、60歳以上の単身世帯のいずれにおいても、生活保護費のうち食費など生活費に当たる生活扶助が、生活保護を受けていない世帯の生活費を上回っている-。厚労省が引き下げの根拠とするのはこんな調査結果だ。

  “逆転現象”は低所得者の勤労意欲を減退させかねない、との懸念も表明している。

  ここで考えたいのは、生活保護水準の引き下げが逆に低所得者の足を引っ張る結果を招きかねないことだ。先ごろ成立した改正最低賃金法には生活保護との整合性を配慮することが明記されており、生活保護水準が下がることで最低賃金の底上げも勢いを失う恐れがある。

  日本の最低賃金は主要先進国の中では最も低い水準だ。大企業は潤い、中小企業は低迷状態が続く。企業は正規社員を増やす代わりに賃金を、パート社員を増やすことで人件費を抑制している。雇用が不安定になれば低所得者や生活保護世帯が増えるのは当然である。

  厚労省が生活保護水準の引き下げを考え出したのは、2008年度予算で社会保障費の伸びの抑制を求められているからだ。

  生活保護をめぐっては不正受給の増加など、問題も多い。暴力団関係者が受給しているケースなどが報じられ、運用への疑念を生じさせている。早急な是正が求められる。

  そうでないと生活保護制度に対する国民の理解も深まらない。一部で問題となった支給窓口となる行政の不誠実な対応も改善が必要だ。

  基本はあくまで、暮らしを保障するセーフティーネットとしての役割を踏まえ、機能をきちんと維持していくことである。安易に手をつけてはならない。』
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2007.12.02 ☆生活保護切り下げ 物差しの当て方が逆だ
  2日、中國新聞→

  『働きながらも収入が少ない人たち(ワーキングプア)の中には、生活保護で支給される「生活扶助」の金額より低い出費で暮らしているケースがある。ならばそれに合わせて保護基準を引き下げようと厚生労働省が計画している。もっともらしくは聞こえるが、物差しの当て方が逆ではないか。

 厚労省の検討会がおととい、こんな報告書をまとめた。

 夫婦と子どもの三人世帯でみると、低所得世帯の生活費が月額約十四万九千円なのに比べ、生活扶助は千六百円高い。六十歳以上の一人世帯では八千四百円高い。

 その差額分引き下げが厚労省の狙いのようだが、これでは生活保護の理念にもとるだろう。

 国民は「健康で文化的な最低限度の生活」を憲法で保障されている。誰でも働けなかったり、収入が減ったりして生活苦に陥ることがある。その時に、目安になる「最低生活費」と収入との差額が支給される。これが生活保護だ。

 とすれば先の場合、低所得世帯に対しては不足分の保護申請を促すのが筋だといえよう。
背景には財政事情がある。政府は、骨太の方針で社会保障費の圧縮を打ち出した。厚労省は来年度予算で千二百億円の抑制を求められ、その一部を保護費減で賄おうとしているからだ。
「最低生活費」が高額に設定してあるのなら、それも仕方ないかもしれない。しかし現実はぎりぎり。老齢加算が廃止された時には「風呂の回数を減らして節約」「香典が出せないから葬儀に行かない」など切実な声が上がった。それをさらに切り詰めたら、生活はどうなるだろう。

  「マイナスの悪循環」も懸念される。先に成立した改正最低賃金法は、生活保護並みの収入アップを念頭に置いて、最低賃金を決めるよう求めている。ワーキングプアを救うためだ。保護基準が下がり、連動して最低賃金も下がるようでは、改正法が泣く。
邪推かもしれないが、厚労省は、一部にある生活保護への冷ややかな目に「悪のり」しているようにも感じる。昨年度は九十億円にも上った不正受給は厳しくチェックしなければならないが、それとこれとは別の話である。

 歳出削減が叫ばれながら道路予算などは縛りが緩みつつある。防衛省の疑惑をみると、野放図な支出を疑わざるを得ない。国民の「命綱」に手をつける前に、まだすることがあろう。』
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2007.12.02 ☆(宮崎)県内障害者雇用 企業はもっと本腰で取り組め
 2日、宮崎日日新聞→

  『障害者が社会で自立し、生きがいをもって生活できるためには、それぞれの能力を十分に生かせる就労の場があることが大切な要素の一つだ。

  宮崎労働局が発表した最近の県内障害者雇用状況では、民間企業の法定雇用率を達成している割合が全国で2番目に高いことが分かった。

  県内事業者に障害者雇用に対する理念が広く理解されるようになったことは歓迎すべきことだ。

  ただ一方で、4割の企業では法定雇用率が未達成であり、まだまだ努力が必要だ。関係機関と企業がさらに連携を図り、より多くの障害者の安定的な就労の場確保が求められる。

■法定雇用率6割達成■

  障害者雇用促進法では、従業員が56人以上の民間企業の知的、身体障害者の法定雇用率は1・8%と定められている。

  県内民間企業における障害者雇用状況(6月1日現在)によると、対象となる570社のうち法定雇用率を満たしたのは352社。達成率は前年比5ポイント増の61・8%で全国平均の43・8%を大幅に上回り、県内事業者の意識の高さがうかがえる。

  同労働局職業対策課によると、「関係機関による地道な働きかけが徐々に浸透しつつある」という。また同課によれば、法定雇用率未達成の残り約4割の企業でも不足数が一人という企業が約8割を占めている。
 これらの企業はある程度雇用に理解を示していると言え、同課では「より重点的に指導する」対象としており、雇用数増の成果を期待したい。
 一方、県警や県教委と県内2市町が法定雇用率未達成だ。専門職種に対する受験者がいないなど一概に対応が遅れているとは言えないが、民間に理解が進む中、公的機関はその模範となるべきである。採用計画見直しや職種の掘り起こしなど対策はあるはずだ。

■企業力を高める好機■
 県内の各ハローワークへ登録している障害者は9月末現在で計5883人。このうち就業中の人は3820人となっている。就業者数は年々増加し、10年前と比べると約千人増えているが、働く意欲があっても仕事に就けないでいる人がまだ多くいるのも事実だ。

  障害者雇用率を高めるには、企業側の努力ももちろんだが事業者、障害者双方の不安解消など壁を取り除くための支援態勢も不可欠となる。

  「トライアル雇用」という有効な制度がある。障害者と企業がいきなり雇用契約を結ばず、試用期間を設け適性や可能性を見極め、互いの理解を深めることで常用雇用につなげるものだ。障害者雇用の第一段階として多くの企業が制度を利用してほしい。

  また、障害者が就職する際、専門の担当者が一緒に職場に入り支援、事業者、家族への提案、助言をする高齢・障害者支援機構の「ジョブコーチ」支援事業も積極的に活用したい。

  企業が障害者を採用する場合、障害者の能力を十分発揮させ、働きやすい環境を提供するには施設の整備など講じなければならない措置もある。

  事業者に対しての各種助成制度も雇用支援策の重要な柱となる。ぜひ多くの事業者へ制度の周知を図りたい。

  能力をもった意欲ある障害者の雇用は事業者にとっても企業力を高めるチャンスだ。各種支援制度の活用と関係機関の連携で求人開拓を進めたい。』
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2007.11.29 ☆診療報酬改定 医師確保につなげたい
  28日、信濃毎日新聞→

  『診察や薬の値段を決める診療報酬改定の論議が本格化している。厚生労働省は医師不足の解消を狙い、勤務医の負担軽減につながる報酬体形にする方針で臨んでいる。

  病院や地方自治体がいくら対策を練っても、医師不足打開の糸口がつかめない。状況を変えるには、病院への報酬配分を手厚くし、医師が働き続けられるよう、思い切った見直しが必要になる。

  診療報酬は、公的医療保険から医療機関や薬局に支払う技術料や薬剤などの価格である。2年ごとに見直している。

  厚労省の社会保障審議会が改定の基本方針を審議し、年末までに政府が報酬全体の増減率を決める仕組みだ。個々の診療行為への報酬額などは、中央社会保険医療協議会(中医協)が決定する。

  診療報酬の改定は、医療政策のかじ取りになる。今回、特に大事なのは、勤務医確保につながる仕組みにする観点だ。

  厚労省によると、民間の診療所院長、つまり一般的な開業医の月収は平均211万円で、勤務医の1・6倍余になる。開業すれば経営にエネルギーを割く必要があるとしても、これだけ差があれば開業志向が高くなるのも無理はない。不公平感を解消し、勤務医が過重な労働を背負う環境は早く改善したい。

  基本方針案では、手の足りない産科、小児科に報酬を手厚くする。リスクの高い妊産婦への診療報酬を引き上げる、といった見直しになる。時間外に患者が集中する病院の負担を軽くするために、診療所が夜間に診療を行う場合は報酬を加算することも検討している。

  新たに医療クラーク(事務員)制度も導入する方向だ。勤務医が多忙な理由の一つは、カルテや説明書など文書作成に手間がかかることにある。クラークが補助役になれば、医師は診療に専念できる。

  価格の安い後発薬への切り替えを容易にしたり、終末期のお年寄りの診療やケアについて患者の意思を確認した文書を作れば報酬を加算する、といった案も浮上している。実施されれば、患者にプラスとなる。

  最大の焦点は、今回もマイナス改定とするかどうかだ。政府の歳出削減策で、2002年度から診療報酬は引き下げが続いている。財務省の財政制度等審議会は、今回も同様の姿勢を崩していない。

  たび重なる引き下げで病院経営は厳しい。無駄を見直し、経営効率を上げるのは大事だが、産科が休止したり、身近な病院がなくなっていく事態はなんとかしたい。

  診療報酬の削減ありき、ではないきめ細かな配慮が必要だ。』
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2007.11.27 ☆再生団体回避 今が自治体の正念場だ 北海道
  27日、北海道新聞→

  『道内自治体の財政危機を何とか克服しなければならない。
北海道新聞の試算で、連結実質赤字比率が「35-40%」以上となる自治体が、夕張市、赤平市、胆振管内白老町、後志管内積丹町の四市町とわかった。
  「第二の夕張」は出したくない。それだけに、危険水域の自治体がまだあったという衝撃は大きい。

  同比率は自治体財政健全化法に基づく指標の一つで、数値は総務省が調整中だが、「35-40%」が再生団体基準となりそうだ。ただ、試算として使ったのは二○○六年度決算で、これで再生団体となるわけではない。
  とはいえ、来月には数値も政令で決まる。今後、編成する来年度予算案の結果、つまり○八年度決算が出る二年後の○九年秋には判定が下る。

  財政問題の解決に割ける時間の余裕はあまりない。いっそう改善の取り組みを強め、知恵をこらして再生団体を回避しなければならない。
  残念ながら、道内自治体の努力はこれまでまだら模様だった。
人件費削減など厳しい予算編成を行い、夕張並みの切り詰めで累積赤字を減らす自治体がある一方で、漫然と過大投資を重ねる自治体もある。

  それが住民サービスという理屈だったが、住民を言い訳にした放漫財政が許されないのは当然だ。

健全化法が定める指標は四つある。今の制度では病院、観光会計が判断の対象外で、夕張の巨額赤字を見逃した教訓から生まれた。総務省は抜け道を許さないようにするという。

  これまで自治体は一般会計から金を出し赤字の他会計を助けてきた。その財源となる交付税は削減が続き、この手法はもう使えない。指標は全会計を見るので、ごまかしもきかない。

  自治体は現状の点検と、立て直し策の立案を急ぐべきだ。来年度予算案に反映しないと間に合わない。
  深刻なのは病院問題だ。医師不足、看護師不足、診療報酬引き下げと、自治体病院は三重苦にあえぐ。

  とりわけ旧産炭地、過疎地はじわじわと進む人口減や高齢化が追い打ちをかける。収益力が低下し、悪循環に陥っている病院も多い。
  だからこそ総務省は公立病院の経営改善、道は自治体病院再編を図る。しかし、自治体だけで不良債務を解消できるとは思えない。

 命を守る医療だ。赤字解消、効率化はもちろん必要だが、地域医療を維持する財政措置も必要ではないか。
自治体と住民の関係も変わらねばならない。住民は「うちはどうか」と自治体に問うてはどうか。自治体は積極的に情報を公開して答える-。
  任せきりにした自治体が失敗すれば、ツケは住民に回る。後悔を防ぐカギは互いの緊張感と信頼関係だろう。』
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2007.11.26 ☆感染症対策 日本が後進国になってしまう
  26日、読売新聞→

  『エボラ出血熱のような強力な感染症が発生すると、日本では確実な診断ができない。
  全く未知の感染症だと、病原体の解明さえできない。
  そんなお寒い現状が、どれだけ知られているだろうか。
  原因は、強力な病原体を安全に扱うための特別な施設が、国内に整備されていないことにある。いつまでも放置しておくわけにはいかない。
  こうした施設は、専門的には、「BSL4」(別名P4)と呼ばれる。

  BSLは、病原体の安全な扱い方を定めた4段階の国際基準(Bio Safety Level)を指している。その中で、「4」は最も厳しい。
病原体を扱う区画は外部と遮断し、空気が外に漏れないよう内部を低い気圧に保つ。換気時は高温加熱して病原体を死滅させる。区画内で作業する時は、宇宙服のような防護服を着ることもある。
感染力が強く、感染すれば生命にかかわる病原体を分析し、詳しく研究するにはこうした施設が欠かせない。

  日本を除く、すべての先進国で整備されている。ドイツや米国のように、国内に複数存在する国もある。アジアでも台湾がすでに稼働させている。

  日本も過去に、BSL4の条件を満たす施設を小規模ながら建設した。国立感染症研究所(東京都武蔵村山市)と理化学研究所(茨城県つくば市)だ。

  だが、周辺住民たちの理解が得られていない。反対運動も続いており、BSL4施設として利用できない。

  強力な感染症が発生すると、海外に分析を依頼せざるを得ない事態も想定されている。最悪の場合、患者を救えず、いたずらに感染を広げるのではないか、と専門家の多くが心配している。

  政府は、既存施設だけでも、利用に同意を得る努力をしなくてはならない。
  バイオテロへの備えも、近年、緊急度が増している。細菌やウイルスがテロに使われた場合、速やかに病原体を分離、分析し、対策を講じねばならない。
  世界各地で発生する新たな感染症の研究にいち早く着手し、国際的に貢献するにも、BSL4施設が要る。新型インフルエンザがその例だ。ワクチンや治療薬の開発にも欠かせない。

  東京都内で、最近、世界各地のBSL4施設の担当者が集まるシンポジウムがあった。この分野で最先端を行く米国では、最新のBSL4施設内に、動物実験の設備や、高度な画像診断装置まで設ける例があることが紹介された。
日本とは、天地の差がある。感染症対策の後進国となってはならない。』
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2007.11.24 ☆社会保障税 与野党が具体的な選択肢を示せ
  24日、読売新聞→

  『安定した社会保障財源を確保するために、消費税をどう活用していくべきか。具体案作りを急ぐきっかけにしたい。

  自民党の財政改革研究会が、財政健全化への道筋を示した中間報告をまとめた。

  報告は、消費税を「社会保障税」へ改称し、「非社会保障の歳出には消費税以外の歳入を充てる」ことを提言した。目的税化を鮮明にして、税率引き上げへの国民の理解を得やすくする狙いだ。

  そのうえで、団塊世代が年金受給者となる2010年代半ばには、年金・医療・介護と少子化対策の費用を賄うため、現行消費税で10%程度の財源が必要になると指摘している。

  さらに、09年度の実施が決まっている基礎年金の国庫負担割合の2分の1への引き上げや、11年度での達成が政府目標となっている基礎的財政収支の黒字化を実現するために、「早期に」税制上の措置を講じることも打ち出した。

  基礎年金の国庫負担割合引き上げに必要な財源は、消費税の税率1%分にあたる。中間報告は、まず09年度にも現行5%の消費税率の引き上げに着手し、10年代半ばには10%程度に引き上げる――という手順を事実上、提言している。

  少子高齢化の下で、社会保障制度を確実に維持していくには、国民各層が広く負担し、景気変動の影響を受けにくい消費税の税率引き上げが不可欠だ。
  だが、小泉内閣では消費税論議が封印され、安倍内閣でも税制抜本改革の検討を先送りしてきた。一研究会の報告とはいえ、ようやく与党の中から、具体的な税率引き上げ時期や幅を含めた提案が示された意義は大きい。

自民党内には消費税論議に消極的な意見も残る。福田首相も最近、「今、消費税のことを言うと、国民は怒るだろう」と発言している。衆  院解散・総選挙の可能性も念頭にあろうが、消費税率引き上げから目をそらし続ければ、将来の国民生活に大きなツケが回ってくる。
実際に税率を引き上げるには、生活必需品などを対象にした軽減税率の導入や地方消費税の取り扱いなど、検討すべき点が多い。こうした点を早急に詰めて、正式な政策案をまとめあげるのが、政権を担う者の務めだ。
  野党の民主党は、消費税率の引き上げに反対している。それで必要な財源が確保できるのだろうか。明確な青写真を提示してほしい。

  消費税の増税には、国民的な合意が欠かせない。与野党が具体的な選択肢を示してこそ、合意形成へ向けた論議を本格的に始めることができる。』
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2007.11.24 ☆医療保険 安易すぎる「財政調整」
  24日、中日新聞→

  『中小企業の従業員らが加入する政府管掌健康保険(政管健保)への国庫補助を健保組合などに肩代わりさせるのは筋が通らない。健保組合の自主性を否定する安易な「財政調整」は見直すべきだ。

  問題は、来年度予算の概算要求基準(シーリング)で社会保障関係費の自然増を二千二百億円削減する方針が打ち出されたことに端を発している。この財源を捻出(ねんしゅつ)するには来年四月の診療報酬改定の際に薬価を引き下げたり、後発医薬品の使用促進を図っただけでは足りず、政府が窮余の策として考えたのが国庫補助の肩代わりだ。

  具体的には、健保組合が千九百億円、共済組合に千億円、合わせて二千九百億円支出させ、政管健保への二千二百億円の国庫補助を削減したうえ、残りの七百億円を政管健保の収支改善に充てるというものだ。
厚生労働省は、この「財政調整」について「医療保険制度の一元化に向けた重要なステップ」「政管健保と他との格差是正」と説明している。

  だが、昨年、医療制度改革関連法が成立した際、国会で一元化についてはほとんど論議されていない。まがりなりにも一元化が論議されてきた年金制度とは状況が違うのだ。厚労省の説明はへ理屈にすぎない。

  組合健保に比べ政管健保加入者の給与水準が低いことなどから、政管健保に国庫補助することは健保法に明記されている。一方の健保組合はもともと自助努力で成り立つ組織であり、従業員の疾病予防活動などを通じて保険料上昇を抑制してきた。
  「格差是正」の名のもとに安易な「財政調整」を行うことは、健保組合の努力に水を差すものだ。

  さらになぜ被用者保険の中だけで「財政調整」するのか。健康保険組合連合会の調べでは、開業の医師、歯科医師、薬剤師らがそれぞれ加入する全国百六十余の「国保組合」には年間三千億円の国庫補助が出され、一般勤労者の窓口負担が三割になった二〇〇三年度以降も一-二割負担にとどめたり、自己負担金の還元で実質三割未満の負担で済ませている組合が少なくない。国保組合への国庫補助を先に減らすべきだろう。

  一方で健保組合などに肩代わりを求め、他方で来年四月から実施の「高齢者医療制度」の負担増凍結を打ち出し、千数百億円の負担を本年度の補正予算で穴埋めすることも矛盾しており、医療政策としての一貫性を欠く。

  政管健保への国庫補助分の財源をどう確保するか、政府にはその場しのぎで健保組合などに負担させるのではなく、状況を国民に十分説明し合意の道を探ることが求められる。』
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2007.11.23 ☆介護タクシー あぜんとする不正受給
  23日北海道新聞→

   『通院時の交通費補助制度を悪用して滝川市から生活保護費をだましとったとして、夫婦ら四人が、詐欺の容疑で道警に逮捕された。
  滝川から札幌の病院まで介護タクシーを利用したと偽った。昨年四月からの被害総額は二億円を超えるとみられる。金額が雪だるま式に膨らんでいったのに、行政のチェック機能が働いていなかったことに、あぜんとし、怒りがわく。

  どうして、不正を長期間、許してきたのだろうか。 道警は全容解明を急いでほしい。滝川市も不正を見逃した経過をきちんと検証し、説明しなければならない。

  生活保護受給者は、車を持てないため、通院にタクシーを利用した場合、費用全額を請求できる。

  滝川-札幌間の介護タクシー費は担架つきの大型車に介護員を付けても通常は往復六万円という。逮捕された夫と妻は一往復二十五万円も申請した。介護タクシー会社の役員らと組んで不正に受給した疑いが持たれている。

  第一段階の審査に問題があったのではないか。夫は札幌市から生活保護を受けていた当時、滝川に介護タクシーで通院し、札幌市から二回各二十万円の支給を受けた。その実績資料を示された滝川市が、夫の説明通り認めた。

  業界の相場などを含めた詳細な調査をしなかった責任が問われよう。

  チェックする第二の機会もあった。道は一月、滝川市の生活保護世帯を対象に定期監査した。支給額が多大な今回のケースの相談を市から受けたが、書類が整っていたので追認した。 道の監査は現在、生活保護世帯のごく一部を抽出して調査している。「早急に工夫したい」という。受給者全体の中で、その市町村が問題を感じているケースを重点に調べてはどうか。生活保護費の不正受給はこの五年間に全国で倍増した。昨年度は前年度より三割増の約九十億円に上った。暴力団員には受給資格がないが、不正に受け取り、資金源にしたケースもある。

  近年、暴力団が地方自治体への不当な要求に資金源の範囲を広げている。 警察庁の調査では、地方自治体の三分の一が、過去に暴力団や関係者から、機関紙購読や生活保護の受給などの不当な要求を受けていた。自治体が要求に応じた理由として「トラブルの拡大を恐れて」などが目立った。 道警は、夫が暴力団関係者と交友があったとみて調べている。滝川市の担当者が圧力を感じなかっただろうか。
 
  暴力団との関係が疑われる場合、個人ではなく、組織的な対応をすることが肝心だ。旭川市は八年前から道警OBを生活保護課に配置し、元暴力団員や暴力的発言をする人の審査にケースワーカーと一緒に対応している。
  市町村は道や道警とともに、不正受給の根絶へ知恵を絞ってほしい。』
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2007.11.12 ☆混合診療 患者が納得いく制度に
 12日、北海道新聞→

  『公的医療保険が適用される保険診療と保険適用外の自由診療を併用する「混合診療」を原則禁じた国の施策は違法だ、と東京地裁が判決を下した。
国は控訴の方針だが、以前から賛否のある混合診療のあり方を根本的に見直すよう司法が国に迫ったと言える。

  現行では、混合診療を受けた場合、本来なら保険が適用されて患者負担が原則三割で済む診療や投薬などの費用も丸ごと自己負担になる。
  原告の男性は腎臓がんを患い、保険がきく診療と保険外の治療を受けていたが、病院から「混合診療に当たる」と言われ、併用できなくなった。
  保険が適用されれば月に六、七万円で済む治療費が二十五万円に跳ね上がってしまう。男性は「保険の対象となる治療費まで全額負担させる制度はおかしい」と国を訴えた。

  国は「保険診療に自由診療が加わった場合は、一体の新たな医療行為とみるべきだ」と主張したが、判決は「混合診療を禁止する法的根拠はない」と退け、男性の保険受給権を認めた。
判決が確定していないとはいえ、混合診療を禁じる土台が崩れた。国が現行の制度を維持しようとするなら、国民が納得できる説明をすべきだ。

  がんや難病の患者にとって、いまの制度は十分とは言えない。
  欧米で使われている薬でも、国内で未承認で保険適用外ならば、薬以外の費用を含めて全額自己負担となる。

  国は安全性、有効性が確立した先進医療や薬、追加的医療サービスは混合診療であっても保険診療との併用を例外的に認めてきた。一部の抗がん剤や入院時の「差額ベッド」がそうだ。

  このように、制度は国の裁量で運用されてきた。国は、情報公開に努めながら、保険診療と併用できる範囲を国民が納得のいく形で拡大し、患者本位の制度に近づけていくべきだ。
今回の判決を受け、規制緩和を求める経済界から「混合診療を解禁せよ」との声が再び高まる可能性がある。

  しかし、混合診療はさまざまな問題をはらんでいる。患者の負担増となる自由診療が増え、経済力によって受けられる医療に格差が生まれる。
怪しげな診療が保険の枠外で横行するおそれもある。不心得な医師が保険外の高価な薬を勧めるかもしれない。

  経済界は、医療に関する国民の選択と負担の幅を広げれば医療の質の向上や新たな需要が期待できるとする。

  これでは、「必要かつ適切な医療は保険診療で確保する」との国民皆保険の根幹が揺らいでしまう。安全、公平性の面でも問題だ。民間保険の普及を図ろうとの意図も見え隠れする。

  混合診療を一気に拡大するには課題が多すぎる。医療費の削減だけを考えるのではなく、国はまず患者の実態に目を向けるべきだ。』
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2007.11.10 ☆混合診療 患者の声聞き、論議を
  10日、信濃毎日新聞→

  『公的医療保険で認められていない治療を受けると、保険適用の治療も全額自己負担になるのはおかしい-。たった一人で闘ったがん患者の訴えに、東京地裁は国の政策の違法性を認めた。

  国は保険診療と保険適用外の自由診療を一緒に行う「混合診療」を原則禁止している。地裁はこれを「法的根拠がない」と判断した。

  今回の判決は、医療保険制度の在り方に一石を投じるものだ。混合診療解禁には慎重に臨むべきだとしても、患者の切実な思いに応える方法も探りたい。

  原告は神奈川県に住む男性である。2000年に腎臓がんと診断され、その後頭などに転移した。保険で認められている治療に加え、適用外の免疫を高める治療も受けることになった。すると、医療費は3割負担の月約7万円だったのが、すべて自己負担となる。毎月約75万円に上ることが分かった。

厚生労働省が混合診療を原則認めないのは、保険が効かない自由診療が広がると、経済力によって受けられる医療に格差が生じることを懸念するためだ。未承認の薬は国として安全性や有効性が確かめられないことも理由に挙げる。

  少しでも効く薬があれば使いたいのが患者や家族の願いだ。がんの再発患者は治療の選択肢が狭まるだけに切実だ。未承認の薬の使用を求める声は根強い。

  2004年に、国は一部のがん治療に混合診療を広げることを決めた。小泉内閣時代の規制改革・民間開放推進会議などが解禁を求めたのに対し、厚労省や日本医師会が反対。妥協の末の一部解禁だった。

  今回の判決は、命にかかわる問題で、患者の切実な声に応えた。門戸拡大の要望はより高まりそうだ。認められれば、患者の負担軽減にはなるだろう。
  半面、課題も多い。自由診療が広がれば、平等に医療を受けられる国民皆保険の基本が揺らぐ。命をカネで買うようになっては困る。
  がんの治療はいまでも地域や医療機関によって格差がある。混合診療が解禁となり、いっそう差が開くようでは問題だ。
  安全性の確認も心配だ。安易な投薬が広がれば、新たな健康被害を生みかねない。
  
  混合診療が認められても、負担の大きい自由診療を受けられる患者は限られている。新薬の承認作業を迅速にし、必要な医療は保険に組み入れることを最優先にしたい。

 法的な不備が指摘されたからには制度を再検討する必要はあるだろう。患者の声を最大限聞きながら、慎重な議論を重ねたい。』
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2007.11.09 ☆労働2法案衆院通過 格差是正への一歩だが
  9日、中國新聞→

  『衆参両院の「ねじれ現象」となっている今国会で、政府提出法案をめぐって与党と民主党が修正で合意した初のケースである。労働関係三法案のうち、最低賃金法改正案と労働契約法案がきのう、衆院を通過した。この二法案が成立しても格差是正にはほど遠い状況だが、第一歩と位置付けたい。

 厚生労働省の調査によると、地域最賃で働いた場合の月収(一日八時間、二十二日就労)と、十八―十九歳の独身者の生活保護(生活費と住宅費)を比較すると、東京、大阪、広島などの都市部で生活保護の額が上回る。

 これはフリーターなどで働く人の時給が、最低限の生活すらままならない額であることを示している。最賃の底上げを図る最賃法改正案は、この「逆転現象」の解消などが目的だ。ワーキングプア(働く貧困層)が増えているだけに、働く人の賃金が生活保護費を上回るのは当然であろう。

 改正案では「生活保護との整合性も考慮する」が盛り込まれた。地域最賃の上げ幅を決める際、大きな判断材料になりそうだ。

 修正協議では、民主党が「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう」という文言を政府案に追加するよう求め、与党は応じた。最賃の引き上げは与野党とも主張している。地域別最賃の引き上げを促す、という目的を明確にする修正合意として歓迎したい。

 もう一つの労働契約法案は、パートや派遣など就業形態が多様化しているのを踏まえ、働き方の基本的なルールを定めるのが狙い。有期雇用の労働者は「やむを得ない事由がある場合でなければ」契約期間中に解雇できない、としている。契約法案については、解雇や賃金カットなどで紛争の増加が背景にある。

 政府、与党は会期を延長する方針で、両法案は今国会中の成立が確実になった。一方、労働基準法改正案は、与野党の調整が難航し、今国会での成立は難しい状況だ。月八十時間超の残業をした場合の割増率を現行の25%以上から50%以上に引き上げる政府案に対し、民主党はすべての残業を対象とするよう要求している。長時間労働やサービス残業がまん延しているだけに、こちらも修正協議を期待しよう。

 政府は、今年五月に成立した改正パート労働法など一連の法改正を機に、格差問題に全力を挙げて取り組んでもらいたい。』
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2007.11.01 ☆療養病床削減 患者が不安抱かぬよう
  1日、北海道新聞→

  『慢性病の高齢者らが長期入院する療養病床の削減計画の素案を道がまとめた。
  道内二万七千床の療養病床のうち三割の八千七百床を二○一一年度末までに減らし、介護施設への転換を目指す。

  「療養病床の患者の半数は治療の必要がない」と厚生労働省が昨年、医療費抑制を目的に病床の削減方針を示したのを受け、道が医療機関の意向を調査したうえで検討を進めてきた。
  国の基準を当てはめると、道内では五割近い削減が必要になる。
  だが、北海道は広大で、特に冬場の通院は大きな負担となる。

  地元の事情に配慮して削減幅を三割に抑え、一定の病床を確保しようとする道の判断はある程度評価できる。

  だとしても、「計画ありき」で機械的に削減すべきではない。患者の「受け皿」を整え、円滑な移行を確かめながら進めることが大切だ。
療養病床には医療保険適用の「医療型」と介護保険適用の「介護型」がある。国は一一年度末までに、二十五万床ある医療型を十五万床に削減し、十二万床の介護型を全廃する方針だ。

  併せて、療養病床を再編して老人保健施設や有料老人ホーム、ケアハウスなど居住型介護施設への転換を図り、軽度の患者を移行させる考えでいる。

  医療コストの低い介護施設や在宅の療養に切り替えれば医療費が減ると国は踏む。課題は受け皿の確保だ。
  転換促進のため、国は融資制度の新設や施設基準緩和といった支援策を取りつつあるが、来春の介護報酬改定時まで詳細が決まらない措置が多い。
  採算が取れるのか不透明で、道の調べでも、対象の医療機関のうち介護施設への転換を考えているのはまだ一割だ。二の足を踏むのも分かる。

  療養病床削減に向けて、国は昨年七月、医療の必要性の低い療養病床の患者の診療報酬を引き下げた。

  その結果、療養病床は減り始めた。退院させられる患者が出ている。採算が取れずに廃業した病院もある。
  療養病床から介護施設に転換したところの実態はどうなのか。患者は安心して療養を続けているのだろうか。
  国は都道府県と連携して実情を追跡調査し、削減計画に無理があるならば見直すべきだ。

  北海道は高齢者一人当たりの医療費が都道府県で二番目に高く、在宅死亡率が9・6%と全国で最も低い。
家庭や地域での介護力が弱く、「社会的入院」が多いことを裏づける数字でもある。居住型介護施設を含めた在宅医療の拡充は、北海道だけではなく全国共通の課題だ。

  とはいえ、国の財政事情を優先して療養病床の削減を進めるのはどうか。
患者受け入れの見通しが立たぬまま施策が先行し、行き場を失う高齢者が出るようでは困る。』
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2007.10.29 ☆抜本的な再検討も視野に/高齢者医療
  29日、神戸新聞→

  『来年度からの実施が迫る高齢者の医療費負担増が、期間を限って凍結や減額される見通しとなった。暫定的な緩和策だが、高齢者にとっては朗報に違いない。
  医療制度改革の一環として、高齢者に自己負担増を求める予定の新たな制度は、こんな内容だった。

  七十-七十四歳の窓口負担は、世帯年収が五百二十万円以上なら三割のままだが、未満では一割が二割に引き上げられる。また、七十五歳以上の加入を義務付ける「後期高齢者医療制度」を新設し、本人から健康保険料を徴収-などである。

  ところが、今夏の参院選で与党が惨敗し、地方や弱者へ配慮する政策の必要論が急浮上した。このため福田首相の指示で、負担増の凍結を検討していた。

  与党で固まった緩和策は二つある。一つは七十-七十四歳の窓口負担増を来春から一年間凍結する。対象者は約六百万人とみられる。もう一つは、七十五歳以上の新健保の保険料徴収を半年間行わず、凍結解除後も半年間は保険料を七-九割程度減額する。ただし、対象となるのは会社員らの子息に扶養されていて新たに保険料負担が生じる約二百万人で、七十五歳以上人口の15%程度が見込まれる。

  こうした緩和策に伴う財政の負担分は一千億円を超える。今後は、この穴埋めを補正予算で対応するのか、再び制度改正をするのかが焦点となる。

  あくまでも暫定的な措置であり、期限が切れた後どうなるかは見えてこないが、国民の反発を受けての一時しのぎではなく、制度改正の是非も含めて再検討する姿勢が要るのではないか。

  日本は六十五歳以上が五人に一人を超え、高齢化率世界一位である。財政面だけをとれば、高齢者の医療費負担増が避けられそうにはない。しかし、生活の厳しい「高齢弱者」へは慎重でなければならない。

  その点、国の医療費削減政策は、やや強引な印象が免れない。特に、改正による高齢者への負担増は性急過ぎる印象だ。

 医療費をGDP(国内総生産)比でみると、日本は先進国の中で英国に次いで低く、国際的に決して高くない。英国はいったん医療費圧縮を図ったが、医師の国外流出が相次ぎ、一転して医療費増額政策を進めている。そんな実例にも関心を向けたい。

  高齢者が窓口で負担する医療費をどうするかは、社会保障のあり方を問うことである。国家財政の立て直しの進め方にもつながる大きな問題だ。弱い立場の人を視野に入れ抜本的に論議する必要がある。』
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2007.10.20 ☆給付と負担 消費税の「封印」が解かれた
 20日、読売新聞→

  『消費税率の引き上げ論議に、長くかけられていた「封印」がついに解かれたようだ。

  内閣府が、年金、医療などの社会保障給付と財政や負担の関係について、3種類の将来試算を経済財政諮問会議に提出した。

  税と社会保険料を合わせた国民負担を増やさなければ、現在の給付水準を維持できず、財政赤字も拡大する、という冷厳な事実を突き付けている。
  福田首相は、「問題を先送りすれば、(増税か給付削減かの)選択肢はさらに厳しくなる」と述べ、あえて負担増を巡る議論に踏み込む決意を示した。

  「在任中、消費税率は引き上げない」と宣言した小泉首相、「歳出削減を徹底し、できれば消費税率引き上げを回避したい」を基本方針とした安倍首相に比べ、責任ある態度と言えよう。

  3種類の試算のうち、注目されるのは「負担増で給付を維持するケース」と「給付削減で負担を維持するケース」を比較し、2025年度までの国民負担と給付水準の変化を計算したものだ。

  前者では、25年度には国民負担が高成長下で11兆円、低成長下で12兆円増えるうえ、財政赤字の拡大を防ぐために、合計で14〜29兆円の増税が必要になる。
  後者の場合、25年度の給付は現状より実質約3割削減される。赤字抑制に8〜24兆円の増税も要る。どちらも、厳しい国民生活を覚悟しなくてはならない。

  11年度までの中期的な財政を展望した別の試算では、「歳出を11・4〜14・3兆円削減する」とした従来方針に加え、「14・3兆円削減したうえで、08年度から歳出を毎年1兆円積み増すケース」の財政状況を見通した。

  その場合、国と地方を合わせた基礎的財政収支の赤字を解消するのに、低成長なら6・6兆円の増税が必要とした。

  内閣府が財政の将来試算の中で、増税の必要額を明示したのは初めてだ。医師不足、介護給付増大などで揺れる社会保障制度を守るため、一定の歳出増も検討せざるを得ない状況になっている。

  現実を直視した試算は「高成長による税収増と歳出削減で財政を再建できる」とする一部の楽観論の退潮を物語る。
ただ、試算をする際の増税の具体策は「所得税と消費税が半々」と仮定した。増税の影響が現役世代に偏る所得税を引き上げるのは難しい。ここは、消費税中心の増税と仮定すべきだった。

  民主党は消費税率を引き上げなくても社会保障制度を維持できるとしている。試算が出ても、その政策に変わりないのか。痛みの少ない負担増と給付削減の組み合わせを、与野党で探るべきだ。』
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2007.10.11 ☆高齢者医療 根本から制度見直しを(社説)
  11日、中国新聞→

  『来春予定されている高齢者の医療費負担増の凍結が与党内でほぼ固まった。七十〜七十四歳の窓口負担の二割への引き上げ(現行一割)と、会社員の扶養家族になっている七十五歳以上からの新たな保険料徴収は、先送りされることになりそうだ。

  先の自民党総裁選で、福田康夫首相は「お年寄りに安心を」と公約に掲げていた。凍結はその具体策の一つである。老年者控除の廃止、納税額で決まる介護保険の保険料のアップなど、急増している高齢者負担を緩和するのが目的だ。ほっとしている高齢者もいるかもしれない。

  検討を進めている与党プロジェクトチームは、九日の会合で、凍結期間を半年とするか、一年とするかを話し合った。法改正が必要となる一年以上は、国会審議などの日程上難しいため、見送った形だ。先送りされても、わずかな期間にすぎない。

  凍結に伴う財源を、どこから出すか決まっていないのも気に掛かる。厚労省の試算によると、七十〜七十四歳の窓口負担を一割のままにした場合、国は年間約千三百億円の財源確保が必要となる。七十五歳以上の新たな徴収分も、約四百億円を国が肩代わりすることになるという。

  舛添要一厚生労働相は補正予算を念頭に置いているようだ。ただ、財政健全化へ向けて、歳出削減を進めてきた政府の方針には反することになる。国民の目を意識した、場当たり的なばらまきといった批判もある。

  もともと、高齢者の医療費負担引き上げを柱とする医療制度改革は、高齢者医療費の増加で苦しくなる保険財政の安定化と、現役世代との負担のバランスを図るのが狙いだった。七十歳以上で現役並み所得のある世帯は、昨秋先行して、三割負担となっている。

  しかし、世代間の負担公平というだけで、高齢者医療をとらえていいのだろうか。
二〇〇七年版高齢社会白書によれば、高齢者間の所得格差は現役世代間より大きいという。年金などで、ぎりぎりの生活をする世帯もある。そうした人たちにとって、窓口負担の引き上げは死活問題である。

  「凍結」を契機に、制度改革のあり方自体を抜本的に見直すべきであろう。給付と負担をどうするか。小手先の対応ではなく、長期的な視点から議論を深めていく必要がある。』
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2007.10.11 ☆自立支援法 早急な見直しを求める
  11日、信濃毎日新聞→

  『昨年春に施行された障害者自立支援法の問題点がまた明らかになった。

  施設などを出た障害者が地域で暮らすための受け皿となるグループホームやケアホームの中で、収支が悪化している事業所が多いことが、長野県の調査で分かった。

  このままでは、赤字などで運営が立ちゆかなくなる施設が出てくる可能性もある。労働条件の悪化でサービスが低下し、利用者にとっては居場所や自立の機会が失われることにもなりかねない。

  福田首相は総裁選立候補の際、支援法の抜本的見直しを公約に盛り込み、民主党も先ごろ同法の改正案を提出している。与野党の立場を超え、障害者と福祉の現場にかかわる人びとの立場に沿った、使い勝手のいい法に改正するべきだ。

  調査は県内でホームを運営する98の事業所を対象にアンケート形式で行い、69事業者から回答を得た。支援法施行直前と施行されてほぼ1年がたった、ことし3月で収支状況などを比較した。

  それによると、収支が悪くなった事業所は29カ所、よくなった所は26カ所で、変わらないが14カ所だった。悪くなった理由で一番多かったのは、支援法によって事業所に入る報酬が定額の月払いから障害者の利用状況に応じた日払いに変更されたことだった。

  障害の程度が見込みよりも低く認定されて収入が減ったり、職員がさらに必要になったりするなど、法施行による制度上の変化を理由に挙げる所も多い。

  いま、福祉の現場ではパートなど非正規職員が増えている。意欲のある人材が働ける雇用環境をつくり出していかなくては、障害者が暮らしやすい社会を実現するのは難しい。福祉サービスの担い手と受け手の問題は表裏一体である。

  ことしの障害者白書で、障害者の8割が、もっと働けるようにするためにはきちんとした法整備が必要と感じていることが明らかになっている。改正障害者雇用促進法や支援法では不十分と感じている実態が浮き彫りになった。

  支援法は身体、知的、精神と、障害ごとにばらばらだった従来の支援を一本化し、不便を強いられてきた障害者が利用できるサービスの格差縮小を目指すものだ。ただ、その結果、所得に応じていたサービスの利用料は原則1割負担となり、法施行前より負担が重くなった人が増えた。サービス利用をやめたり、減らしたりする人が少なくないことも大きな問題となっている。

  障害者の自立促進という、法の趣旨が損なわれる状態をこれ以上、放置しておくわけにはいかない。』
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2007.10.08 ☆高齢者医療費 限界に来た機械的な削減手法
  7日、読売新聞→

  『社会保障費を機械的に削減してきた手法が、限界に来ているということだろう。
  政府・与党は、高齢者医療費の窓口負担の引き上げなどを見直す方針だ。
  昨年成立した医療制度改革関連法により、来年4月から、70〜74歳の高齢者の窓口負担が1割から2割へ引き上げられる。75歳以上についても独立した医療保険を創設し、一部の人には新たな保険料負担が生じる。これらの実施をいったん凍結するという。

  対象となる高齢者は歓迎するだろう。問題は財源だ。凍結するには、1000億円規模の財政措置が必要になる。政府・与党は、今年度の補正予算で対応する方向だが、今のところ、税収の増加を期待する以外に財源の見通しがない。

  政府・与党はこれまで、民主党の政策の多くを「財源の裏付けがない」と批判してきた。財源の手当てを説明できないなら、同じそしりを免れない。

  社会の高齢化が進行する中で、高齢者にも、医療費の自己負担増を求めざるを得ない。現役世代並みの所得がある高齢者にはすでに、先行して3割負担が実施されている。
  ただ、現役並み所得に満たない高齢者の窓口負担を一律に引き上げることに対しては、与党内でも、当初から異論があった。高齢者は経済力格差が現役世代以上に大きく、負担の求め方にきめ細かな段階を設定すべきではないか、との意見である。
そうした経緯を念頭に置いて再検討する、ということであろう。

  その場合、高齢者に求める負担のあり方を見直すのかどうか。負担を軽減するというなら、穴埋めする財源のメドも同時に示してもらいたい。単に負担増の先送りというのでは、総選挙を意識したばらまきと言わざるを得ない。

  社会保障費は、高齢化によって年に約8000億円ずつ自然に増える。小泉政権以来、予算編成時に、この伸びを毎年2200億円抑制するというノルマが課されている。高齢者の窓口負担引き上げもその一環として行われた。
  社会保障費が野放図に膨張せぬよう、厳しく監視することは必要だ。
  だが、超高齢社会に必要な予算は、きちんと確保しなければならない。少子高齢化の下で、現役世代に負担を求めることにも限界がある。高齢者も含めて、広く薄く負担し合うしかあるまい。

  高齢者医療費の見直し案が浮上したことによって、消費税率引き上げが避けられないことが、より明白になったのではないか。』
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